ユウコちゃんとボク
乙乃詢
ユウコちゃんとボク
ボクはユウコちゃんが大好き。そして多分、恋をしている。
優しいユウコちゃん。大好きなお菓子でも弟にねだられるとあげてしまうし、たまにケンカをしても、いつもユウコちゃんの方からゴメンね、と言って仲直りしている。
可愛いユウコちゃん。パッチリとした目でいつもニコニコと笑っている。友だちにおっとりとした性格をからかわれても、そんなことないよ〜とはにかんでキュッと目を細めている。
いい匂いのするユウコちゃん。ユウコちゃんが通ったあとにフワッと漂う甘い香りが、ボクは大好きだ。
そんな、優しくて可愛くていい匂いのするユウコちゃんを見ていると、ボクは胸がドキドキして体温が上がって息が弾んでしまう。初めはこの気持ちがなんなのか分からなかったけれど、その内にこれは多分恋というヤツなんだなと理解した。
でもボクは、この気持ちをユウコちゃんには伝えない。
ボクはユウコちゃんの恋人には相応しくないから。
ボクはユウコちゃんを見守っているだけで十分なんだ。
ユウコちゃんが小学生の時から、ボクはずっと見ている。
あの頃のユウコちゃんは今とは違って、男の子と一緒に虫取りしたりするような活発な女の子だった。そういう時は、決まってボクも一緒に遊びに行って、虫取りをしたり走り回ったりしていた。
でもユウコちゃんは、段々と男の子とは遊ばなくなった。虫取りや泥遊びをしなくなり、女の子と一緒に遊ぶようになっていった。
それでもボクは全然構わなかった。楽しそうなユウコちゃんの姿を観ているだけで幸せだったから。
一度だけ、この気持ちを抑えられず、プレゼントを渡したことがあった。直接渡すのはなんだか恥ずかしいなと思って、家の玄関の前にそっと置いておいた。
でも、それは失敗だった。玄関前に置かれたプレゼントを見つけて、ユウコちゃんは怯えた表情をしていた。それ以来、ボクはユウコちゃんへの想いを胸にしまっておくことにした。
ただユウコちゃんを見守って、いざという時にはボクがユウコちゃんを守るんだ、と強く思った。
あの日もボクは、ユウコちゃんの後ろをついて歩いていた。
ユウコちゃんの右斜め後ろ。いつものボクの定位置。ユウコちゃんのふっくらとして赤みがかった頬を眺めるのがボクは好きだった。
いつもの光景。いつもの日常。
次の曲がり角を右に曲がったら、少し古びたパン屋さんがある。ユウコちゃんは必ずそこで大好きなメロンパンを買って帰るんだ。
ユウコちゃんが角を曲がろうとした時、ボクは低い唸りと風を切るような音を聴いた。
その瞬間、ボクは駆け出した。
力一杯ユウコちゃんを突き飛ばす。
反対側の道路に転がるユウコちゃん。
眼前の迫るトラック。
ボクの身体は鉄塊の猛進に抗えず、軽々と跳ね飛ばされ、アスファルトの上に落ちた。
身体全体に広がる嫌な感触だけが残った。
「ジロッ!」
ユウコちゃんはボクの身体を抱き起こし、すがりつく。何か言っているみたいだけど、ボクには聞こえなかった。
ユウコちゃんの甘い香りに包まれて、ボクはとても幸せだった。
いつもだったら嬉しくて勝手に動くいてしまうボクの尻尾は、今はピクリとも動かなかった。
泣きじゃくるユウコちゃんの声を聴いていると、だんだんと眠くなってきた。
大丈夫だよ。ボクはずっとユウコちゃんのこと見守っているから。
しばらくの間、ユウコちゃんは塞ぎ込んでいた。
お母さんやお父さんが毎日ユウコちゃんを慰めて、徐々に元気を取り戻していった。
ある日、おうちに男の人を連れてきた。ユウコちゃんにも彼氏ができたんだ。ボクは嬉しかった。
しばらくして、ユウコちゃんは結婚した。仕事で忙しそうにしている時も、子育てを頑張っている時も、いつもボクはそばで見守っていた。
そうするうち、ユウコちゃんに孫ができた。
ユウコちゃんは幸せそうだった。
ユウコちゃんは今、病院のベッドに横になっている。
ユウコちゃんは、とても痩せていた。
今日はユウコちゃんの娘や孫など、みんなが病院に来た。
みんなユウコちゃんの手を握ったり、腕をさすったりしながら色々お話しした。
ユウコちゃんは静かに頷いたり、微笑んだりしているだけだった。
やがて陽が落ちてみんなが帰っても、ボクはずっとそばにいた。
病室はとても静かだった。
「ジロ」
ボクはハッと顔を上げた。
目が合ったユウコちゃんは穏やかな顔をしていた。
「いつもそばにいてくれたんだよね。ありがとうね」
ユウコちゃんはベッドに横になったまま、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「待たせてごめんね」
その手がそっとボクの頭に触れる。
久しぶりの温もり。
これからも、ずっと一緒にいよう。
ユウコちゃんとボク 乙乃詢 @otono_jun
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