035 破局

 彫刻刀で彫ったような深い皺を眉間に作りながら、後藤は龍斗に詰め寄った。


「そんなに目立ちたいのかよお前!」


「それは俺のセリフだ。なに考えてんだよ」


「ふざけたこと言うんじゃねぇよ。今から俺が敵を蹴散らすって時に横槍を入れやがって。俺、公園に入る前に言ったよな? 敵は俺が蹴散らすから後ろで見守っていてくれって。ちゃんと守れよ」


 龍斗は困惑した。てっきり「助かったよ、ありがとう」と言われるとばかり思っていたからだ。それがどういうわけか怒られている。意味が分からなかった。


「そうは言うが、俺が加勢しなかったら死んでたぞ」


「んなわけあるかよ、ゴブリン如きにやられるか。現に敵は突っ込んでくる俺にビビってたじゃねぇか」


「あれは罠だぞ」


「はぁ? 言うに事欠いてそれかよ。ゴブリンにそんな知恵があるわけないだろ」


「ふむ……」


 龍斗はどうしたものかと悩んだ。後藤は頭に血が上っており、とてもではないが理詰めで納得させられる状況にない。


「よし、別の狩場に行こう。仕切り直しだ。今度は邪魔するなよ」


 後藤がペッと地面に唾を吐く。


「行かないから」


 そう言ったのは龍斗――ではなく麻衣だった。


「友介、あんたなに考えてんの?」


 麻衣は鬼の形相で後藤に詰め寄る。


「なにって……」


「陣川の言う通りだよ。あんた、左右からゴブリンに襲われていたんだよ。陣川と愛果が助けなかったらやられてたんだよ」


「なっ……!?」


「それになんで突っ走ったの? 陣川は『待て』て言ってたよね。プロの冒険者が待てと言ったら待つのが筋でしょ。魔物との戦闘は命懸けなの。遊びじゃないんだから。あんたの勝手な動きで私たちまで死ぬところだったんだよ」


「それは……その……麻衣に……」


「私になに? カッコイイところでも見せたかったっていうの?」


「…………」


 いよいよ言葉を失う後藤。


「ばっかじゃない。ちっともカッコイイことなんてない。むしろダサいから。女を守れない男なんて嫌いだよ、私」


「そんな……」


 後藤の目に涙が浮かぶ。


 それでも麻衣は収まらなかった。


「私たち、これで終わりだね。友介には幻滅した。もう無理」


 麻衣は後藤に背を向け、来た道を戻るように歩き始めた。


「麻衣、待ってくれ、待ってくれよ」


 麻衣の右手首を掴む後藤。


「触らないで」


 麻衣は冷たい口調で振り払うと、龍斗に視線を向けた。


「私と友介を助けてくれてありがとうね、陣川。それとこの剣もありがとう」


「あ、ああ」


 麻衣は龍斗に短剣を渡すと、彼の持っている槍を受け取った。


「今日の狩りはこれでおしまい。よかったらこれから三人でマクトナルドにでもいかない? 期間限定のバーガーが出たばっかりだし食べたいんだよね」


「三人?」と龍斗が首を傾げる。


「友介はここでお別れだもん。魔物と戦い足りないみたいだから」


「麻衣、そんな、嫌だよ、俺……」


 後藤がビービー泣き出す。


 それに対して麻衣は「みっともない」と言い放つ。彼女の心は完全に冷め切っており、そうなった以上は修復の余地がなかった。


「行こっか」


「あ、うん」


 その場で泣き崩れる後藤に背を向け、麻衣たちは歩き出す。


「愛果、さっきの〈ホーリーシールド〉はナイスだったな」


「そう? ありがとう、龍斗君の指示におかげだよ」


「なになに? 二人はもういい感じなわけ? 妬けるんだけど」


 静かな公園に、三人の愉快な会話が響いた。

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