第35話 女神の休日 水泳編

 まだLAOのプレイヤーだった頃、何度か他のギルドと戦争になった事がある。うちのギルドメンバーは半分くらいが短気で喧嘩っ早い奴で、残りの半分は普段は大人しいが売られた喧嘩はきっちり買う、やる時はやるタイプの奴だった。


 そんな血の気の多い海の男達こと、我がギルド『OceanRoad』の所有する貿易船に、略奪をカマしてきた馬鹿が居た。

 相手は古参の大手ギルドで、PKプレイヤーキルや窃盗などの、ゲーム内での犯罪行為も辞さない強硬な姿勢で勢力を拡大してきた連中だ。

 当然、対人戦PVPにも力を入れており、過去にも他のギルドに対して積極的に戦争を仕掛けて、領土を拡大してきた油断のならない相手である。


 だが、海で俺達に喧嘩を売ったのが運の尽きだ。

 俺達のギルドは、直ちに奴等と全面戦争に突入した。そして手始めに海路を完全封鎖した上で、奴等が所有する港を片っ端から全力の艦隊砲撃で焼き払い、船を全て沈めてやった。

 結果、奴等は海での活動の一切を封じられ、陸地に追いやられたのだが、向こうもそこで引き下がるほどやわな相手ではなかった。

 奴等、今度は莫大な資金を投入して飛行船を開発し、空の機動力を用いて俺達の所有する港(奴等から奪ったものも含む)にちょっかいを出してきたのだ。

 度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒が切れた俺達は、遂に奴等を完全に殲滅する事を決意した。

 その為に俺達が決行した作戦は、飛行船の基地に対しての襲撃だった。


 俺達は、敵ギルドに対して占領戦を挑んだ。

 占領戦とは、攻撃側のギルドが防御側のギルドが所有する領土に対して攻撃を仕掛け、その領土にある城や砦を占領する事で、その領土を丸ごといただいてしまえるというコンテンツである。

 しかし当然、防衛設備のある防御側が有利であり、攻撃側は領土の奪取に失敗すれば、少なくない額の賠償金を支払わなければならないリスクもある。


 攻撃目標である敵ギルドの所有する飛行船の基地は、険しい山の頂にある砦にある。天然の要害であり、砦の規模も大きく、周囲は大量の防衛設備でガチガチに固めてある。更に道中は敵ギルドに所属する精鋭達がしっかりと守っており、砦に辿り着くだけでも一苦労だろう。


「だが案ずるな。俺に策がある」


 俺は戦場のマップを表示したウィンドウを、共有モードにしてギルドメンバー一同に見えるようにした。


「偵察してみたが、山頂の砦に向かう道は完全に封鎖されており、大量の防衛設備で固められている。こいつを正面からマトモに突破するのは……無理とは言わんが、かなりキツいだろう」


 俺はマップ上に、防衛設備や敵プレイヤーを表すアイコンを次々と表示させていった。それを見る限り、道は完全に閉ざされたように見えるが……


「だが、それならマトモに相手をしなければいい。俺達は水路を使って、泳いで敵陣に侵入する」


 俺の言葉に、ギルドメンバー達は驚愕しながら、直ちに反論する。


「待て、水路なんてどこにあるんだ。海から山の麓までは川を遡って行けるが、その先は滝になって……おい、まさか」


「そのまさかだ。俺達は、ここの巨大な滝を泳いで登る。そうすりゃ山頂付近まで、敵に見つからずに一直線で行けるぜ」


 敵さんもまさか、あのナイアガラみたいな巨大な滝を登ってくるとは夢にも思うまい。


「幾らなんでもそれは……」


「本当にやれんのか……?」


 俺の作戦に懐疑的な視線を向けるギルドメンバー達だったが、


「俺は楽勝でやれるけど、お前ら滝を泳いで登るのも出来ねぇの? ……まあお前ら所詮、水泳スキル2000程度だもんな、期待した俺が間違ってたか」


「「「「「出来らぁっ!!!」」」」」


 俺が挑発するようにそう言うと、ギルドメンバー一同は即座に乗ってきた。


 ちなみにこの当時の水泳スキルは俺が4000少々、キングが3500程度、他のメンバーは大体2000~3000くらいだった。

 海洋専門ギルドなので、全員が海を泳いで島から島へ渡れる程度の水泳力は持っている。このギルドにしか出来ない作戦だった。


「みんな水泳補正装備は持ったな! 行くぞォ!」


「持つだけじゃなくて装備しろよ! 武器や防具は装備しないと意味がないぞ!」


「うおおおおおお! 登れえええええ!」


 川底を泳いで滝まで到達した俺達は、重力に従って落ちてくる大量の水に逆らって、一気に滝を登っていった。

 そして苦戦しながらも、俺達は一人の脱落者も出さずに滝を登りきって、敵陣深くへと侵入する事に成功した。そして手薄になっていた敵本陣を一気に陥落させ、奴等が持っていた空の機動力を奪う事ができたのだった。


 その後は飛空艇とその基地を失って大きく力を落とした相手ギルドを更にボコボコにして、更にそれによって弱った相手ギルドは、ここぞとばかりに他のギルドにも袋叩きにされ、トップ層から脱落した。全盛期に散々調子に乗って、他のプレイヤーに対して好き勝手していたツケを支払う事になったのだ。


 一方、山と山頂の砦、飛空艇といった大きな戦果を手に入れた俺達だが、海から遠い拠点とか別にいらなかったので、それらは別の、仲が良い大手ギルドに結構な値段で売却し、そのお金で俺達のギルドは新しい大型船を2隻購入した。

 そんな風に大勝利を収め、更に力を付けた俺達のギルドだったが、その一方で、


「あいつら滝からショートカットしてきたらしいぜ」


「マジ? やっぱあいつら頭おかしいわ……」


「またドスケベエルフが何かやらかしたのか」


 等と、元々あった『海のやべー奴ら』『キレると何してくるか分かんない変態集団』という悪評がますます高まってしまったのだった。何でや。


 回想が長くなってしまったが、何を言いたいかというと、水泳を極めれば普通の人が通れない場所でも泳いで渡り、ショートカットや奇襲が出来るので、冒険や戦闘でとても役に立つという事だ。

 よってロイド達には、最低でも水泳スキル1000くらいを目標に頑張って貰いたい。俺の加護で水泳スキルの数値や成長率に補正かかってるし、多少厳しめにしても大丈夫だろう。よって、


「これから貴方達には、あそこの島に立てた旗を取ってきてもらいます」


 俺が指差したのは、沖合いに浮かぶ小さな小島だ。砂浜からの距離は、およそ20kmと少しといったところか。

 俺なら一瞬で行って帰ってこれる距離なので、そこにビーチフラッグスで使った旗を人数分立ててきた。


「優秀なタイムで戻ってきた子にはご褒美もあるので頑張るように」


 俺がそう言うと、彼らはやる気を漲らせて、沖に向かって泳いでいった。

 ちなみに溺死等の事故防止の為、彼らには『水中呼吸アクア・レスパレーション』の魔法を教えてあるし、精霊を監視に付けている。


 彼らが遠泳をしている間に、俺は子供達に泳ぎを教える事にした。

 子供の手を取って、バタ足や息継ぎのやり方を覚えさせたら、手を放して一人で泳ぐのに挑戦させてみる。

 一人で泳げるようになって、嬉しそうな子供達の笑顔を見ていると心が癒されるな。やはり子供は可愛い。


 俺が子供達と遊んでいる間に、ロイド達は小島へと泳いで辿り着いたようだ。

 結構疲れてはいるようだが、島に上陸すると旗を掴んで、そのまますぐに再び海へと飛び込むのが見える。なかなかの根性だ。

 けどリンの奴は一人だけ遅れてるし、かなりキツそうだな。まあ一人だけ未成年の女の子だし、魔術師だから他の連中と比べると体力無いからな。

 仕方ないので神様スキル『信者との交信』による念話でサポートしてやろうと思う。


「リン、貴女の職業は何ですか? 頭を使い、自分の持ち味を活かしなさい」


 俺がそう語りかけると、リンはようやくそれに思い至ったようで、暫くすると急激に加速し、一気にロイドやルーシー達の先頭集団に追いすがる。

 彼女がやったのは、魔力で自分の周りにある水を操って、泳ぎをサポートさせるという行為だった。

 俺も泳ぐ時は、ほとんど意識する事なく、それを行なっている。普通に考えればわかる事だが、身体能力や技術だけで、そこらの船より速く泳ぐとか不可能だしな。当然、魔力を使って水流を操るくらいの事はしているとも。

 あと俺の場合は、装備やアクセサリのほぼ全てに強力な泳ぎ速度上昇のエンチャントが付いているのも大きい。


  さて、沖の方ではいよいよリンが先頭集団に追いつき、そして鮮やかに躱して先頭に立った。

 そして、そのまま一度も先頭を譲る事なく、むしろ更に差を広げながら、リンが一着で砂浜に帰還したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る