第4話 肩揉んであげますよ
「先輩、肩揉んであげますよ」
ある日、後輩の日比乃からそう言われた。
「……え?」
それは放課後の時間。
広報委員会の仕事をしている時だった。
パソコンとにらめっこしながらキーボードをたたいてたら、突然言われたのだ。
どうしたんだいったい。
あの先輩である俺に対して舐めた態度をとる日比乃が。
常に俺をからかい続けようとする日比乃が。
肩をもむなんて殊勝なことをしようとするだなんて。
どういう風の吹き回しだ?
あるいは何かを企んでいるのか?
「何を企んでいるんだ日比乃」
「いやですねー。何もたくらんでませんよ先輩」
「お前が俺の肩を揉むなんてありえない。何か良からぬことを考えているんだろう」
「何も考えていませんよ。私のことなんだと思ってるんですか」
「本当か? 肩をもむふりをして虫を背中に入れるとかしないか?」
「しませんし、そんなことするつもりは今後ありませんよ」
「本当か? 肩をもむふりをして首筋をなめるとかしないか?」
「しませんが、それはまた今度するので楽しみにしておいてください」
めっちゃ信用できないなこいつ。
首筋に気を付けよう。
「今日はほんとに何もしませんよ。いや肩は揉みますけど、それだけですってば」
「そうか……。でもなんで急にそんなことを」
「いつもお世話になっている先輩を癒してあげたいという後輩の感謝のしるしですよ。私からの思い、受け取ってあげてください、先輩」
うーん。
そこまで言われては断りづらくなる。
今回ばかりは、本当にただ肩をもんで俺をねぎらいたいだけかもしれない。
ていうかこれ以上疑うとなんかのフラグみたいになるし。
ここは大人しく日比乃の提案に乗ることにしよう。
別に何事もなければそれでいい。
なにかあったら、こいつを糾弾させてもらうが。
「わかったよ。今日はありがたくお前の親切心に甘えよう」
「あははー。素直なのはいいことですよ先輩」
日比乃は笑いながら俺の後ろの椅子に座り、肩に手を当ててきた。
「それじゃ始めますよ」
日比乃はぐっ、ぐっ、と力を入れて俺の肩をもんでくる。
おお、気持ち――よくないな。
微妙だ。
手を当てている部分はいいのだが、いかんせん力が弱い。
かかる力が弱いため、俺の筋肉のこりをぜんぜんほぐせていない。
確かに痛くはないため不快ではないのだが、全然気持ちよくないなこれは。
「日比乃」
俺は日比乃に話しかける。
「肩をもんでくれるのは嬉しいんだが、力が弱い」
「えっ」
「うーん。当てている場所はいいんだけどなあ」
「なっ、なんですと!」
「もうちょっと力入れてくれないか? こう、手だけじゃなくて腕全体に力を入れてさ」
「なんですか先輩。せっかく私が肩をもんであげているのに出る言葉は文句ばっかりですか!?」
「確かにそれはすまないけど、でも全然気持ち良くないし」
「ほーん、そうですか。私なんかじゃ全然気持ちよくなれないと言うんですか先輩は!」
「そこまでは言ってないけど」
「いいですよ! そんなに言うんならまず先輩がお手本を見せてくださいよ!」
「はい?」
なんでそんなことになるんだ。
「なんですか先輩? 偉そうに私に指示する割にはお手本も示せないんですか?」
「お手本って」
「先輩は後輩に手本を示すものですよ。私のやり方にケチをつえるなら、まずは先輩がお手本を見せてやり方を示してください」
都合いい時だけ先輩扱いするよなあ。
でも確かに言っていることは間違いじゃない。
先輩は後輩に手本を示すものだ。
ここは一度俺が日比乃に手本を示して、それを基に日比乃には肩を揉んでもらおう。
あれ?
これって俺をねぎらうために行われたことじゃなかったっけ?
なんで俺がこいつの肩を揉むんだ?
まあいい。細かいことを考えるのはやめよう。
考えない方がいいこともあるんだ。
「わかったわかった。やってやるよ。ほら後ろ向け」
「やったー。先輩ありがとうございまーす」
日比乃は俺に背中を見せて言う。
「まず先輩が私の肩を揉んでくださいね」
そして続ける。
「おっぱい揉んでくださいとは言ってないですからね」
「そこの聞き間違いはしてねえよ」
それやったら俺は刑務所に行くことになるわ。
意を取り直して、日比乃の肩に手を当てる。
「いいか日比乃。肩を揉むときはこうやって力を入れるんだよ」
そしてそのまま力を入れて肩を揉む。
ぐっ、ぐっ、という風ではなく。ぐぐっ、ぐぐっ、という風に連続して力を入れて指を押し込む。
こうすると指が深く食い込んで気持ちいいんだよな。
「あひぁ!」
俺が肩を揉み始めると、日比乃が叫び声を上げながらビクッと背中を震わせた。
これはいいところに入ったらしい。
気持ちいいと変な声がでるよな。
俺は続けて肩を揉みまくる。
一か所を集中してやるのではなく、少し位置をずらしながら揉んでいく。
「あふぁ! へふぁ!」
「どうだ日比乃。気持ちいいか?」
「しぇ、しぇんぱい!」
「ん~。なんだ」
肩揉みを続ける。
日比乃はこれで結構肩がこっていたから、熱心にほぐしていく。
ちょっと楽しくなってきたな。
「しぇんぱい! ちょっと!」
「お前けっこう肩こってんな。やりがいがあるぞ」
「わ、わかりましたよ! やり方は、わかりましたから、ちょっとおちつ――、あふん!」
びくんと日比乃は震える。
はあ、はあと肩で息をして苦しそうだ。
「あれ? 気持ち良くなかった?」
「き、もちぃぃですけどぉ。そうじゃなくてぇ」
「痛みはないか?」
「ありません。ありませんけど、いったん――」
「じゃあ問題ないな。続けるぞ」
「だ、だめぇ! だめです! これ以上は! これ以上は気持ち良くてどうにかなっちゃいそうです!」
「なんだ、気持ち良くてどうにかなるって。そんなことあるわけないだろ」
「先輩わかっててやってますよね! 絶対そうですよね!」
「わかってるってなに? いつもいつも俺のことをからかってくる日比乃が俺の手でいいように操られているこの状況のことか?」
さすがに途中から気づいているぞ。
日比乃が気持ち良くて声を我慢できないことは。
だが俺はやめるつもりはなかった。
いつも俺のことをからかい、そしてドキドキさせてくる日比乃にちょっとした復讐をしているのだ。
今日はお前がドキドキする番なんだよ!
「わかっててやってるんだ! 先輩のいじわる! 最低! 変態! 後輩をもてあそんで楽しいんですか!」
人聞きわるいな。
マッサージしてるだけなのに。
「先輩に対してなんて口のきき方だ。そんな後輩にはもうちょっとおしおきをした方がいいな」
「おしおきっていいましたね! ようやく本性を表しましたね! 先輩のバカ! これ以上気持ちよくするなら私にも考えが――」
肩揉み再開。
「きゃふぅ!」
また叫び声を上げて日比乃はその身を震わせる。
すごい気持ちよさそうだな。
肩揉み冥利につきる。
「さあ、また気持ち良くさせてやるぜ。覚悟しろよ」
「なんなんですかもう! いつもの先輩らしくありませんよ!」
「残念だったな。今日の俺はテンション高いんだ、もう何人たりとも俺を止めることは――」
「貴方たち、今度は何をしているのですか」
声を掛けられて、俺は手を止めた。
俺のことを止めた人は、顧問の三滝先生だった。
いつのまに。
この人本当に音もなく忍び寄ってくるな。
忍者か?
「廊下まですごい声が響いていたんですが。それに気持ちいいだの揉むだのいろいろと聞こえてきましたよ」
あれ聞こえていたのか。
やばいぞ。さっきから日比乃は「あふん」だのなんだの嬌声を奏でていたし、俺も調子に乗って色々口走っていた。
「あー。えーと、先生。これは違くてですね……」
さっきまでの高揚感はどこ吹く風。
俺のテンションはダダ下がりしていた。
言い訳する声も、少し震えている。
「いいですか。貴方たちが仲いいことはわかりました。ですがこの間も言った通り、場所をわきまえて行動するようにして下さい。TPOというものがありましてですね」
「は、はい。すいません……」
本当は肩を揉んでいただけなのだが、確かに誤解させるような声を上げていたのは確かだ。
俺は素直に謝る。
そういえば、さっきから日比乃が大人しい。
先生が現れてから一言も発していない。
ちらりと日比乃の方を見ると、日比乃は肩を震わせながらキッと俺のことを涙目で睨みつけていた。
「日比乃……?」
「先輩……! 今回のことは許しませんからね! 私に対して行ったこの仕打ち、いつか絶対後悔させてやりますよ!」
そう叫び、日比乃は鞄をもってパソコン室を出ていった。
「……」
俺は思わず何も言えなくなる。
そこまでひどいことしたかなあ?
そんな俺に向かって、先生は声を掛けてきた。
「……柳川君。無理やりするのは犯罪ですよ」
「誤解です。先生」
この誤解を解くのに、三十分かかった。
今回俺がねぎらわれるんじゃなかったの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます