パラパラ

奈々星

第1話

毎日部活終わりに友達と通る道で青い帽子とジーパンに黄色いTシャツを着たおじさんを

よく見かけるようになった。


僕らの間ではこの道を通る女子高生を盗撮している、だとか毎日酒に呑まれて右も左も分からずさまよっているなど色々な噂がたっていた。


僕は自分が何も知らないのにあのおじさんを悪くいうことは出来なかったので、いつしかあのおじさんをよく観察するようになった。


一日目


今日もいつものように部活から友達と帰宅している時にあのおじさんはいた。


今日、あのおじさんが見えなくなるまでずっと観察していてわかったことがある。

どうやらあのおじさんは酒に酔っているようには見えなかった。



二日目


今日もいつも通り部活帰りにあのおじさんを見た。今日は空になったペットボトルをわざとおじさんの近くに転がした。

しかし、おじさんに近づいてみても酒の匂いはしなかった。


おじさんは酒に酔い潰れてさまよってるわけではないんだ。


三日目


今日は月に1回訪れる土曜授業の日。

授業は午前中に終わり、多くの生徒がこの道を通っていた。


部活がある人も少なく、周りには女子たちもいた。この日も変わらずあのおじさんが見える限りずっと観察していたが、盗撮しているような素振りは見せなかった。


元々手ぶらでいたので盗撮に使うカメラもないということでこの噂は嘘だろう。


四日目


今日も部活があるいつもの一日。

あのおじさんは黒いショルダーバッグを肩からしょっていた。


盗撮の噂が再び脳内に持ち上がってくる。


今日も見える限り観察を続けたが成果は無く

胸に一物が残る結果になった。


五日目


あのおじさんはそのショルダーバッグから大きな袋を取りだした。

何に使うのか見ているとバッグから銀のトングを出してごみ拾いを始めた。

噂とは180度反対の印象になった。


六日目


今日もあのおじさんはごみを拾っていた。

一緒にいた友達もおじさんに気づきあのおじさんは僕らの話題の中心になった。


七日目


ごみを拾っているおじさんを試すように僕らは捨て損ねたごみを道に落として遠くからおじさんのごみ拾いの様子を伺っていた。


酷いことをしたと思う。


八日目


さらにエスカレートしたおじさんへの挑発行為。今度はエナジードリンクの空き缶を捨てた。


心が痛い。


九日目


僕らであのおじさんは落し物を届けてくれるのか、それとも面倒臭がってごみとして袋に入れてしまうのか、試してみようという話になった。


僕らのうちの一人が筆箱を落とした。

そして拾って呼び止めろと言わんばかりに僕らはゆっくり歩いているとおじさんが大きな声で呼び止めた。


「お兄さん方、落し物ですよ。」


あっけに取られたみんなはこう声をかけられても突っ立ったままだった。


もうやめにしよう。


十日目


僕らのようにあのおじさんを試そうとする人間が増え、次第に道に落ちるごみの量が増えていた。


おじさんのことをずっと見てきて、噂が大嘘であったことも、とても親切であることも知っている僕は罪悪感に苛まれた。


そして僕は忙しそうにごみを拾うおじさんの元に駆け寄った。


「おじさん、手伝うよ。」


おじさんはしわしわの顔でありがとうとお礼を言ってくれた。


十一日目


僕はおじさんとごみ拾いをしている。

いつも一緒に帰っていた友達からは付き合いが悪いと思われて呆れられているようだった。僕は少しでもおじさんの力になりたい。

その気持ちに嘘はない。

間違ったことでもないはずだ。


十二日目


学校で女子たちがあのおじさんを盗撮で訴えると言っていた。


男子たちと結託して写真も準備したらしい。


今ならまだおじさんを学生からの嫌がらせから守ることが出来る。

僕は学校が終わってすぐにおじさんの所へ走った。

ぐるぐると目線を回しおじさんを探したが見つからない。


おじさんがどこに住んでいるのかも分からないから僕はいつもおじさんが立っている場所に代わりに立っていた。


それから何十分経っても夕闇が深くなるばかりだった。


すると遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

僕の目の前をそのパトカーが通り過ぎる時、

窓の奥におじさんがいたのが見えた。


僕はそのパトカーと並走するように走る。


サイレンよりも大きい声を出そうと僕は必死で走り必死で叫んだ。


体力も底をつき、声もかすれ、とうとう僕はパトカーにどんどん置いていかれる。

パトカーの窓におじさんが見える。

声が届いたようだった。


おじさんは泣いている。


僕も涙を流しながらまた走り始める。

届きもしないのに手を伸ばしたりしてみた。


もうおじさんの乗るパトカーが見えなくなった時にはもう僕はもう立てなくなっていた。


だんだんいつものこの道が賑やかになってくる。


今日おじさんを貶めようと言っていたあの女もそいつらに協力した男共も、僕は全員噛みちぎってやりたいくらいだった。


あいつらへのどうしようもない怒りが無力な自分への自傷行為に拍車をかける。


アスファルトと噛み砕こうとした。


アスファルトで顔を血でぐちゃぐちゃにもした。


この道を綺麗にするおじさんはもう居ないなに。


___________________________________________


あれから1ヶ月。


僕は学校を辞めた。


またあのおじさんに会いたい。


だから僕は待つことにした。

青い帽子とジーパンに黄色いTシャツを着て、

僕は毎日あの道に立つ。


まだ傷が癒えない顔が一瞬動かなくなった。


赤信号。車の隙間から途切れ途切れに見えている。青い帽子とジーパンに黄色いTシャツ。


車の通りが少なくなって。


赤信号が青に変わって。


青い帽子とジーパンに黄色いTシャツを着たおじさんと若者が駆け寄っていく。


果てしなく分厚い本の隅っこに

おじさんと若者の物語が綴られている。


2人の物語はこれからも細切れに続いていく。

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パラパラ 奈々星 @miyamotominesota

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