ナシトクニの名もなき素敵な雑貨屋

芽の月の八 ハレ


「おはよー」


 いつもどおりの時間に目を覚ましたわたしはまず家族写真に挨拶をします。

 部屋のカーテンを開けますと、草木・岩・水たまり・穴・野生動物以外なにもない野原が陽の光を気持ちよさそうに浴びていました。


 ここは第三宇宙の惑星ナシトクニ。他の星に比べて小さめだけど住んでいる人も少ないので土地が余りまくっています。

 これといった名産品や資源があるわけではない上に交通の便が悪いので観光に訪れる人はとても少ないです。

【第三宇宙一なにもない惑星】に九十九年連続ノミネートされているぐらい良く言えばのどか、悪く言えば退屈な惑星です。


 街の人の話によると、わたしのひいおばあちゃんのそのまたひいおばあちゃんの更に更に更らららにひいおばあちゃんより前のひいおばあちゃんが元気だった頃のナシトクニは流刑星だったらしいです。今のこの平和が暇を持て余しているような場所で過ごしていると想像ができません。


 実際、わたしがナシトクニに移住してきてだいたい三十年、ちょっとした喧嘩はあれど、誰かを殺めたり物を盗んだりするような人はいません。わたしがただ気づいていないだけかもしれませんが……少なくともわたしの周りは平和です。


 そして、わたしが経営しているこの素敵な雑貨屋は街から少し外れた原っぱにポツンと建てられているので、ちょっとしたゴタゴタとも距離を置けられているので完全平暇領域となっております。周りよりも少しだけ高い丘の上なので雨害の心配もありません。

 強いて言うのならば風の強い日にはお店が揺れることと、陽欠日に少々元気になりすぎるノキミミが店に体当たりを仕掛けてくることがあるのが悩みの種です。


 本棚に囲まれた寝室を出て、短い廊下を左にすすみ、突き当りの階段を降り、再び短い廊下をすすみ、途中のキッチンで顔を洗い、突き当たりにあるレンカ色のノレン──カーテンのようなもの──をくぐると、店内に所狭しと並べてある品物がわたしを出迎えてくれます。


 そうです、ここがわたしのお店です……いえ、わたしの城と称してしまっても差し支えないでしょう。

 一階はお店兼宝物庫! 

 二階は王室兼寝室! 

 三階は……洗濯物を干したり昼寝するためのただの屋上です。ただの屋上ですが見晴らしはとても良いです。


 さて、話を戻してお店のことなのですが、スリーR(飲料・食料・燃料)はわたしが私生活に使う分を除くと殆どありません。

 その代わりに置いている品物というのが、面白おかしい希少品の数々です。

 それらは主に宇の海を散歩中に拾ったものか旅行中のお客さんが置いていったものなのでほとんど元手がかかっておりません。

 ふふん、商売が上手でしょう?


 例を出しますと、右側の壁には何でも書けないノートブック、十二耳用耳栓、逆廻り時計、パンチポンチキュー、どこかの星の旧硬貨、即席カレー、臓器マッサージマシーン、エトセトラなどなど様々な中くらいの大きさの品物が置いております。反対側の壁には小物と大型物を置いています。

 中央のテーブルにはその時の気分で色々置いています。今はこの前星見会に参加したときに誰かが忘れていったと思われる黒くてツルツルで平べったい石を置いています。この石は手触りがとてもいいのでお気に入りですが、一定時間触り続けていると頭の中に聞いたことのない星の言葉が流れてくるので注意が必要です。


 ワクワクするものばかりが集められた素敵な雑貨屋なのですが、いかんせんお客さんがめったに来ないのでもったいないなと思うことがよくあります。宝の持ち腐れです。

この星で住むことを選んだのはわたしですし、銀河広告は面倒だからと出していないのですが。

 まあ、お金稼ぎをするためにお店を経営しているわけではないし、空き時間にやりたいことがたくさんありますのでそれはそれで構いません。


 今日は、簡単な朝ごはんとコーヒーを楽しんでからお店の掃除、お昼は窓際の席でコーヒーを飲みながら誰の目にも触れられることのない小説をちびちびと書きすすめ、夜になったら街のカフェで少し贅沢な食事とワインを楽しむつもりですので。頭の中の予定帳は常にびっしりと埋まっています。


 ということで、さっさとお店の外に看板を出して、朝食タイムに入ることにしました。

 今朝は街で買った長くて硬めのパンに甘いジャムを塗ったものです。ジャムがレンカ色と黄色で食欲をそそられます。



 昼食を食べ終えてしばらくした頃でした。チララランチランチルンと入口のベルが鳴りました。


「いらっしゃいませー」とわたしは元気よく言いました。ここでハキハキと元気良く言うのが接客の重要ポイントです。もちろんスマイル0円も付けます。


「ちょいとお邪魔するよ」


 入ってきたのは背の高い女性でした。初めて見る方ですので旅行者の方でしょう。

 丈夫そうなロー色の半袖シャツとパンツにはたくさんのポケットが付いていて、散歩中にお宝を見つけたときに便利そうだと思いました。

 服の上からでもわかるほどがっしりと身体が引き締まっていて決闘が強そいうです。

 若干青みのかかった肌とは対称的な額の小さな赤い角と赤毛のポニーテールが映えます。

 ということで、女性のあだ名は大赤角さんに決まりました。


 大赤角さんはキョロキョロと店内をじっくりと見渡しながら「ほうほう」「なるほど」とひとりごちています。なにかに納得しているようです。


「へぇ、なるほど。聞いたとおりの店だね」と女性は言いました。

「はい?」

「街の外れでおかしなものばかり置いてる店があると聞いてね」

「あー……」


 おかしなものばかりではないのですが……価値観は人それぞれだとわかっているのでムキになったりはしませんよ。プンプン。


「ちなみにどなたがそのようなことを?」

「ここからすぐの街のニク料理がうまい定食屋の店主さね。店の名前は忘れちまったけど、バカでかい骨が屋根の上に乗ってる店さ」

「あー、わたしも名前は忘れましたがどこのお店かはわかります。ノキミミシチューが美味しいんですよ」

「よく行くのかい?」

「そういうわけでないんですけど。あの街は小さいので大抵のお店は行ったことがあるんです」


 その定食屋はガタイのいいおじさんと小さな機械生命体の男の子が二人で切り盛りしています。店名は忘れました。店主は料理とお酒が好きで菌類が苦手。口髭の濃いおじさんです。

 もうひとりは機械生命体の子はKEリ1君、表情豊かでとても愛くるしい、弟にしたい子選手権が開催されれば上位に来ること間違いなしの良い子です。


「当店は腕によりをかけて取り揃えた面白くて珍しいものを置いていますので、ぜひゆっくり見ていってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 大赤角さんはチラリと辺りを見渡してから、入り口脇の超小物コーナーへ向かいました。そこには珍しい鉱物や小道具などを置いています。


 ここまでのやり取りで、彼女に害意がなさそうだなと思ったので──これまでに害意を持ったお客さんは来たことはありませんが──キッチンでコーヒーを二杯作りにいきました。


 コーヒーメーカーで簡単に作るものですが豆は品質の高いものなので香りが良いです。酸味は控えめで苦味が強くわたしの好みです。

 わたしはたとえお客さんが来たとしても槍が降ったとしても日課は絶対に欠かしません。コーヒーのない生活はもう考えられませんから。


「良ければどうぞ」


 戻ってきてカウンターの上にカップを二つ置きました。コーヒーを入れた白いトーキカップは何年か前に第五宇宙からの交易船が来たときに買ったお気に入りの一品なので非売品です。

 大赤角さんはありがたくいただくよと言って、匂いをスンと嗅いでから口をつけました。


「どうですか?」とわたしもコーヒーをすすってから尋ねました。

「うん、うまいね。それに匂いが特に良いね」

「ですよね!」


 そう聞いて頬が緩みます。やはり自分が好きなものが褒められると嬉しくなります。


 しばらく他愛のない雑談をしてから大赤角さんは再び商品を見に戻ったので、わたしは静かに読書をすることにします。

 三ページほど読み進め、主人公の虚無探偵が暴れ宇宙エビの尾をツヨイレーザーで焼ききったところで、コトリとカウンターにカップを置かれました。カップの中身はもう空っぽになっていました。


「なあ店主」と大赤角さん。

「はーい。なにか買われますか? それともコーヒーのおかわりですか?」

「いや、大したことじゃないんだけど、聞いておきたいことがあるんだ」

「ええ、なんでもどうぞ」わたしは本に栞を挟んで閉じました。

「なんだってこんな辺鄙な星を選んだんだい? せめて店を開くならもう少し人がいるところのほうがよかったんじゃないかい?」

「それはですねぇ。別に大した理由はないんですけど……」


 コーヒーを一口すすり舌の動きをなめらかにしてから、自分の店を持つことが幼い頃からの夢だったこと。喧騒とは無縁で、健康を脅かすガスに怯える必要のない場所で生活したかったこと。他の方からはガラクタにしか見えないけどわたしにとっては宝物を集めたかったこと。お金稼ぎにはあまり興味がなかったこと。そして、一日の上限量を気にせずにコーヒーを飲みたかったこと。などなど面白エピソードをはさみつつ簡潔に説明しました。


 ただし、わたしの母星では身分のせい自分の店を持つことができなかったことは秘密にしておきましたが。


「なるほどね。それならこの星は合ってるのかもね……」


 大赤角さんはそうつぶやいて窓の外に目をやりました。当たり前ですがそこにはなにもありません。おそらくそこではないどこかに思いを馳せているのでしょう。

 わたしは空気が読めるタイプなのでその様子を黙って見ていました。


 大赤角さんがこちら側に戻ってきたところで、

「お客さんはどうしてこんな辺鄙な星にいらしたんですか?」

「ワタシかい? ワタシはご先祖様が生まれ育った土地を見てみたいと昔から思っていてね。たまたま仕事で近くに来たから寄ってみたわけさ」


 大赤角さんは首から下げたペンダントを軽く指で弾きました。

 わたしの視線を感じたのか、首からペンダントを外してカウンターの上に置きました。

 十字型のそれは部屋の明かりで鈍く光っています。年代物のようですが丁寧に扱われているのでしょう。


「ワタシの家で代々引き継がれてきたペンダントさ。古臭くてダッサイだろ?」と大赤角さん言いました。

「そんなことないですよ。全然カッコいいですよ」

「そうかい? ありがとよ」

「お売りになります? 高く買い取らせていただきますよ」

「まさか」

「冗談ですよー」


 目が本気だったぜと言って大赤角さんペンダントを首に戻しました。やはりかっこいい人はかっこいいアクセサリーがよく合います。

 わたしもアクセサリーの一つでも身につけようかななどと思ったりしましたが、街にアクセサリー屋なんて洒落たお店はないので手に入れるだけでも一苦労です。次の交易船はまだまだ先ですので、宇の海に流れ着くことに期待しましょう。


「それで、どうでしたこの星は?」

 わたしがそう尋ねると、大赤角さんは頭を振って、

「評判通りで驚くほど退屈な場所だね。ワタシにゃ耐えられないよ」

 とこれみよがしにしかめっ面を作りました。さすが九十九年連続第三宇宙一なにもない惑星に選ばれるだけはあります。

「そうですか、ここを訪れるお客さんは大抵そう言いますよ」

「だろうね。ま、店主みたいに好きだと言ってくれる人がいるだけでご先祖様も喜ぶよ」


 会話はここで一旦終わり、大赤角さんはまたまた商品を見に向かったので、わたしはコーヒーのおかわりを入れに行きました。



 コーヒーを入れて戻ってくると、大赤角さんはそこそこ大きめのなにかを両手で持ってました。


「店主、これはなんだい?」


 それは木製のネコのような生き物を形どった木彫りでした。背中に様々なカラフルな生き物──どの生き物はどれも見たことがありません──がホログラムで映し出されているのが特徴的です。

 いつ作られたのかもどこで作られたのかもわかりません。顔が可愛いのでお気に入りです。


「それはですね、エトセトラという名前らしいです。なんでもどこか遠い星では縁起物とされているとかで、たしか──」


 カゲローのようにおぼろげで綿菓子のようにふわふわとしたエトセトラの解説をしていると、五年ほど前にこの木彫りをここに置いていったお客さん──あだ名:悠々お爺さん──を思い出しました。

 悠々お爺さんは、もう何百年も様々な星を自由気ままに旅していると言っていました。それが本当であればすごいことです。

 わたしもヨボヨボの御老体になっても好きなことをしていたいものです。


「──ということで、前のお客様が持ってきたものです」

「いいねえ。私たちの間じゃ縁起物は特に大事にされるんだ」


 大赤角さんがエトセトラを大きな手で優しくなでると、エトセトラの首がカクカクと動き、背中に映し出された生き物(?)が切り替わりました。


「せっかくだし記念に貰っとこうかな。値札……はついていないけど、いくらだい?」

「ありがとうございます。そうですね、300イェンか300ナシでどうですか? それか珍しかったり面白いものとの物々交換でもオッケーですよ」

「残念だけど、なにも持ってきてないからイェンで払うよ。それにしても希少品なのにそんなに安いのかい?」

「お久しぶりのお客様ですから、出血大サービスしちゃいます」元ではタダですし。


 大赤角さんはズボン右側のポケットから折りたたまれた紙幣を取り出し、その中から三枚取り出してカウンターの上に並べました。

 わたしは代金を受け取り、手書きの領収書兼お店の宣伝チラシを渡しました。さよならお爺さんのエトセトラ。フォーエーバーエトセトラ……


 大赤角さんは領収書を丁寧に畳んでからポケットに仕舞い、エトセトラを脇に挟むように持ちました。そこまで軽いものではなかったと思うのですが流石です。


「最後に故郷のいい思い出が作れたよ」

 と大赤角さんがいい笑みで言ってくれました。

「それはよかったです。いつでもお待ちしております」

「ははっ、五十年後ぐらいに気が向いたらまた来るよ」

「はい。またのお越しをお待ちしております」

「あいよ」


 チララランチランチルン。


 可愛らしいベルがサヨナラを告げました。扉が閉まると店の中に静寂が戻ります。

 お客さんが帰ったあとはちょっぴり寂しくなります。涙色センチメンタルです。故郷にいる母や妹のことを考えます。まあ、定期的に手紙でやり取りをしてはいるのですけどね。


 時計を見ますとまだ晩御飯までは時間がありましたので、のんびりと小説を書くことにします。

 夜になったら街に行くのでまたなにか面白いこと起きればいいですね。


 ──特に何も起きませんでした。

 予定通りカフェで安価な赤ワインと色々なサカナや野菜の油茹でを頂きました。美味しかったです。それだけです。平和でいいことです。


 後はコーヒーをチビチビと飲みながらキリのいいところまで読みかけの小説を読んでから寝ます。お客さんが二日連続で来ることはコレまでに一度もなかったので明日は特になにもない素晴らしい一日になるでしょう。



 ココは惑星ナシトクニ。そしてこの店は名はないけれど素敵な雑貨屋。店主は明るく元気なわたし。商品は色々。値段は時価。

 機会があればぜひよってみてください。もしかしたらあなたが探しているものが見つかるかもしれませんよ? なーんてね。


 おしまい。

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