第73話 解放戦争終結

 怪物の動きは止まった。


 壮志郎は上から転がり落ちてくる。今怪物は動きを停止しているため、空中に残っている数々の触手がクッションの代わりとなり壮志郎の落下衝撃を和らげていた。


 壮志郎も内也も、全てを出し切った。体力、経験、技術、そしてテイルに至るまで全て。


 彼らの残りテイルは既に10を下回り、衰弱していくようにゆっくりと減少を続けている。もう動く体力も残っていなかった。その場で横になってから、もう動けなかった。


「壮志郎! 内也!」


 夢原が2人の元へと、ゆっくり向かっていく。2人は偶然にも、ほぼ隣どうしになっていた。


「あ……隊長……」


 仰向けになっている壮志郎が、隊長が来たことを察知して、かすれた声を出す。


「なんで、こんな無茶を……!」


「はは……すんませ……。でも、負けたくなかったんすよ」


 夢原はなけなしの残りの体内にある万能粒子を2人の応急処置に使った。しかしテイルはもうどうしようもない。


 もうすぐ想像を絶する恐ろしい瞬間を迎えるというのに、その顔はすべてをやりきった後に納得した晴れやかな顔だった。


「これで……あいつも」


 壮志郎はゆっくりと、怪物の方を見る。


 怪物は停止したままだ。歩怪からのテイルの供給がなければこのまま消えていく。


「ざまあ、みろ、ってな」


 壮志郎のまぶたがだんだんと重くなっていく。


 そこに林太郎、如月の2人に支えられながら、昇が見舞いに来た。


「あんた……」


「あ……、見てたか」


「無茶したな」


「お前だって、無茶を通した。なら、俺らが、日和るわけにはいかないだろ。俺達はただの人間じゃない、ヒーロー、だ」


「そうか。ああ。そうだな」


 昇はその雄姿を称賛しようと声を上げようとした。


 その声が口から出る前に、昇はふと、違和感を覚えた。


(動いている……?)


 視界の端、止まっていた触手が徐々に動いているような。


 それは、決して――錯覚ではなかった。


 動きは徐々に速くなり、誰の目から見ても怪物がまだ動いている様子が明らかとなる。


「な……!」


 夢原は悪夢でも見ているかのような顔になった。そして壮志郎の目は大きく開き、


「冗談だろ……!」


 一言、そう述べたのだ。


 辺り一帯に聞こえるのは叫び声。


「人間風情に……私がみすみす殺されると思うかアアアアア!」


 壮志郎の最後の一撃は確かに入った。現にもう死ぬだろうと誰から見てもわかるくらいに血を流している。しかし、歩怪は自分の限界よりも、人間に負けるという事実を決して認めたくはないという気合が勝っていたのだ。


「死ねェええ!」


 再び触手が動き出す。もはやこの場の人間を守ってくれるものは誰もいない。全員触手になぶり殺されるだけだ。アジトメンバーも、昇も、季里も、明奈も、避難民も、反逆軍も、誰もが絶望の表情をしていた。


「無駄だァア何もかもおおお!」


 歩怪の怒りを体現するかのように触手は一気に目の前の人間を殺しにかかる。


 その時。


 雷撃が人間たちを守った。まるで雷の神が人間に加護を施しているかのように。


「え……?」


 ふと、昇が気が付く。そこに1人、新たに男が現れたことに。


「無駄なんかじゃない」


 体が薄く青白く発光しているように見えるのは、彼の使う武器が雷によるものだからだろう。


「お前……!」


「音声で全部聞いていた。天江。よくやった。音だけだが、それなりに楽しめたぞ。お前達の戦いは」


 天使兵との戦いを終えたことは知っていたが、こちらに援軍に来るにしろ、もう少し時間はかかるだろうと思われた。


「急いで正解だったな。間に合ったようだ」


「貴様……なぜぇ!」


「刈谷壮志郎、そして西内也の戦いは決して無駄じゃなかった。そのおかげで俺はこうして間に合った。いや、その2人だけじゃない。こいつらは1人でも欠けていれば、きっとここまでたどり着けなかった」


 人間たちの戦いには意味はあった。それを〈人〉、それも最高峰である天城家本家の存在が認めたのだ。


「この場で戦った全員の、そのすべての行動に意味はあった。1つでも何かが欠けていれば、この奇跡は叶わなかった。これは、この場の全ての人間たちの努力の結果だ」


 天城来人は、〈人〉でありながら、ここに至った全ての人間を称える。


「ここまで本当に良く戦った。お前達を勇者と認め、天城家次期当主の弟たる天城来人が、この一撃をもって。貴殿らに最大の敬意と勝利を捧げる!」


 触手は今も雷霆により1本たりとも人間たちに近づけない。対し、人間たちは強力な電気のバリアによって守られている。それだけでも大規模な攻撃と防御だったが、天城来人はその中でさらに空中へと浮遊し、詠唱を行う。


「天に頂き、くう裂く雷霆、遍くを貫く裁きと化す。地上に刻むは我が正滅。魂すら残さぬ光輝の煉獄を知れ!」


 大雷霆を引き起こしながら、その手に放たれた雷が密集して、凄まじい密度を有する三叉槍となった。


 それが放たれれば、直撃した先に生存はないと、誰しもが察する光輝。


「滅びの時だ! 雷震らいしん――皇天戟こうてんげき!」


 雷の槍は放たれ、触手を軽々と貫き、怪物に直撃した。



 すべてを溶かす熱量と、破滅を想起させる轟音と共に、歩怪、並びにその雷を正面から受けた怪物は灰塵と化す。


 そして、目の前には何もなくなった。


 静寂。しかしそれは絶望によるものではない。


 最後の敵の消滅。反逆軍と共に戦った全ての人間たちが勝利したという、希望に満ちた事実を示していた。


 1人、嬉しそうに天へと拳を伸ばす男がいた。


 壮志郎は、消えかけてる意識の中全てが終わったことを悟り、満面の笑みを浮かべていたのだ。そしてその隣にはいつの間にか笑みを浮かべ目を閉じる親友の姿があった。


 天城来人は天江昇に叫ぶ。


「この戦い、もはや敵はもういない。勝鬨かちどきだ。お前が始めた戦いなら、この場の皆に、勝利を宣言して、お前がこの戦いを終わらせろ!」


「俺が……? お前でいいじゃん」


「俺は、とどめを刺したに過ぎない。それに、勝鬨ってのは、声を張り上げるのが得意な奴の方がいい」


 自分で良いのか、急に回ってきた大役に、困惑するも、皆、そして何より壮志郎が昇の方を見て、やれ、と目配せで示していた。


 季里と明奈は示し合わせたわけでもなく、偶然にも、同じタイミングで昇の背中を押す。その目は今までで一番輝いていた。


「え……」


「戦いは終わった。皆を安心させる大役なら、立派に務めてこい」


「そうよ。この栄誉は、貴方に送られたこの戦いの報酬だと思えばいいわ」


 昇はこの2人の後押しを受けて、決断した。


(ああ。そうだな。俺が始めた戦いだ。そのためならなんでもやると誓った。これなら、自分が思ったよりも嬉しい『なんでも』だな)


 笑みを浮かべ、歩きだす。






 ここまでの旅路は決して生半可なものではなかった。


 この世にはこの戦いなど取るにも足りない地獄はいくらでもあるだろう。それでも天江昇にとってこの戦いは決して勝つべくして勝った戦いではない。


 数々の試練を乗り越え、数々の幸運を味方につけて、そして『諦めるな』という恩師の言葉通り、最後まで諦めなかったからこそ、つかみ取った結果だ。


 だから、この一言は今も天で見守っているだろう先生に聞こえるように、叫ぶことにした。


 肺に、腹に思いっきり空気を吸い込む。


 自分には出過ぎた役だと分かっているけれど、傲慢な役だと分かっているけれど。


 今だけは。


(やらせてもらうぜ)


 自分に最初の方から味方をしてくれた壮志郎と同じように、天へ向けて腕を伸ばして、自然に出てきた言葉を大きな声にした。


「勝ったぞ! この戦い、俺達の勝ちだぁあああああああああああああ!」


 この場にいる全ての人間の緊張が解け、歓喜がこの場を明るく照らす。


 30秒。この場にいる全ての人間は近くの者と喜びを分かち合った。


 短い時間なのは仕方がない。今はまだ敵地、もう敵はいないにしろ、これからすぐに地下道へと向かう必要がある。


 しかし、この時代では珍しい、素晴らしい時間の共有だった。





 ――これがこの戦いの全てだ。後に歩領人間解放戦争という名をつけられ、後の世の人間の快進撃の起点となったターニングポイントの1つとして語られることになる。それは遥か未来においての話だが、それほどまでに人間が勝つということは、この時代では奇跡であり、その奇跡を天江昇とその仲間たちは成し遂げたのだ――


(エピローグへ続く)

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