第142話 参戦ッ!※
「嫌ああああ! 誰かぁぁぁ!」
「やだ……来ないで……助けてぇ……」
甲高い悲鳴を上げる者、か細い声で救いを求める者、ただ泣くしかできない者と、彼女らが起こす行動は様々だが、共通するのは全員が恐怖に囚われているという点だ。
現在、王宮の一室で魔物に襲われているのは、この城に勤めるメイド達だ。清潔なエプロンドレスを着て、頭には白いホワイトブリムをつけている。
メイドの中には主人の護衛を務める、戦闘能力を持つ者もいるが、この場にいるのはそうではない。彼女達の出自は下級貴族の娘で、戦闘経験など皆無である。
現在、王宮は魔物の襲撃により混乱に陥っている。海神騎士団が散開して魔物の掃討や救助を行なっているが、広大な王宮の全てをカバーするには、どう考えても手が足りなかった。
ゆえに、どうしても犠牲は出る。今まさに、か弱いメイド達が魔物の毒牙にかかって、その命を儚く散らそうとしていた。
しかし、その時だった!
「とうっ!」
ガシャーン! と派手な音を立てて窓ガラスをぶち破りながら、城の外から何者かが部屋へと飛び込んできた。
それは、二足歩行する人間サイズの兎……の、着ぐるみを着た人物だった。その着ぐるみの兎ヘッドの横には、二つの黒い金属球体が浮遊しており、それらには「先」「輩」のホログラム文字が浮かんでいる。言うまでもなく兎先輩だ。
窓ガラスを派手に割りながら室内に乱入し、ヒーローポーズで華麗に着地した後に、もったいつけて「ゆらり……」と立ち上がった兎先輩は、背中を向けたまま顔だけで振り返るポーズを決めた。
そして『兎先輩 参戦!』の金枠赤文字カットイン(激熱!)が浮遊する先輩玉のプロジェクター機能によって空中に投影された。
突然の意味不明な出来事と意味不明な兎先輩に、思わず動きを止めて兎先輩を凝視する魔物の群れとメイド達だったが、先に我に返ったのは魔物達であった。
何だこの変な奴は、邪魔するならお前から始末してやると、彼らは一斉に兎先輩へと襲いかかった。
「玉兎破軍擲!」
兎先輩が両手で二つの先輩玉を掴んで投げつける。投擲された先輩玉は魔物の1匹に命中すると、跳ね返ってまた別の魔物にぶつかっていく。スーパーボールのように跳ね返りながら次々と魔物を薙ぎ倒した先輩玉は、全ての魔物を倒し終えると、自動的に先輩の頭の横にある定位置へと戻った。
「他愛無し」
襲ってきた魔物達は一般人にとっては脅威だが、一級廃人の兎先輩にとっては造作もない相手であった。
「怪我はないかね。ここは危ないので早く避難するといい。ここを出て廊下を進み、西の階段を下りた先にある部屋に行くといいよ」
先輩は着ぐるみに内蔵されたレーダーによるエリアサーチを行ない、安全な避難経路をメイド達に示した。
「あ、ありがとうございます! 何とお礼を言えばいいか……」
「先輩として当然の事をしたまでさ。さあ、早く行くといい」
目にも留まらぬ早業でメイド達のホワイトブリムを兎耳付きの物にすりかえた兎先輩は、彼女らを見送った後に別方向へと足を進めた。
「いでよ十二支」
兎先輩が命令すると、先輩の周りに12羽の巨大な兎が現れた。
今年の干支はもちろん兎だが、来年の干支も先輩特権によって当然のように兎であり、再来年の干支もやっぱり兎なのは確定的に明らかなので、十二支といえば兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、そして兎である。
「行くがいい。逃げ遅れた後輩達を助けるのだ」
兎先輩の命令により、配下の兎たちが王宮中に散った。これで犠牲者をかなり減らす事ができるだろう。
そのまま兎先輩は歩みを進め、やがて城の一室へと辿り着いた。
壁に大きな穴が開いたその部屋の中では、二人の獣人の子供……アレックスとニーナが、地獄の道化師と対峙しているのが見えた。
「ふむ」
ここで兎先輩が助けに入れば、簡単に片がつくのは確実だ。だがしかし、兎先輩は室内に足を踏み入れる事なく、停止した。
「見守る事もまた、先輩の務め也」
兎先輩は手を出さず、後方腕組師匠面で子供達の試練を見守る事に決めたのだった。
一方、室内ではアレックスが地獄の道化師に猛攻を仕掛けている。小さな体躯と素早い動きで相手に狙いを絞らせず、一気に懐に入って拳を鳩尾に向かって突き上げる。
地獄の道化師はそれを半歩後退して紙一重で回避しつつ、右手の長く鋭い爪による
カウンターを仕掛ける。鋼鉄の金属鎧をもズタズタに引き裂く事ができる危険な攻撃だ。アレックスはそれを床に転がって回避し、素早く起き上がりながら水属性の闘気を纏ったジャンピングアッパー、『水竜天昇』で反撃した。
それが命中するかと思われた瞬間に、地獄の道化師の姿が消える。そして直後、地獄の道化師はアレックスの背後に現れた。これは『
無防備な背中に、地獄の道化師の回し蹴りがクリーンヒットし、アレックスは壁まで吹き飛ばされる。
「なかなか素早くて良い動きですが、所詮はお子様。駆け引きはまだまだ甘いですねェ」
吹き飛ばされたアレックスは空中で回転しながら体勢を立て直し、壁を蹴った反動を使って大きく跳躍して、飛び蹴りを放ったが、
「不意討ちでなければ当たりませんよ、そんな物」
地獄の道化師はアレックスの右足首を掴んで蹴りを止めて、そのまま少年の小さな体を床へと叩き付けようと腕を振るい……それをする前に、彼の後頭部に強い衝撃が加えられた。
「ふいうちだから、当たった」
その正体は獣人の少女、ニーナによる
アレックスはあえて見え見えの攻撃を仕掛けて相手のカウンターを誘い、その隙にニーナに
兄妹は着地し、ハイタッチをした後に並んで構えを取り、反撃に備えた。
「やってくれましたねェ、ジャリ共。しかし今のは小娘から目を離したワタクシの失策。反省しなくてはなりません」
首をゴキゴキと鳴らしながら、地獄の道化師が立ち上がる。二人分の攻撃が直撃したにもかかわらず、大したダメージは受けていないようだ。
そこで、地獄の道化師はチラリと、部屋の外にいる兎先輩を見た。
「どうやら招かれざるお客様も来ていらっしゃるようですし、そろそろ遊びは終わりにしましょうか」
その言葉に反応して、部屋の外に視線を向けた子供達が兎先輩に気が付いた。アレックスは構えを崩さないまま、兎先輩に向かって小さく頭を下げる。ニーナは笑顔を浮かべながら、小さく手を振ってきた。
二人とも、こちらに気を取られて目の前にいる敵への警戒を解くような愚は犯さない。兎先輩はその事に対して満足そうに頷くと、どこからともなくポンポンを取り出してキレキレのチアダンスを踊り、子供達にエールを送った。先輩玉のホログラム文字も「応」「援」に切り替わり、ミラーボールのように踊る兎先輩にライトが浴びせられる等、細かい部分に対するこだわりが感じられる。
「アーッ! 視界がうるさいッ!」
甲高い声で地獄の道化師が叫ぶ。至極尤もなツッコミだが、兎先輩もお前にだけは言われたくないだろう。
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