切り取られた海の上、それと白い砂浜

 ぷかぷか。ぷかぷか。


 赤い浮き板の上で目が覚めた。時々、ほんの少し揺れる赤い浮き板。私が二人並んで寝てもまだ余裕がある大きさ。小さい頃に欲しかったんだよなあ、こういうやつ。お母さんにねだったけど買ってもらったのは赤い小さな浮き輪。それでも嬉しかったけれどね。遠い夏の思い出の一片。


 辺りを見渡すと、私の周りを水溜りが囲んでいる。更にその周りを白い砂浜が囲んでいる。水溜りはあまり大きくなくて、少し泳ぐだけで砂浜に着くことができそう。砂浜はどこまでも続いているように見える。どこまでも。どこまでも。


 ということは、この水溜まりは海なのだろうか? ゆっくり、バランスを崩して落っこちてしまわないように注意しながら水溜りを覗く。


 とてもとても深いけど明るく凄く透き通っている水の中、沢山の魚達が元気よく泳いでいるのが見える。あっちはイワシ、こっちはマグロ。なんてね、私は魚について詳しくないから適当だけど。


 手で水を少しすくって口につける。ああ、しょっぱい! やっぱり海なんだ。喉が渇いちゃうなあ。


 浮き板の縁に座ってズボンの裾を捲りあげて足を海に入れる。足にひんやりとした海水が絡みつく。最後に海に行ったのは何年前だっけなあ。砂の城を作ったり、寄せては返す波をずーっと見てたり楽しかったなあ。あっそうそう、クラゲが打ち上げられているのを見た時は吃驚したね。


 足をぱちゃぱちゃ動かすと波紋が広がり少し揺れた。穏やかな揺れが心地よくついつい横になってしまう。空はとても青く、夏の白い入道雲がドシンと浮いている。太陽も真上で元気そうだ。遠くの方で鳥が数羽飛んでいる。カモメだろうか。気持ちよさそうだなあ。


 それにしてもフシギな場所だ。私以外には鳥と魚しかいない。ここはまるで海の一部を切り取って砂浜の上にドンと置いたみたい。あの青い空のさらに向こうにある宇宙からここを見たら、ここは地球のへその様に見えるのだろうか。あるいは青い目玉焼き。それか白いキャンバスに染み込んだ一滴の青い絵の具……なんて、ちょっとかっこつけちゃったかな。ははは。


 目を閉じて耳を澄ます。ざざぁー。ざざざぁー。波が砂浜に上がる音。瞼越しに感じる太陽のエネルギー。足からは海の力。大きく深呼吸をすると海の匂いが身体にしみる。なんて贅沢なのだろう。空も海も空気も全部私のもの! あっ、魚と鳥がいることを忘れていた。ゴメンね。君たちのものでもあるよね。仲良く分けよう。


 ぷかぷか。ぷかぷか。ぷかぷか。足をぱちゃぱちゃ。


 ……よし、砂浜へ行ってみよう! 寝ているだけじゃもったいない! 私は体を起こし上半身だけの準備体操を行う。いっちに。いっちにー。


 私は縁に座ったまま、足をゆっくりバタバタ、先程までより強めに動かす。人はコレをバタ足と呼ぶね。これで砂浜までいけるはず。多分ね。もし行けなかったら……その時また考えよう。魚たちに頼んでみるとかね。


 足に水の抵抗を感じる。だけど私はこんなところで負けてられないんだ。気合を入れて足を動かす。赤い浮き板は少しずつだが砂浜に向けて進んでいる。よかった。


 ゆっくりと時間をかけて進み、私の足が疲労サインを出し始めた時、ようやく赤い浮き板が砂浜に乗り上げた。今から私の冒険の第二章が始まる。砂浜上陸作戦開始!


 砂浜を踏む。小さな人間の大きな一歩だ。しっとりと濡れた砂の感触が足に伝わる。私の重みで地面が足跡形にへこむ。私が生きている証。続いてもう片方の足も。揺れない地面がちょっと不思議な感じ。そういえば自分の足でしっかりと立って前に進む事が大事って誰かが言っていたっけ。なら歩こうか。


 波打ち際を私は歩く。時々波が砂まみれの足を洗う。近くで小さいカニが横歩きしている。なんと、まさか人類よりも先に甲殻類が足跡を残していたとは。私の完全敗北です。ちくしょー。


 バタ足と散歩で足がつかれたのでその場に座る。ズボンが濡れることも気にしない。と思っていたらいつの間にか服は水着になっていた。フシギだけどちょうどいいね。波が押し寄せ太ももまで濡らす。熱を持った足が冷やされていい気持ち。そのまま寝転がっちゃいそうだけど、両手を後ろについて我慢。波にさらわれちゃ大変だから。


 ざざぁー。ざざざぁー。


 そうだ、砂の城を作ろう。バケツは無いけれどなんとかなる。あの頃よりも手は器用に動かせるから。砂を手で固めて城の土台を作る。別名いびつに四角い山。そこに握った砂の小さな固まりを乗せて完成。誰がなんと言おうとコレは城です。波が敵兵のように寄せるけど城は崩れない。私が作った城は頑丈なんです。なんていい気になっている私の前にカニが現れた。あろう事かそのカニは私の城を足で突き刺し、穴だらけにしてしまった。二敗目……ぐぬぬ。


 カニさんや、なぜ私の前に立ちふさがるのかい。


 カニはあっちに行ったりこっちに来たりするだけで返事をしてくれない。


 おおい、無視かい。寂しいじゃんかよー。ざざぁー。


 残酷にも私の声は波にさらわれてしまい、カニは遠くに歩いていってしまった。ちくしょー。私は手を頭の上に伸ばしながら空を見上げた。相も変わらず空は青と白のコントラストで夏を表現していた。私もアレぐらい大きい人間になりたいものだ。あ、物理的じゃなくて精神的にって意味でね。巨人になったら色々大変そうだし。食事とか寝る場所とかね。


 しばらく休み、足の疲れが無くなったなと感じたところで再び歩き出すことにした。今度は海と反対方向に向かう。白砂のサラサラした感触と太陽の力が溜まってできた熱を感じつつ、変わらない景色の中をひたすら歩く。と言ってもとてもゆっくりだけれど。


 痛っ!


 突然足の裏に小さい痛みを感じた。想定していなかったことに吃驚して壮大に後ろに倒れてしまった。カニに挟まれた!? 体を起こし確認する。そこにカニはいなかった。うーん? 何だったのだろうか。私は警戒をしつつ前方の砂をすくって確認する。それらは星の形をしていた。なるほど、星の砂だったのか。昔、瓶に入ったやつを持ってたなあ。


 おや? 私は星の砂に紛れて、一粒だけ三日月の形をした蒼色の石を見つけた。これは珍しいものなのでは。石を人差し指に乗せてじっくりと観察。綺麗な蒼い光を放っている。光は私の鼓動に合わせて強くなったり弱くなったりしている。そして次第に熱を帯びていき、私は熱さに耐えきれず思わず石を落とした。


 その瞬間、まばゆい光を放ちながらものすごい速さで空に昇り消えた。瞬間、空の色が黒くなり、白い入道雲の代わりに白い星々が空を飾る。空には蒼い三日月が煌々と輝き夜の世界を照らしていた。それに呼応するように星の砂も輝き天に登る。


 私はその場で寝転がり空を見上げる。こんな綺麗な夜空を見たのは初めてかも知れない。空が近く感じる。天然のプラネタリウムを楽しんでふらふらしていた視線が蒼い月で止まる。


 蒼い光が目の中に入り脳に浸透する。背中の砂から熱を感じる。太陽と月の力が体中に広がる。すると自然に私の瞼が閉じていき……。

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