第37話 助ける者を選ぶのは
「そうだ。苦境に立たされているのが仲間なら助けに行くのに、見知らぬ奴は見捨てるのか」
「優先順位の問題だ。お前は目的を果たすためにただでさえ危険な綱渡りをしている。欲張れば身を滅ぼす」
「そうだよな、まあそうだ。だけど……」
昇は自分を睨む明奈をまっすぐ見つめ、自分の今思っている本音を吐露する。
「諦めるなって言われた。だから俺は、簡単に諦めたくない。知らないやつの命であっても。歩家に虐げられているやつを見捨てたくない。きっと後悔するから」
「救えなかったことをか」
「ああ」
「ワガママな男だ」
「もちろん無茶はしない。反逆軍の奴らに相談してどうしようもないっていうなら諦める。そこはちゃんと優先すべきことを優先させるさ。でも最初から諦めたくない」
昇は息継ぎをして己の思いを表現する。
「この戦いは俺の望みで始めたものだ。だからこそ、助けるべきだと思ったのに何もしなかったら、特にこの後その男が死体で見つかったら、俺は自分を許せない」
「それが全くの他人であっても」
「何事にも最後まで諦めない。それだけが今のの俺の取り柄だからな。筋は通したいんだ」
明奈の強い口調での糾弾にも昇は屈しようとはしない。
「ガキめ」
「笑えよ」
「あざ笑っても皮肉を言っても、怒ってもやめる気はないだろう?」
「ああ」
明奈は深いため息をつく。
昇は部屋を出ようとするが一瞬早く、東堂が自分の部下を連れて部屋に入ってきた。
「外に要救助者を発見した。天使兵に追われているらしい。……どうやらお前たちに説明の必要はないようだな」
東堂だけではない。この監視室の前に反逆軍の8人が集結している。
「天江昇。どうするつもりだ」
「助けに行きたい。じっとはしていられない」
「死ぬぞ」
「助けはいらない。自己責任でやる」
東堂は後ろに居る明奈と季里を見る。季里は苦笑して、明奈は申し訳なさそうな顔で頭を横に振った。
それからの東堂の判断は速かった。
「……俺達に同行が条件だ。いいな?」
「いいのか?」
「ああ、いくぞ」
部下2人は驚いた顔で隊長のご乱心を咎める。
「なぜ!」
「〈天使兵〉の様子を調査するついでの救助だ。人手が少ない以上反逆軍はほぼ全員出る。そうなったらこいつを監視して出口を守れるものはいない。こいつに暴れられてアジトを荒らされるよりはいい。最悪弾避けにもなるだろう」
反論を許さないまま、東堂は命令を出す
「井天、西、刈谷、お前たちは救助者の捜索。俺と夢原と吉里で元々の脱出ルートの調査と再検討、必要に応じて陽動を行う」
東堂は即断を覆すことなく、昇の意見を最大限くみ取って見せた。
「天江昇。歩家と戦うなどと俺達の前で喧嘩を売ったお前の覚悟、愚考か本気か、見定めてやる」
そして激励の意味で肩をたたくと、後ろに控えていた夢原と吉里を連れて先に出口へと向かっていった。
その後、井天はしばらく考えた後。
「明奈さん。どうかついてきてください。あなたにこの男の監視をお願いします。季里さんはここに置いて行ってもらいます。アジトから逃げないようにする人質、的な役割です」
「了解。異存はない」
「天江君。隊長はあなたに何かを期待しているみたいです。せいぜいその期待を裏切らないように。私たちについてきなさい」
「あ、ああ。分かった」
昇としては無理やり止められると思っていたので意外な展開に拍子抜けしていた。
しかし自分の望んだ通りの展開になったことは喜ぶべきことで昇はにやけながら、季里に、
「留守番頼むな」
「うん。気を付けて」
一言告げて、明奈とともに反逆軍の数名と一緒に、アジトの外へと向かった。
監視室に1人残された季里。
(いっちゃった……1人になっちゃったな……)
少しの寂しさを覚える。
今までとなりには必ず昇か明奈がいた。
(私は戦えないから……なんだろうな)
そう思った時、ふと気が付く。
もしも、自分の記憶が完全に戻り、戦いの術を思い出せたら、このように1人足手まといみたいな扱いを受けることはないのかもしれないと。
夜の廃街は当然というべきなのかもしれないが静まり返っていた。
故になおのことその存在は不気味に映る。
廃街の出口から外に出た昇たちの上空。そこを煌めく翼で飛行し続ける〈天使兵〉。
井天と内也と壮志郎と共に、昇と明奈は行動している。廃街の建物を陰に〈天使兵〉の監視を潜り抜けながら、廃街の中を移動している。
(やれやれ……)
明奈は今このようなことになっていることを振り返ると理解できない。
普段の自分だったら絶対にこのような無茶をしないし、仮に仲間がいてもこんなことは許さないだろうと。
実際は自分は昇を止めることはなかった。怒っているわけでもない。
「なあ、実際どこを探せばいいんだろうな」
当の昇はこんな状況だ。
イノシシ頭を少し前に治した方がいいと言ったばかりなのに、またも正義感と勢いに任せた昇の行為によって現在の危険極まりない戦場へと駆り出されている自分。
(私はこいつの世話係じゃないんだけどなぁ)
文句を言いつつも、決して嫌な気分ではないのは、やはりこの男を信頼している証なのだろう、と改めて感じていた。
「さあ。しかし、映像を見る限りだと廃街の中でも旧住宅街ではなく、旧繁華街の可能性の方が高い」
「ならとりあえずはそっち探してみようぜ」
「天江君、何自分で仕切ってるの」
「あ。ごめん、なさい。井天、さん?」
「なんでカタコトになる?」
井天に指摘を受け、へらへらと照れ笑いしている。
「でも、行くしかないだろ?」
「そう。しかし、ならばこそ気を付けて。ここから先は影が少ない。旧繁華街に入るまでに〈天使兵〉数体の追跡は避けられない」
「望むところだ。死なないようにしないとな」
明奈は旧繁華街と呼ばれる場所の地図を出す。
現在の歩領の繁華街からは離れた場所にあるそこは、見る限りかつては買い物や屋外施設、オフィスビルが集まっていた場所で、大型の商業施設を目玉としていた。
並んでいる建物の規模から見てに、かつての繁華街として、機能していたことに違いはない。
さすがに一気に駆け抜けるわけではなく、以前も使った〈透化〉〈忍歩〉〈霧中〉という自分の場所を隠匿する戦闘支援技術を使って、できる限りは繁華街へと近づいていく予定だ。
しかし、1分使うだけで全保有テイルの6割を失うことになる。
「これを」
昇と明奈に、内也から道具が渡る。
「これは?」
「電池と言われることが多い。本当は、テイル粒子を封じ込めた入れ物だ。デバイスと同期させることで、コストとして支払うテイルを肩代わりしてくれる」
「便利だなぁ」
「これで隠匿できる時間を1分稼ぐ。俺達は〈爆動〉の高速移動で一気に繁華街までぶっ飛ぶぞ」
早速昇と明奈もデバイスに与えられた電池を同期する。
「よし、行くぞ」
壮志郎の声に従い先ほど挙げた3つを使用して、一気に廃街を駆け出した。
廃街の中でも旧繁華街までは、幸運なことに道路を真っすぐ行くだけでたどり着くことができる。
曲がる必要がない分、〈爆動〉による高速移動も速度を高めに設定することができるため、旧繁華街にはすぐにたどり着くことができる。
廃街の旧住宅地区には一軒家が多かった分、大きな建物が徐々に見え始めることで、アジトの出口からかなり移動してきたのを感じる。
1分経過。残念ながらそれだけでは旧繁華街地区にたどり着くことはできず、〈天使兵〉に昇たち一行の姿が見え始める。
さすが伊東家の最高戦力となる兵器の1つ。
すぐに街の異変を察知して近くの〈天使兵〉が追跡を始めた。
〈爆動〉でおよそ時速140キロの移動をしてるものの、それを超えるスピードで飛来しているのか、徐々に追いつかれ始める。
「マジかよ……」
「西さん。どこかで止めますか?」
壮志郎と井天の双子より、内也は反逆軍では1年ほど先輩だ。その立場を鑑みて内也は判断を下す。
「何人いる?」
「4人です」
「なら、もう少し先で止める。俺達が後ろに回るから、井天さんたちは前に行け。繁華街に入ってもそこを捜索している〈天使兵〉が居るはずだ。それだけは注意だ」
「了解」
壮志郎に合図を送り、夢原隊の2人と東堂隊の2人のポジションが入れ替わる。そして内也と壮志郎は徐々に減速を始めた。
「大丈夫か?」
「今は信じるしかない」
昇の心配を明奈は一言で片づけ、今は旧繁華街地区へと走っていく。
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