第17話 紅蓮の騎士※

 遠く離れた海域で、アルティリアがドラゴンや、それを操る地獄の道化師の襲撃を受けていたのと同じ頃。

 殺人蜂キラービーの群れと、それを指揮していた殺人女王蜂キラービー・クイーンの討伐に成功した冒険者達は、勝利に沸いていた。

 ひとしきり騒いだ後、彼らは襲われた人の治療や避難、状況確認などを行なっていた。

 今回の仕事は、ただ魔物を倒して終わりという訳にはいかない。このような大規模の集団が街の近くまで襲来するような事は殆ど前例が無く、あと少し対応が遅れたり、魔物に敗北したりするような事態になれば、大惨事になっていただろう。

 今後の対策の為にも、群れの規模や被害状況などの正確な情報を纏める必要があり、突発的な襲撃の原因や、その手がかりを探る必要もある。その為、彼らは討伐が終わった後も、この場に残って仕事を続けている。


「おいロイド、お前も治療を受けておけよ」


 今回の討伐において、女王蜂を討ち取った功労者、ロイド=アストレアは、先輩の冒険者からそんな言葉をかけられた。


「いや、これくらい掠り傷ですよ」


 そう言って仕事に戻ろうとするロイドだったが、その反論を聞いた先輩冒険者に頭を小突かれる。


「あ痛っ」


「馬鹿野郎、掠り傷だからって甘く見るんじゃねえ。毒とか食らってるかもしれねえし、傷口が化膿でもしたら大変だろうが」


「おう、その通りだ。あんだけ戦って疲れただろ。する必要の無い場面で無理するこたぁ無えぜ」


「大体お前、あれだけ大活躍したんだから十分だろ?俺達にも仕事を残してくれや」


 その言葉に、周りにいた他の冒険者たちも便乗して、口々にロイドに休むように言ってきたので、その言葉に甘えてロイドは休憩を取り、治療を受ける事にした。

 ロイドは地べたに座り、腰に吊るした水筒を手に取り、中身を飲み干す。水筒に入っているのは、出発前に『水の創造クリエイトウォーター』の魔法で作った水だ。激闘で疲れきった体と乾いた喉に、澄みきった水が染み渡る。

 魔法で作った水は、傷口を洗い流すのにも有用だ。混ざり物のない綺麗な水で洗う事で、傷の悪化や化膿を防ぐ事に一役買っていた。


 ロイドは治療を受けた後に、休憩しながら装備の手入れをしていたが、そんな彼のもとに、柔和な顔立ちの、金髪の神官がやってきた。なし崩し的に一緒に戦う事になった協力者である、神官のクリストフだ。彼は、一人の男を伴っていた。


 クリストフの紹介によれば、貴族の男は彼らが神殿建設の許可を得るために訪ねようとしていた、この地方を治める若き領主、ケッヘル伯爵その人であった。

 その領主もまた、女神の噂を聞きつけて部下に調査をさせたところ、どうやら神の降臨は事実であるようだとの証言を得た為、実際にロイド達に会うつもりでグランディーノを目指していたらしい。

 その際に、幼い娘が自分も行きたいと駄々をこねた。真っ当な領主ともなれば多忙の身なのは当然であり、ましてやこの領主は若くして先代当主の父を亡くし、伯爵家を継いで以来、精力的に領地の発展に力を尽くしてきた俊英だ。

 それゆえに一人娘と共に過ごす時間がなかなか作れない為、寂しい思いをさせている埋め合わせとして同行を許したのだが、まさかそこで魔物の大群の襲撃に鉢合わせるとは予想だにしなかった事だろう。


「ありがとう。君達が居なかったら今頃は……。神殿の建築は勿論、女神様に関する事については最大限の協力をしよう」


 期せずして領主の信頼を得る事が出来、神殿の建造に向けて一歩前進したロイド達は、後日詳細な話し合いをする事を領主と約束し、別れた。


「バーツ、お前達は先に領主様たちを町まで護衛してくれ」


「へい、兄貴!蜂退治じゃああんまり活躍できなかった分、命に代えても領主様を無事に町まで送り届けまさぁ」


 万が一の再襲撃に備えて、元々いた少数の兵士達に加えて、冒険者達も町まで領主親子を護衛する事となった。そのメンバーはバーツ達、最下級のFランクおよび、その一つ上のEランクの冒険者達だが、下級とはいえ立派な冒険者だ。最悪でも、体を張って領主達を逃がすくらいはやってくれる筈だ。

 そんな張り切った様子を見せるバーツに、領主が声をかける。


「どうかよろしく頼む。頼りにしているよ」


「へ、へい!お任せくだせえ!よし、行くぞ野郎共!」


 雲の上の存在である領主から声をかけられ、どもりながらバーツは他の冒険者達に声をかけ、領主一行や残っていた民間人を連れて出発した。

 彼らを見送り、その姿が見えなくなると、残りの冒険者達がロイドのもとに集まってきた。先の殺人蜂退治でも中核となって動いていた、B~Dランクの中・上級冒険者達だ。


「ロイド、お前達のパーティーも先に戻っていろ。神官さんもだ」


「申し訳ないですがお断りしますよ。それに今から逃げるのは、ちょっと無理そうですしね……」


 そう言ってロイドが、そして冒険者達が一斉に森の奥へと鋭い目を向ける。すると、そこから一人の人物が現れた。

 いや、人物……という記述は正確ではないかもしれない。それはあくまで、その存在が人型をしているからという理由でそう記しただけの話で、正確に言うならば、それは人間ではなかった。


 人型の魔物だ。

 それは全身を、燃え盛る炎のような赤い甲冑に身を包み、背中にその背丈ほどもある長い大剣を背負った、騎士のような男だった。

 身長は2メートルを優に超える、巌のような巨漢だ。そして甲冑に包まれたその巨大な体躯は、めらめらと燃える炎に包まれており、鎧の隙間からは高温の蒸気が噴き出している。明らかに人間ではない。

 その姿を見るだけで、先刻撃破した殺人女王蜂キラービー・クイーンなど足元にも及ばないと理解できるほどの、圧倒的な力と存在感を持った魔物だ。

 その存在に気が付いた為、この場に残った者達は、先に領主や一般人と共に、下級の冒険者達を逃がしたのだった。


「あれはまずいぞ……最低でもB級上位、下手すれば……いや、ほぼ確実にA級魔物モンスターだ!」


 A級魔物は、下位の個体でも大都市を、上位ならば単体で国一つを滅ぼす事が出来るレベルの、現在確認されている中で最上級の強さと危険度を持つ魔物だ。

 その更に上に、全世界を相手に戦える、あるいは滅ぼせるような超位存在であるS級魔物というのも存在するが、そういった物は伝説や神話の中にしか存在せず、現代でそれらの存在は確認されていない。


「しかしあの野郎、どういうつもりだ?わざわざ領主様たちを逃がすのを待ってくれてたような、絶妙なタイミングで出てきやがったが……」


 現れた騎士のような姿の魔物を睨みながら、冒険者の一人が疑問を口にした時だった。


「肯定する。力無き者を手にかけるのは、騎士道に反する故」


 彼の言葉に対し、魔物がくぐもった声でそう回答したのだった。


「なっ……こいつ、喋ったぞ!?」


「言葉を話す魔物だと……」


 その事実に驚愕する冒険者達を前に、その魔物は堂々と名乗りを上げる。


「我は魔神将■■■■■様に仕える『紅蓮の騎士』。女神の信徒の力を確かめる為にここに来た」


 彼の言葉に衝撃が走る。

 その名前は何らかの力が働いたのか、誰にも聞き取る事は出来なかったが、目の前の魔物は確かにこう言った。


 『魔神将』と。


「馬鹿な……魔神将だと……!?」


 人類の……否、世界そのものの敵であり、過去に何度か現れては世界に災厄をもたらし、英雄達との激戦の末に討ち滅ぼされたという、伝説上の存在。

 その直属の部下が目の前に現れたという事実に、冒険者達は戦慄した。


「……やはり、既に動き出していましたか」


 その存在を予見していたクリストフも、その部下を名乗る魔物が目の前に現れた事で、驚きを隠しきれない様子だ。


「女神の信徒。貴様らの力は現状では取るに足らぬ物だが、その成長は侮れぬ。そして貴様らに力を与えている女神の存在は、我が主の脅威となり得ると判断した。よってこの場で、貴様らを討つ」


 そう言って、紅蓮の騎士は背負っていた大剣を抜き放った。その刀身もまた、燃える炎に包まれている。


「……ちょっと待て。まるで俺達を殺す事で、女神様に対して何か影響があるかのような物言いだな?」


「気付いていなかったのか?信徒が神から加護を得るように、神もまた信徒の信仰によって力を得る。よって貴様らのような力ある信徒を殺し、減らす事で神の力を削ぐ事が我の目的だ」


 冒険者の一人が鋭い指摘をすると、紅蓮の騎士はそれに対して律儀に回答をした。その情報を知られようとも、どうせこれから全員殺すのだから構わないとでも思っているのだろう。


「……ご丁寧にどうも。だがそれを聞かされちゃあ、はいそうですかと死んでやる訳にもいかねえな」


「ああ。俺達の信仰が女神様の力になるっていうなら、何が何でも生き残らなきゃならねえ」


 冒険者達が闘志を燃やし、紅蓮の騎士に立ち向かう。

 あまりにも絶望的な戦力差の戦いだが、後に引く訳にはいかない。

 決死の戦いが幕を開けた。

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