021 ついに来たのか、この時が

「別にいい……とは?」


 龍斗はカチコチに固まっていた。


「そんなん分かるやろ?」


 千尋は答えを言わず、真正面から上目遣いで龍斗を見つめる。


「家に泊まっていいよって言うのは、つまりそういうことやん」


「そ、そうなんだ……」


 龍斗は鈍感じゃないので、千尋が何を言っているのか理解している。蘇るはかつての〈ラクスルー〉の一件。麗華といかがわしいホテルへ行った時のことだ。しかしあの時と違う。今回は完全なる据え膳だ。


「別にいいよってだけで、飢えてるわけじゃないから。龍斗にその気がないなら何もなしでかまわんよ」


 そう言って千尋は浴室に入っていった。


(ついに来たのか、この時が)


 龍斗は財布を取り出し、アレが入っていることを確認した。親に内緒で購入し、密かに忍ばせていた、ここぞという時の切り札。日本が誇る極限まで薄さに拘った至高のゴム製品。


(大丈夫、アレはある。あそこまで言ってくれたんだ。据え膳は食わねば!)


 龍斗は大人の階段を上る事に決めた。


 ◇


 千尋の入浴が終わり、退屈なテレビ番組をしばらく視聴したあと、就寝時間がやってきた。


(さぁショータイムだ!)


 タイミングが分からなかった龍斗は、ずっとこの時を狙っていた。就寝時であれば否応なくそういうムードにできる。


 その考えは正しかった。


「おやすみねー」


「うん、おやすみ」


 二人は同じベッドに入る。サイズはセミダブルで、並んで寝るにはやや狭い。


(いくぞ、俺。いくぞー!)


 消灯からまもなく龍斗は動き出した。おもむろに振り返り、体を千尋に向ける。彼女も背を向けていた。


(まずは……)


 龍斗の手がそーっと伸びる。


 と、その時だった。


「龍斗」


「はいぃぃぃ!」


 いきなり千尋に名前を呼ばれて焦る龍斗。


「そんなに驚かなくてもええやんか」


 千尋はクスクス笑ったあと尋ねた。


「そういや龍斗って何歳なん? 雰囲気は大人ぽいけど顔付きはおぼこいっていう、なんか妙なムードだから推測でけへんかったんよね」


 千尋は振り返り、龍斗に体を密着させる。そしてそのまま彼の背中に腕を回した。


「こんな時に訊くことじゃないとは思うんやけど、なんかふと気になってん」


「そういえば年齢を言っていなかったな」


 龍斗も千尋の背中に腕を回す。


「俺は15歳。高校に行ってたら今は1年だけど、中卒で冒険者になったからただの15歳」


「えっ」


 千尋が固まる。


 だが、龍斗は固まらない。何食わぬ顔で千尋の首筋にキスした。


「待って、待って待って、ちょい待って」


「えっ」


 今度は龍斗が固まった。


「15って、それほんまなん?」


「そうだけど」


 嫌な予感がする龍斗。


「あかんやんか!」


 その予感は的中した。


「15に手だしたらウチ犯罪者になるやん!」


「いや、そこはまぁ、言わなけりゃ大丈夫」


「大丈夫ちゃうから。ウチあかんねん。こう見えて法令遵守の女なんや」


 千尋は慌てて体を起こし、ベッドから出た。


「ごめんやねんけど、18未満の子とはそういうのあかんねん。ウチは床で寝るわ」


「えっ、あ、うん、分かりました」


 何故か敬語になる龍斗。


「その気にさせたのにごめんやで」


「だ、大丈夫、大丈夫だよ、慣れっこさ」


 嘘。慣れっこなわけない。絶望だ。


「ならええけど、ほんまごめんな」


 そう言って千尋は冬用の毛布にくるまった。


(今度から19歳の大学1年って言おう……)


 前世で自身が虚弱体質だと知った時以来の虚無感に苛まれながら眠りに就く龍斗だった。

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