第135話 彼らの企み※
「数日後に、この国の王宮を襲撃いたします。お付き合いいただけませんか?」
地獄の道化師は、紺碧の女王に対してそんな誘いをかけてきた。
「王宮を……? 何の為に?」
「おや、これは異な事を。我ら魔物が人間を襲い、殺す事に理由が必要で?」
とぼけるようにそう言って、地獄の道化師は仮面の下で嘲笑を浮かべた。
「わざわざ警備が厳重な敵の巣窟に乗り込む理由を訊いているのですわ。ただ殺したいだけなら、適当に通行人や集落でも襲えばいいでしょうに。この国の王を殺したい理由でもあるんですの?」
苛立ちが篭もった強い口調で、紺碧の女王が問い質すと、地獄の道化師は一転して真面目な様子で語り始めた。
「いいえ、それは主目的ではありません。ワタクシの標的は、女神アルティリア。この地の人間共の信仰を集め、魔神将の一柱を撃ち滅ぼした存在。かの女神に向かう人々の信仰心は日に日に高まり、それによって彼女はより強くなっている。我々にとっての最大の障害となっている事は、もはや疑いようがないでしょう」
「私は件の女神と会った事は無いですが、どうやらそのようですわね。……それで? なぜ王宮を襲撃する事が、女神を倒す事に繋がるというのですの?」
「ではご説明いたしましょう。ワタクシが掴んだ情報によると、どうやら数日後に、女神が王宮へと招待されるようなのですよ。そして、王都に居る貴族を集めてパーティーが行なわれるそうで。それに合わせて、我々が王宮に襲撃をかけます」
「わざわざ最大の敵である女神が居る時に襲撃を? 何を考えてますの?」
ただリスクが増すだけではないか、と紺碧の女王が憤る。
「おっと落ち着いて。勿論危険ではありますが、そのリスクを背負うだけのリターンがあるからこそです」
「……その、リターンとは?」
「コホン。まず我らの敵、女神アルティリアはこれまで、魔神将フラウロス様を筆頭に数々の強敵を打ち破り、この国と人々を守護してきた存在です。偉大な英雄であり神、人々の心の拠り所と言っていいでしょう。……ところが、そんな彼女が居るにもかかわらず王宮への襲撃を許し、王や諸侯が無惨に殺されたとなれば……?」
「なるほど。その場に居たのに目の前でむざむざと王族を殺され、それを見過ごしたとなれば、国民の彼女に対する信仰や信頼は揺らぐ、と」
「それだけではございません。上手くいけば、女神に罪を被せる事も出来るやもしれません。そうでなくとも、人間達に女神への不信感を抱かせる事が出来れば上々。そして国王や王族、大貴族が倒れる事で、政治的な不安材料を抱えているこの国は大いに乱れるでしょう。そして、そうなればすぐ隣の大国も、黙って見ている筈もなく」
「場合によっては、一気に乱世に突入……という訳ですわね。話は分かりました。いいでしょう、その話、乗りましたわ」
「ありがとうございます。では詳しい打ち合わせをいたしましょうか……」
そして数日後。
アルティリアが王宮入りするのに合わせて、紺碧の女王は王宮へと侵入した。
彼女は人間に擬態する他にも、自らの身体を水に変化させる事ができる。それを使えば、王宮に侵入するのは簡単だった。決まった形を持たない水に変化できるという事は、僅かな隙間さえあれば、どんな場所にも入り込めるという事だ。
そして紺碧の女王は、王の寝室前まで易々と侵入すると、今度は人間の姿をとった。青緑色の長い髪をした、豪奢なドレスを身に纏う、すらりとした細身の美女だ。
そして彼女は、ノックも無しに王の寝室へと繋がる扉を無造作に開けると、部屋の中へと無遠慮に足を踏み入れた。
「何者だ!?」
部屋の中、王のすぐ近くに控えていた騎士達が、腰に差した剣に手をかけながら誰何する。彼らに対し、紺碧の女王は臆面も無く答えた。
「我が名は女神アルティリア。頭が高いですわよ人間共」
堂々とアルティリアの名を騙る紺碧の女王。これは、地獄の道化師からの指示であった。曰く、
「騙せるかどうかはさておき、アルティリアを名乗る女が王を襲ったという事実を残す事が大事なのです」
との事だ。その言葉に従って、彼女は女神の名を騙ったのだが……
「ふざけるな! 貴様のような奴がアルティリア様のわけがあるか!」
「よりにもよって女神様の名を騙るとは、不届き者め! 叩き斬ってくれる!」
騎士達は一切迷う事なく剣を抜き放ち、殺気立って睨みつけてきた。
(しまった……この者達、既に女神に会った事がある……!? ええい道化師め! 聞いてた情報と違うではありませんの……!)
そう判断し、心中で毒づく紺碧の女王であったが、実は彼らはアルティリアに会った事もなければ、その姿を直接目にした事も無かった。
それなのに何故、目の前の女神を騙る女が偽物なのか、一瞬で気付く事が出来たのか。それは……
「女神様は王国一の巨乳というのは有名な話だ! そんな事すら知らずに名を騙ったのか! 幼い子供でも一目見れば分かるわ!」
「ああ全くだ、貴様のどこが女神様だ! 真っ平じゃねえかこのド貧乳が!」
そう。紺碧の女王……彼女は絶世の美女と呼んで差し支えない美貌であり、体も均衡の取れた、美しいスタイルの持ち主ではあったが……しかし、その胸は、悲しい程に平坦であった。そしてそれが美しい物をこよなく愛し、自らを誰よりも美しいと豪語する彼女にとっての、唯一のコンプレックスであった。
脳裏に、まるでこうなる事が分かっていたと言わんばかりに、こちらを指差して笑う地獄の道化師の姿がよぎった。
「何だァ……てめぇ……!」
紺碧の女王、キレたッッ!
※
「はぁ……ついやってしまいましたわ。もっと美しく殺すつもりでしたのに」
惨殺現場と化した王の寝室の中心で、紺碧の女王が溜め息を吐いた。彼女の周りには、出来立てホヤホヤの死体が幾つも転がっている。その内の一つは、この国の王のものだ。
「一人か二人くらいは目撃者として残す予定でしたが……、まあ、忌々しい事に偽物だと確信されていた以上は、殺してしまっても構いませんわね。後は……ッ!?」
そこで、紺碧の女王はこの部屋へと近付いてくる、何者かの気配を感じた。同時に、その人物が凄まじい力の持ち主である事にも同時に気付く。
(間違いない、このプレッシャー……あれが女神アルティリア! くっ、予想以上の強敵のようですわね……そして予定よりも早いですわ!)
予定ではアルティリアが王宮に到着してから、王と会うまでには少々時間が空いていた筈だ。女性は身支度に準備に時間がかかるであろう事から、余裕を持たせたタイムスケジュールになっていたのだが、残念ながらアルティリアは普通の女性ではないので、あまりそういった事に時間をかけない方だ。それどころか、特に出かける予定が無い時などは平然とクソダサプリントTシャツとジャージで過ごすような、基本的にずぼらでだらしない方である。
紺碧の女王は咄嗟に水に変身して、室内の人間を殺害する際に水属性の魔法を使い、撒き散らされた普通の水に擬態した。
次の瞬間、アルティリアが騎士を伴い、部屋に入ってきた。そして死体を手早く観察した後に、
「
復活の奇跡を起こし、つい先程殺害したばかりの者達を蘇生させたのを見て、紺碧の女王は驚愕した。
(広範囲の完全蘇生魔法! それも、ほぼ無詠唱で!?)
卓越した水属性攻撃魔法の使い手だと聞いてはいたが、まさか回復魔法においても最上位の実力者だったとは……と戦慄しながらも、紺碧の女王の視線はある一点に集中していた。
(ていうか、ふざけんじゃねーですわ! 何ですの、あの大玉のスイカみてーな馬鹿でかい乳は! エルフってもっとこう、繊細で儚げな感じじゃありませんでしたの? 何よこのムチムチは! 謝れ!)
紺碧の女王が、そんな私怨が篭もった視線をアルティリア(の胸)に送っていると……
「そこの者、出てこい」
アルティリアが槍を構え、その穂先を水に擬態した紺碧の女王へと向けながら、強い口調でそう言った。
「おや、見つかってしまいましたか」
内心ヤバいと思いながら、紺碧の女王は引き攣った笑みを浮かべて言うと、本来の……人魚の女王としての姿を現した。
「そんなに殺気が漏れていてはな。見つけて下さいと言っているようなものだ」
アルティリアが油断なく三叉槍を構え、攻撃の意志を見せる。
(くっ、見つかった以上は仕方ありませんわ……! それに元々、女神の足止めが私の主目的! 勝つのは正直厳しそうですが……せいぜい時間を稼いでやりますわ!)
とんだ貧乏籤を引いたと思いながら、紺碧の女王は覚悟を決めて、アルティリアと対峙するのだった。
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