第36話 天使兵

 正しいかどうかを窺うように夢原の方を見る。


 夢原はそれが正しいと頷く。そして、その存在を知らないこの場の人間に完結にその存在が何たるかを説明した。


「伊東家次期当主の召喚神霊〈双天使〉を、人間の子供の体内に魂だけ召喚、その子供の体を肉体の代わりとして天使として成り立たせた、〈双天使〉の安価版召喚兵と言えばいいかな」


「何……?」


「人間を道具以下で扱う思想を持つ伊東家だからこそできる非人道的な兵器ね」


 カメラにはっきりと映る〈天使兵〉の1人を指さす。見た目は人間の子供だ。それは誰の目から見ても間違いない。


「何だこれは……」


 リオンの声が震えていた。


「これが元は人間なのか」


「伊東家が人間を捕らえる理由は主に〈天使兵〉の増産のため。人間の子供が大好物なのよ。ここの〈人〉様は」


「まさか、ここにいるみんなも、捕まるとあんな風に」


「だからこそ、私たちは必ずあなたたちを逃がしたかったのよ。でも、まさかこんな末端の歩家の地域で出るとは思わなかった……」


 あの歩庄に対して強気な態度をとっていた夢原が焦りを見せていることが、昇にとっても季里にとても驚きだった。


 それだけ〈天使兵〉が脅威である事の証と言える。


「俺達が外で暴れたから?」


「暴れたからといって、すぐに用意できるほどの安い兵じゃない。おそらく、歩庄が俺達反逆軍の捜索を始めるにあたって、歩家があらかじめ借り受けていたとみるべきだ」


「智位の家に?」


「家の格と信頼は別の話だ。発電所1つの管理を任されるほど信頼を置かれている家だ。その家の申請であれば受諾してもおかしくない」


 リオンと宝生が心配になるのは、当然自分たちの逃亡計画へどのような支障が出るかだ。


 現状では天使兵がアジトで入り口付近を飛んで警戒しているだけであり、具体的な攻撃行動が見られない。


 東堂はアジトが見つかっている可能性は低いと報告。


 そして、その吉報と一緒に悲報も伝える。


「幸いにも天使の数は少ない。多く見積もっても100だが、作戦の練り直しは必須だ。今の俺たちがアレに襲われたら守り切れない」


「それほどなんすか。〈天使兵〉ってのは」


「宝生。訓練をしっかり行っている今の君たち100人が束になってようやく1人殺せるか殺せないかの強さだ。そんな化け物10体に一斉に襲い掛かられたらどうする?」


「ナルホド……」


 新しい脅威。


 それは明らかに昇にとっての脅威でもある。現在劣勢であるにも関わらず、さらに向かい風が強まった速報だった。


 しかし、昇はそのの映像を興味深く見ている中で別のことに気が付いていた。


(今、誰かいたよな……あのヤバイ奴らの下走ってた)


 誰も気が付いていないが、映像の中の天使兵のうち数人は、まるで誰かを捜して顔を動かしているように見えた。


 確証はないが今言うべきか。


 昇は迷った末、今はやめておいた。場を無意味に混乱させて楽しい性格ではない。


 その代わりこの後も映像を見続け、確実に居るとわかったら、誰かに相談することにする。


 本来ならそんなことをしている暇はないはずだが、もしも襲われていたらと考えると、昇は無視することはできそうになかった。


 アジトの中にいると外の様子が見えないので感覚が狂いそうになるものの、体内時計はすぐに狂うことはなく、昇の体は夜でお休みの時間であることを訴えていた。


 昼間の激しい訓練で疲れがたまっていて体は休息を求めているのを無視。


 昇は体にムチ打って徹夜覚悟の夜更かしを決行することを決める。


 夜中もアジトは普通に稼働している。


 脱出当日は早朝の3時に決行なので、基本的には夕方6時から7時には就寝して、夜中の0時から1時の間に起床する生活が推奨されているのだ。


 しかしあくまで推奨であり、アジトの生活は役割分担の仕事さえすれば後は原則自由時間なので、夜7時以降も起きている者はいる。


 故に、昇も不審がられず監視室へと行くことができた。現在監視室は映像を見るだけならだれでもできるようになっている。


 明奈と季里を部屋に残し、昇は監視室で外の映像をじっと見ていた。


 本当はこんなことをしている場合ではない。今囚われている状況を打破し、さらには発電所攻略の情報を考えなければいけない状況である。


 しかしの昇は、どうしても気になってしまっていた。


 食堂での速報の後、明奈が〈天使兵〉について調べた内容を聞き、昇の焦りはさらに高まっている。


 〈天使兵〉は人間を素体としている破壊兵器ではあるが知能はそう高くないらしい。


 高いと反逆を企てられる可能性があるので、思考能力を削るのは当然の措置だが、その弊害として、攻撃命令を受けたら基本的に高火力短期決戦を優先として動くようになる。


 使う武器は周りに与える損害などお構いなく、そして同じ〈天使兵〉以外の敵味方区別なく破壊の限りをつくすという。


 この廃街も以前の戦争の中で〈天使兵〉を使ったが故に生まれた戦いの爪痕ともいわれているらしい。


 そのような天使が容認しない人間を見たら殺しに向こうのではないか。その疑念がどうしても晴れなかったのだ。


(自分に関係はないことかもしれない。しかし、見捨てる――)


「見捨てるにはまだ早すぎるし納得しないか?」


「お前……俺の心を読むなよ」


 部屋で休憩しているはずの明奈と季里が監視室に現れたのはその時だった。


「季里がどうしても気になると言ってな」


「その、邪魔だった?」


「いや。そんなことない。でも、この程度のことに巻き込むくらいなら、休憩していてほしかったから言わなかっただけだ」


 季里も昇の隣に座って、画面を見る。


「お前が見たのはどんな奴だったんだ?」


 明奈の質問対する返答に昇は困ってしまった。本当に人影が見えたような気がする程度の話なのだ。


「まあ、そんなにはっきり見えたなら、あの時ももう少しあからさまな態度をとるか」


 明奈は昇の現状を察して、自分もまた画面の監視に没頭した。


「しかし、多いな」


 明奈のつぶやきは〈天使兵〉に関することだ。


「なんかどんどんと不利になってくなぁ。悪い知らせばっかりだぜ」


 薄々感じていた劣勢の旨をここで、はっきりと愚痴にする昇。


「人間のネズミを捕獲するにはやや本気過ぎな気がするけどね」


「ああ。まあ、そうだよなぁ……。俺もそれは感じてた。〈天使兵〉なんて、ガチの戦争起こすときくらいしか使わないはずなんだよ」


「そうか……」


 明奈も昇も伊東家の決戦兵器が出てきたことに疑問を感じつつも、それほど深くは考え込まなかった。


 それはここで何かを憶測で語っても無意味であるからだ。その代わり、昇の満足が行くように人影を捜し始める。


「いた」


「え? マジ?」


「画面3番見て」


 季里の指示に従い、昇と明奈はその画面に目線移す。


「動いている。かなり速く」


 昇はよくその画面を見るがなかなか捉えられない。明奈も、

「辛うじて……。よく見えるねコレ」

 動体視力に決定的な差がある証拠だ。


 これも〈人〉である季里の高い能力が成せることである。


 季里が捉えた部分の動画を切り抜き、3人のデバイスに送る。スロー再生で季里が『居た』と宣言した場面を見直してみる。


 上空にうようよいるのは翼が生えている〈天使兵〉、そしてその下に男が1人、〈天使兵〉数人に追われているように見える少年の姿が見えた。


「ヤバいじゃん。すぐに助けに行かないと……!」


「……廃街の人間じゃない。来ている服が綺麗すぎるし、そもそも〈天使兵〉から逃げ延びているという点でただものじゃない」


 明奈は鋭い目付きで昇を見る。

「首を突っ込んだら厄を招く可能性だってあるぞ」


「そんなの関係ない」


 昇は立ち上がり、この部屋を後にしようと部屋の出口へ歩き出す。


「ヒーロー気取りか?」

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