第70話 地下道へ

 大橋を渡り終え、アジトの人間たちが発電所の外にたどり着いたのと同じ頃、発電所の入り口から数多くの避難民が出てきて鉢合わせになる。


 当初は新しい援軍かと肝を冷やしたアジトメンバーたちだったが、その後ろから天江昇が嬉しそうに出てきた姿を見て、反逆軍の皆はすぐに避難民だと察する。


 本来は全員を救うのではなく囮にすると言っていたはずだったので、より良い結果を持って帰ってきた昇を賞賛する声が多くあげられた。


 壮志郎がアジトメンバーを一度待たせ、避難民が足並みを合わせられるよう、自分達の身分と今後の動きを共有する。


「俺達は東都、ならびに京都反逆軍です! 囚われていた皆さんを助けに来ました! どうかご安心ください! 皆さんはこれから、自由になれます! まずは我々に同行を! 皆さんを責任をもって京都に送り届けます!」


 京都と言えば、倭の中で唯一人間自治区がある、人間の人間による人間の為の街。そこならば少なくとも今より不当な差別を受けることはない。避難民は総じて喜びの声を上げる。自分達は本当に助かるのだと。


 一方で別の意味で喜んでいた人間もいた。


「あ、あの!」


 それは如月と林太郎だった。昇に肩を貸している割には、けが人お構いなしに林太郎のもとへ突撃する。


「いたいたいあたい」


 昇の悲鳴は無視されていて、壮志郎はその無様な昇の姿を見て笑う。


「ははは、おいおい。情けねえ顔だな」


「うるせー……これでも」


「分かってるよ。お前は凄いヤツだよ。本当に。それより、隣はお前の?」


「ああ。俺の目的も達した」


 目を輝かせている2人に林太郎は気圧される。


「俺達、その、反逆軍に憧れてて!」


「あえて光栄です! 握手をしてください!」


「お、おう……」


 スター扱いはまんざらでもない壮志郎は、すこしにやけながらその握手に応じる。


 一歩離れていた内也は呆れて目を細め、そして周りを警戒する、未だここは敵の陣地、警戒するに越したことはないだろう。


 一方の壮志郎は、林太郎と如月と話していた。


「君たち、反逆軍に興味あるんだ」


「はい! ずっと昔から、いつか皆さんのように人を守れる戦士になりたいと」


「わ、私も!」


「はは、そうか。そりゃありがたい。そうだ! このあと行き場に迷ってるなら、この後は反逆軍に来るといいさ。良ければ俺が育ててやるからさ」


「ほんとですか!」


 嬉しそうに如月は飛び跳ねる。林太郎も喜びを隠しきれていない。


 昇はそんな2人の姿を見て、これまでの旅の中で一番ほっとした顔になっていた。


 長い旅が報われた。昇の中にあるのは、そのたった1つの喜びの感情だろう。


「こらーそうしろー。なに人気とりしてんの。おしゃべりはそこまでよ」


 夢原が壮志郎に呼びかけ、部下である彼が反応を返す。


「じゃあ、後でな」


 その場を去る壮志郎。如月と林太郎の目は、去り際の背中を見る時も輝いていた。


 十分に避難は周知された。そう判断したこのタイミングで、再び地下道への進行が再開される。多くの人間が、反逆軍主導のもと、一気に走り出す。


 その最前にいるのは内也。もうすぐテイルが最も多く残っている彼が、いるかもしれない残存勢力を前で掃討する係を務める。しかし、幹部も、本家の人間ももう倒した。これ以上の内也ほどの実力者を止められるものはいない。


 そう、思ってしまうのも無理はなかっただろう。


 だからこそ、避難者の悲鳴が上がったとき、その悲鳴はこの場まで生き残った全員を恐怖に叩き落とした。


 前方。巨大な軟体の浮遊物体が出現。そしてその浮遊物体から、凄まじい数の深緑色をした気味の悪い触手が、百を超える数で最前列の人間へと襲い掛かったのだ。


 内也の反応は速かった。〈スリーストライクサークル〉を多数展開、内也の意志に従って動く自動兵器として、シールド機能を使い圧倒的な数を触手を押しとどめた。


 そして内也本人は生物の上にいる敵を補足して、アサルトライフルを装備。そこから光弾を放ち、現れた敵へと発射する。


 攻撃は易々と通りはしなかったが、触手を破りながら向かった光弾のおかげもあり、そこに中年の男が立っているところを視認できた。


「馬鹿な……!」


 この領地に来る際に、歩家の土地のことは事前調査を念入りに行っている。


 そしてこの地を調査するのならば否応にも必ず目に入る男がいる。それこそ歩家現当主、歩怪あゆみかいだ。


 その名の通り、今まさに目の前にいる、巨大で惰球形の、触手を飛ばしてきた怪物を使役して戦うことで有名であり、歩庄以上に召喚兵器を主力とする伊東家らしい戦い方と言える。


 当主だからと言って消して権力を盾にして偉そうな態度をとっている雑魚な輩ではない。基本的に〈人〉の社会では強いものが権力を持っている。歩怪もまた当主を名乗るに十分な実力を有しているに違いなかった。


「だが、なぜ当主がここに」


 歩家の本家は今いる発電所よりもかなり遠くにある。この襲撃が始まってからでは当主がここにはせ参じることができるほどの時間は、間違いなく経っていない。それに仮にそれが可能だったとしても、誰かが飛来に気が付くはずだ。


 つまり最初からこの男はここにいたということ。


 男は、領地から逃げようとしている不埒者全員に聞こえるように、叫ぶ。


「私は歩怪。歩家現当主にして、貴様らにすべてを破滅させられた哀れな男だ」


 この場にいる全員がその名前を危機、今までの希望に満ちた表情から一転、驚愕と恐怖にすくむ。


 特にともに戦っていたアジトメンバーの皆の顔の変わりようがひどいものだった。しかし無理もない。


 彼らは知っているのだ。自分達を救ってくれるはずの反逆軍はもうすでに限界を超えている者ばかりだと。それでも自分達を救う為命を顧みず戦った彼らをこの期に及んで、もう戦えないのかと無能扱いする者は一人もいない。


 だからこそ、今、歩家の中でも最強と言ってもいいその男がその場に現れてしまったことは、悲報以外の何物でもなかった。

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