それが僕等のユートピア
クローズ
二つの理想郷
第1話 プロローグ
≪Initialize system settings...≫
≪Authorized system operator.≫
≪......Arcadia System boot completed.≫
僕の右手に纏わり付くガントレット型のデバイスからそんな無機質な音声が流れて来る。
『敵は南西2キロ方面に3人。確認されてるのは3期製造型デバイスを使う長身の男を含む銀行強盗犯。ザコばっかりだよ』
「いや、美羽ちゃん。ザコって言っても、もう3人も人を殺してる奴らだよ? 何回も言うようだけど、僕、普通の大学生だからね? そんな危ない人がウロウロしてるところに一般人をぶち込もうっていうキミの神経が僕にはわからないなあ」
『……アルカディア使ってて、ユートピアの3期型に負けるわけないでしょ!!』
「えー……それでも怪我するかもしれないじゃん。僕、痛いの嫌いなんだけど」
『ぜ……全部避ければ……』
「いやさ? 僕は思うわけだよ。そもそも君がこんなモノを我が家に持ち込んだせいじゃん? 君がアルカディアなんて厄介な物持ち込まなけりゃーー」
『もうっ! だからアンタを巻き込んだのは悪かったって何回も謝ってんじゃん!!』
僕の右耳に取り付けられたインカムから流れて来る、怒っていてもどこか可愛らしさを感じる彼女――伊万里美羽の声に僕の顔は自然と笑みの形を取る。
『そもそもこの世界でアルカディアとのシンクロ係数が――』
「わかってるよ、美羽ちゃん。……だから僕が行く。僕が君の目的を完遂してみせる」
だから僕は彼女の言葉を遮る。
彼女が頼れる人間は今や僕だけらしい。
その事を僕が理解するのに費やした時間は決して短くはない。だが、その真実を知ってしまった僕に、彼女を見棄てるという選択肢は最早存在しなかった。
なぜなら僕は彼女の事がーー
『やっぱりアンタってズルいよね。あたしがアンタしか頼れないの知ってて、そういう事言うんだもん。あたし、そういうイジワルな人ってキライなんですけどー?』
「あはは! ごめんって、美羽ちゃん。帰りにコンビニでアイス買ってきてあげるから、拗ねないでよ」
『拗ねてなんかないもん!! ……アイス買って来てくれなかったら、明日のごはん、全部無しだから』
子供っぽく拗ね、それなのにアイスに簡単に釣られる美羽ちゃんの可愛らしさに、僕はついついニヤケてしまう。
でもそろそろ時間だ。
これ以上は
同い年とは思えない彼女の言動をずっと見聞きしていたいという、密かな願望を僕は押さえつけて、ガントレットに開くインサートスロットにディスクを挿し込んでいく。
《Mach booster Ⅱ system granted.》
《Gauntlet claw unit granted.》
《Lightning emulation granted.》
刹那。自分のものとは思えない程の圧倒的な力が溢れできて、更に、ガントレットから紫電を纏った2対の金属性クローが現れる。
《Battle system of ARCADIA is ready to start.》
そして、ガントレットから流れる無機質なシステム音声が再び僕の耳に入ったとき、僕の気持ちは完全に戦いのそれへと変化していた。
『今回の高速移動用プログラム【Mach booster Ⅱ】は完全な試作品。初期型から比べて35%の速度上昇が見込めるけど……肉体的負担の方はわからない。危ないと思ったら、すぐに初期型にディスクを戻して』
「了解」
『それとタツヤ……絶対……絶対帰ってきてね』
「当然。僕もこんなところで犬死にするなんて真っ平だよ」
そう答えると同時に、僕は猛ダッシュを開始した。
まさに疾風。
人類を――それこそオリンピック選手すら圧倒的に凌駕する程のスピードで僕は街を駆け抜けて目的地に向かう。
人類に飛躍的な進化をもたらすべく生み出されたシステムである「ユートピア」を悪用する"不届き者"を倒す為。
そして、美羽の悲願を叶えるため。
僕は街の景色を置き去りにして走りながら思いを馳せる。
そもそも僕――輪島竜也が、なぜこんな訳のわからないデバイスを使って正義のヒーローの真似事をする羽目になったのか。
その始まりは3ヶ月前のある雨の日にまで遡る。
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