気づけば転生させられていた件

乾燥バガス

気づけば転生させられていた件

 白いコンクリートの格子に囲まれているガラスが、深い青から橙色に変わり始めていた。上空では薄暗い水色を背景にして、その凹凸を灰色と橙色で際立たせた雲が浮かんでいる。眼下の通りの両側の歩道では、数多の人間がまるで蟻の大群の様に同じ方向に向かって移動していた。


 さて、俺も帰るか。


 その一歩を踏み出した瞬間――




――気づけば、あたり一面が雲の上。俺は雲の上に浮かぶ卍敷きの四畳半の一角に立っていた。その四畳半の中央にはちゃぶ台が置かれている。ちゃぶ台の上には常滑とこなめ焼の茶色い急須と、赤地に花柄をあしらった茶筒と、それに薄い藍色と朱色の幾何学模様が描かれている清水きよみず焼の夫婦湯呑とが、縁が赤く全体が黒い輪島塗を模したプラスチックの丸いお盆の上に収められていた。


 なぜ俺は、それらの事を見て分かったのだ?


「あららん。驚いているのね?」


 ちゃぶ台の向こう側から、あえて無視していたやつが喋りかけてきた。そいつは長く艷やかな青髪をかき上げながら、異様に大きな青い瞳で俺を見上げている。俺はそれを無視して自分の身に起きたことを整理しようとしたが、そいつが邪魔してきた。


「私はこの世界の女神です。あなたは今日、転生することになりました」


 髪の毛と同じ青を基調としたデコルテが露わになっているイブニングドレスを身に付けているそいつは、満面の笑みを浮かべながら言った。その場の雰囲気と全く合わないその装いから感じられるのは、ユーモアやウィットとは完全にかけ離れているという事だけだ。そんなやつからは絶対に話しかけられたく無い。


「あら? ちゃんと喋られる筈なんだけど……。まぁ、元々カラスだったから順応が遅いのかしらね。やっほー、聞こえてる? 人間になった気分はどう?」


 俺の沈黙を無視して喋り続けている。


「まぁ、でも喜んで頂戴。こちらの都合で転生させたのですもの、あなたには特別な能力を与えてあげるわ。それは脳内であらゆる情報を引き出せる能力よ。ただし、人間の英知を超える情報は引き出せないのだけれど」


 その能力が凄いことなのか、その能力を与えられることが凄いことなのかよく分からないが――。否、今ならその両方の凄さは分かる。分かるのだが、目の前のそいつが威張っている様にしか見えないところがいけ好かない。


 しかし……、


「……なぜだ?」


「あ、喋った。えっとね。お友達の神様たちが人間を異世界に転生させてるのを見てて面白そうだって思ったの。だから私もやってみようかなってね。ふふふ、それが理由よ。でも私、異世界の神様とのコネが無いのよね。だから転生先は現世。あとは、練習がてら目についたあなたを人間に転生してみたって訳」


 ああ、これは絶対駄目なヤツだ。


「さあ! 説明はすべて終わったわ! その晴れ晴れしい人間としての第一歩を、いざ踏み出す――あら、お菓子が焼き上がったみたい。じゃあ頑張ってね」





――俺の人間としての第一歩の足元には何も無かった。何せビルの屋上から飛び立とうとした矢先の出来事だったからだ。


 三秒に満たない俺の生は、あいつに対するドス黒い呪詛と、空を飛べる能力が欲しいという叶わぬ願いとで満たされていた。人間の英知を利用しても、この状況から抜け出す手段は無かった。


 あるとすれば、不条理な死に対する転生の機会だけだ……。




 ――おしまい。




◇ ◇ ◇

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