やたらと距離が近い後輩が俺に絡んでくるけれど、俺は絶対に騙されないからな!

沖田アラノリ

第1話 先輩の彼女になってあげますよ?

 俺には後輩がいる。

 なんらかの組織に所属している人間なら、大抵はいるだろう。

 部活の後輩。会社の後輩。サークルの後輩。バイトの後輩。

 人間関係を構築していくうえで、絶対に発生する存在だ。


 そして逃れえぬ存在である後輩との関係について。

 とかく後輩というものは、先輩を敬うものだ。

 日本は年功序列の概念が重視されており、年齢が上の先輩には失礼な態度をとってはいけないという不文律が存在する。

 別に何かしらの紙面において明記されたルールではないが、その不文律に逆らう者はほぼ存在しない。


 高校という共同体においては特にそうだ。

 敬語などは当たり前。先輩の命令を聞いて普通。もし先輩に逆らおうものなら叱られるだけなればいい方で、最悪の場合その共同体における居場所がなくなる恐れがある。


 もちろん先輩の方が間違っている場合もあるし、理屈が通っていれば先輩に意見することも悪いことではないだろう。

 しかしそうであったとしても、あくまで失礼な態度をとってはいけないということは常に意識しておくべきだ。


 後輩は先輩には逆らわず、そうでなくとも失礼な態度をとってはいけない。

 後輩は常にそれを胸に刻んでおかなければいけないのである。


 そういった意味で、今俺の横にいるこいつは後輩としては失格だった。


「せんぱーい、どうしたんですかぁ? そんな辛気臭い顔しちゃってー」


「辛気臭い顔なんてしていない」


「してますよー。私が目の前にいるのにそんな顔をするなんて罰当たりですよ?」


 今俺に話しかけているのは俺の後輩の女。

 名前は日比乃京香。

 俺と同じ委員会に所属している、一つ下の生徒だ。



 俺は柳川新。

 私立荻野原高校に通う高校二年生の男子生徒だ。


 部活には興味なかったため部活に入っていないが、委員会には所属している。

 この高校に通う生徒は全員委員会には所属しなければいけないのだ。


 そしてこの後輩と俺は同じ委員会に所属している。

 ちなみに広報委員。

 広報委員ってなんぞや? という方に向けて説明すると、学校の広報活動を行う委員会らしい。

 具体的な活動は広報誌を作ること。

 学校で起こったことを広報誌に書いて、それを発行しているのだ。

 ナントカ部が全国行ったとか、カントカ部が大会でこんな成績だったとか。

 そういう誰が興味あるんだかないんだかわからないことに関しての記事を延々と作っている。

 そんな委員会。


 内容よくしらねーけど生徒が広報活動なんて大した活動しないでしょぜってー楽だわ、という考えで入ったら、やべーくらい忙しかった。

 当てが外れたね。


 まあ委員会のことについてはこれでいいだろう。

 問題は目の前の後輩だ。


 こいつはさっきも述べた通り、後輩としては失格だ。

 いつもいつも俺に失礼な態度をとる。

 敬語こそ使うものの、その言動にはおよそ先輩への敬いなどは存在しない。


 先輩っていつも一人ですねーと出合い頭にからかってきたり。

 あれースマホみて何やってるんですかーと後ろからのぞき込んだり。

 おかずもらいますよーと言って俺の弁当から勝手にから揚げを奪ったり。


 とにかく失礼なのだ。

 から揚げを奪うことに関しては窃盗だからね?

 刑法第235条違反だからね?


 まあそれだけならばまだいい。

 失礼な態度をとられるならば、こちらもそれ相応のぶっきらぼうな態度で臨めばいいだけのことだ。

 しかしこいつはそれだけじゃない。

 なんというか、その、距離が近いのだ。


 会うたびに俺の手をやたらととってくるし。

 後ろからスマホをのぞき込むときに顔と顔の距離が近いし。

 先輩の髪きれーいと髪の毛さわってくるし。


 とても距離が近くて、ドキドキしてしまう。

 それにその距離の近さから、自分に興味があるのかと勘違いしてしまう。


 俗にいう「あれ? こいつ俺のことすきなんじゃね?」という奴である。

 いや俗にいうのか?

 まあしらんが、距離が近すぎて男子が自分に惚れていると勘違いしてしまうタイプの女だということは間違いなく言える。


 狙ってやってるのか、天然なのか。

 前者だろうな。

 天然というにはあざとすぎる。


 しかし俺のようなイケメンでもなく運動部のエースでもない、クラスの端の方にいそうな男子にもやっているのだから、筋金入りだ。

 まあ冴えない先輩をからかって遊んでいるだけなのだろうが。

 散々からかった後に、「あれ? 本気にしちゃいました?」とか言ってはしごを外して、俺がくやしがる様を楽しむのだろう。


 だが残念だったな。そうはならない。

 なぜなら俺はそんな勘違いをしないからだ。


 自分の分はわきまえている。

 顔は普通(どちらかというと微妙と言われることの方が多い)。

 成績も普通(どちらかというと下から数えた方が早い)。

 運動神経も普通(どちらかというと以下略)。

 自分で言ってて悲しくなるほどにモテる要素はない。

 そんな俺が後輩の女子から好かれることなどありえない。


 しかも日比乃は結構かわいいのだ。

 美少女といってもいい。

 胸も結構大きいし、明るくて元気な女の子だ。

 さぞモテまくることだろうな。


 そんな女が俺のことを好き?

 はっ。そんなわけないだろう。バカも休み休み言え。


 というわけで己の分をわきまえる俺は勘違いすることなく、この後輩のからかいに耐えているのだった。


「ねー先輩」


 俺が黙って委員会の作業(パソコンで広報誌の記事を書く。めっちゃ大変)をやっていると、隣の机で同じ作業をしていた日比乃がまた話しかけてきた。


「先輩って彼女いないんですか?」


「いないぞ」


「ま、そうですよねー」


 一体何なんだ?

 俺に彼女がいなさそうなことくらい、普通の人間ならば聞かなくてもわかりそうなものだが。

 ……この自己評価、低すぎないか?


「ふーん。先輩って彼女いないのか―。あ、じゃあじゃあ。私と付き合ってみませんか?」


 はあ?


「偶然。運よく。たまたま。たまっっったま、私は今フリーですし。恋人がいなくてさみしーい先輩のために、特別に私が先輩と付き合ってあげてもいいかなって」


「私が先輩の彼女になってあげますよ?」


「大きなお世話だ」


 同情で付き合ってもらっても全く嬉しくない。

 上から目線で「付き合ってあげる」などと言われて喜ぶほど女に飢えてはいないのだ。

 まあ飢えていないだけで、満たされているわけではないが。


 それにきっとこれは冗談だろう。

 こいつがいつも言う冗談。あるいはからかい。

 どちらにしろ本気にしてはいけない。


 これ幸いにとこの誘いに乗って、「じゃあ付き合います。これからどうぞよろしく」などと頷いたなら後に待っているのはこいつからの嘲笑だ。


 あっはっはー冗談ですよ先輩なに本気にしちゃってるんですかー?

 あ、それとも本当に私と付き合いたかったんですかー?

 期待させてごめんなさーい。

 これも私がかわいいから悪いんですねー。

 やーん私って罪な女―。


 きっと爆笑しながらこんな感じの台詞を言われるのだろうな。

 くそっ! だまされるものか!


「はいはい。さっさと作業を終わらせるぞ。今日は早く帰りたいんだ」


 俺は話題を切り上げるために言う。

 早く帰りたいのは本当だ。

 まあ早く帰りたいのは今日だけじゃないんだけどな。

 俺はいつだって早く帰りたい。

 家が恋しい。

 帰ってテレビつけながらスマホ見たい。


「えー。先輩ひどーい。せっかく私が付き合ってあげるって言ってるのにー」


「冗談を言うのもほどほどにしておけよ、全く」


「なんなんですか、もー」


 日比乃は不貞腐れて、作業を止めてだらしなく姿勢を崩す。

 作業していたノートパソコンの横に腕を置き、そこに頭をのせている。

 ふーんだ、と言ったあとに首を横にしてこちらを見てくる。


 そして小声で。


「冗談じゃ、ないんですけどねー」


 と言った。


 ……。

 だ、騙されないからな!

 今のはわざと聞こえるぐらいの声でつぶやいて、それに反応してドキドキした俺をからかうという高等テクニックなんだ!

 ふう。俺じゃなかったら引っかかってたところだぜ。

 あぶないあぶない。


 こいつは先輩である俺に対する態度はなっちゃいないが、それでも外見は魅力的だ。

 美少女と言っていい。


 そんな外見とあざとい仕草に騙されて、いったいどれほど多くの男子が泣きを見てきたのだろうか。

 俺はそんな男どもの列には並ばない。

 決して騙されることはない。

 そう絶対にだ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る