第12話 料理人明奈

 40分と言ったが明奈が下ごしらえにこだわったせいでお待ちかねのご飯ができるまでは1時間も費やした。


 しかし昇も昇で、何も知らない子供ような反応を見せる季里に対してデバイスや一般常識の確認を行うのに苦戦。


「うわ。ふにゃふにゃ」


「これじゃあ、カッターとは言えないな……」


「もう1回……」


 結果時間の延長はむしろ都合がよかったのかもしれない。記憶のない季里はとてつもなく苦戦していた様子だったが、しばらくやれば、それなりに形になるようになった。


 そんな教え疲れた昇と、練習後で気疲れした季里の前に明奈が用意したのは宣言通りの中華料理。


「これは……?」


 1時間ほど丁寧に説明や質問に対応をしていた昇の方が季里は話しかけやすかったのだろう。昇に目の前に出された自分の知らない料理について尋ねる。


 しかし、昇も首を傾げるばかり。


 一方で久しぶりにのびのびと料理ができてご満悦の明奈が明るい表情で季里の質問に答える。


「ラーメンというものを作ってみた。具はネギと肉を使っている。後は麻婆豆腐だな。野菜がないのが残念だったが、今後の活動のためのエネルギーにはなるだろう。何分、これが私たちが行動を共にしてから最初で最後の温かい飯になるかもしれないからな」


「調理実習はパンか玄米だったからな。麺ってのは初めて見たぜ」


 昇は頭よりも先に体が動くタイプであるという明奈の評価に違いはない。得体がしれないものを前にまずは食ってみようと即時判断し、手を動かせるのは間違いなく彼の長所である。


「おお……なんか」


「不満?」


「いや、めっちゃうまい! へえ、これがラーメンか……季里も、これは大丈夫じゃないか?」


 昇の勧めに従って季里も黄色の細麺を口に恐る恐る入れる。


「……醤油ベースのつゆとしっかり絡みますね」


 明奈は何気ないその一言を聞き逃さなかった。


「醤油は覚えているのか」


「はい。なんか私、覚えていることと覚えていないことがあるみたいで」


 明奈も麺をすする。


「うわ、なんだよそのおしゃれな食いかた」


「そうか。麺料理自体が初めてだもんな。私の師匠はこうやって麺をすすって食べてた。真似をしているんだ」


「へえ……」


 もう一度麺をすすって口に運ぶ明奈をじっと見る昇。


 そこで昇は明奈の意外な一面に気づくことになる。面を運ぶところではない、その直後、自分の料理を味わって出来栄えを確認している明奈は、昇が今まで見た中で一番自然な笑みを見せていた。


 今までは肝が据わっている男勝りな活発少女のイメージしかなかった昇だったが、今の満足そうにご飯を食べる明奈は、とても可憐に見えたのだ。


「何見てるの」


「いや、そのー、お前もしかして飯食うの好きなのか?」


「独り身で旅をしてると、どうしても精神を安定させる趣味が必要なんだ。私にとっては少ない喜びを感じるときだよ。ところで麺は伸びると厄介になる。麻婆豆腐はともかくラーメンは計画的に食った方がいいぞ」


「え、そうなのか」


 昇は明奈の忠告を受け、慌てて麺をまた口に入れようとしたが、先ほどの明奈をみてすするのを見様見真似で行った。


「……んぐぅ」


 失敗。気管にスープが入りかけて即時中断する流れに。


「まあ、慣れるまではしかたないさ」


「くそ……お前も」


 昇は隣の季里に、無理して真似すると息が辛くなると経験者的助言を行おうとして、彼女の方へと向く。


「むぐむ……ん。この食べ方は非常に興味深いですね」


 季里はもう一口。もうものにしたように明奈の真似ができている。


「なんだとぉ……」


「ん。おいしいです。明奈さん」


「それは良かった。季里のお口に合うかどうか少し心配だったの」


 そのやり取りに自分が一歩遅れている昇はもう一度挑戦しようと、デバイスで創った箸をラーメンへと向けるが、その隣にある麻婆豆腐に意識が傾く。


 用意されたレンゲで思いっきりすくい上げ一口。


 ここで1つ、明奈のことを語っておこう。


 明奈は基本的に何でも好きだ。非常に甘々なものも、とてつもなく辛い物好きだ。


 たまに痛いほど辛い物を口にして激痛を感じて喜ぶことがある。生半可な痛みでは、甘く感じていて、自分には生ぬるいと感じるらしい。旨味と強い痛みを同時に感じられるギリギリを攻めて辛い料理を作ることが多い。


 そんな彼女の作った麻婆豆腐は当然ながら、辛い。


「ぁああああああああ!」


「どうした」


「無理無理無理無理。てめえ、うまいけど、これは、後から」


「情けない男め。隣を見ろ」


 叫びだす昇、その滑稽な様子が大変お気に召したのか季里はここで初めて笑った。


「よかったな。お前のことをとてもお気に入りらしい」


「くそ、季里も食ってみろよコレぇ」


 自分が昇を笑いものにしていたことに気づき、少し罪悪感を感じたのか季里は拒むことなくその赤い食べ物を口に運んだ。


「……ん。ぅう。ふう」


「どうだ」


「おいしいです。絶妙な加減ですね。辛みと旨味が」


「あら、これは」


 明奈が勝ち誇ったように昇にどや顔を見せる。


 昇にとっては、自分だけがなんとも情けない姿を晒してしまったことより、うまいこと明奈に踊らされたことがおもしろくない。


「くそぉ……」


 しかし、このように美味な食事を同年代の仲間と共にすること自体が久しぶりで懐かしく、何より悪くない気分だった。


 そして同時にそれは、明奈も、そして季里に楽しい時間になったことは間違いない。その証拠に、笑顔になっていた。

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