第一話「モブキャラは目立たない」


 『ラブコメ』の記念すべき一日目。すなわち高校デビュー一日目がとうとう来てしまった。人生という物語は展開が早く、とても深いものだ。

 こうやって読者に向けて語っている今も時間が刻一刻こくいっこくと過ぎている。人間という生き物は当たり前のことを『当たり前』だと思うのだ。

 学校の日、「遅刻遅刻~!」と口に食パンをくわえた美少女が曲がり角でイケメン主人公とぶつかって恋に落ちるーー


ーー当り前ではないだろう!?


 そうだ、『ラブコメ』は奇跡と奇跡が混ざり合う事でみんながニヤニヤ読んでいるあの『ラブコメ』が出来るのだ!

 

 なのに、なのになのになのに!


 どうして入学初日から『主人公』ではなく『モブキャラ』の俺が『ヒロイン』と話しているんだ!?

 なぜ今もこうして互いに息がかかる距離で話しているんだ!?

 

 

 おっと、すまない取り乱してしまった。きっと今、読者の皆が「?」になっていると思うので説明するとしよう。

 事の発端はあの忌々いまいましいシャーペンだった…


 今日から始まる『ラブコメ』を俺はウキウキしながら高校へ行き、『モブキャラ』として目立たないように自己紹介を終えて、教室の隅で『主人公』と『ヒロイン』を観察していただけなのに、『ヒロイン』がシャーペンを忘れて、たまたま俺と目が合い、たまたま俺の筆箱に母さんの可愛いシャーペンがあり、挙句の果てには「私、筆箱を家に忘れちゃって…」と『ヒロイン』に相応しいほどの可愛い顔で見つめられ、俺はシャーペンを貸してしまい、今こうしてヒロインである桜井実さくらいみのるとこの可愛いクマさんのイラストが入ったシャーペンの話をしているのだ。


「まさか私と同じシャーペン持ってたなんてね~!」


 ヒロイン枠である『桜井実さくらいみのるさん』はまるで『主人公』と話しているかのように、ピンク色の言葉を並べてくる。


「ほ、本当にな…」俺と同じっていうかこういう繋がり持っちゃうと問題が起きるんだが!


 俺が動揺している事に気がついたのか彼女は少し間をあけて、


「ねぇねぇあきらくん」


 綺麗な黒髪を揺らしながら首を傾け、笑顔で俺の名前を呼ぶ。


「ん?」桜井さん、その可愛さは『モブキャラ』に見せる物ではありませんよ、桜井さん。


 隣から聞こえてくる天使のような美声に誘われるようにして、俺は彼女の方へ顔を向ける。


「今日こうしてシャーペン貸してもらったし、私と友達にならない?」


 彼女の口から放たれた柔らかい銃弾は俺のハートをつつく。


 (俺は『モブキャラ』。俺は『モブキャラ』。俺は『モブキャラ』…)


 ついつい「YES」と答えそうになるが、俺は『モブキャラ精神』で答える…ことはなく『逃げる』を選ぶ。


「うッ…お腹が……トイレ行ってくる!」


 俺は猛ダッシュで教室を抜けて男子トイレの個室へと入る。


 (はぁ、はぁ、はぁ…危ないだろ! マジでこれ以上ヒロインと関わるのは危険すぎる! 俺は『モブキャラ』なんだ…ヒロインと関わって良いのは『主人公』達だけなんだ。『モブキャラ』はモブらしく!)


 俺は汗をだらだらと流している顔を右手で叩く。

 ペチン。と男子トイレの中で静かに響いた。


 やっぱりこの『ラブコメ』はおかしい。俺のプロット通りだと『主人公』と『ヒロイン』が最初に出会い、そしてお互いに勘違いをしながら進んでいく、言わば『勘違い系ラブコメ』なのだ。

 決して俺が関わるイベントはないはずだったのだが、第一話でそのイベントが起きてしまった。


 (これはなんとかしないとな…)


 「休み時間も終わりそうだし、そろそろ教室に戻るか」


 教室に戻ると俺は影を薄くして自分の席に座る。

 そしてすぐに聞きなれていたチャイムが鳴った。



 「はぁ…」


 高校生活一日目が終わり、俺は帰り道でため息をついた。


 「ラブコメ一話でモブキャラがヒロインと関わるとか、どんなイベントだよ」


 まるで酔っ払ったサラリーマンのように、身体をふらつかせながら俺は家を目指す。


 俺がこんなにも疲れ果てているのには理由がある。

 一時間目の空き時間に起きた『シャーペンイベント』。これだけならまだ良いのだが、四時間目が終わり「ささっと帰ろう!」と下校しようとしていると『ヒロインにつけまわされるイベント』が発生し、俺は今やっと振り切ったのだ。


 な? 疲れるだろう?


 『モブキャラ』の俺がなぜ『ラブコメ』の一話で目立ってしまうんだ。おかしい、何かがおかしい。


 (明日は慎重に行動しよう…絶対に目立たないように行動。行動…)


 *****


 『ラブコメ』の記念すべき二話を作り出すため、俺は教室に足を踏み入れる。


 覚悟を決めて教室に入った俺だが、すぐにクラス内の異変に気づいた。


 昨日と変わりなく新しい環境に慣れていない生徒がいるのだが…教室の窓側の席だけ異様に雰囲気が明るい。


 (おいおいおいおい、マジかよ…)


 俺が焦るのもそのはず、

 「なんで俺の席の周りで主人公とヒロインが話してんだよ…!」 

 誰にも聞こえない声量で俺は静かに叫ぶ。


 教室の扉で突っ立っている俺に気づいたのか『ヒロイン』の桜井実さくらいみのるさんと『主人公』の友也拓民ともやひろたみが手を振っている。

 俺も(多分)笑顔で手を振り返す。


 「ど、どうした?」


 桜井さんと拓民に俺は声をかける。

 声に反応して桜井さんは笑顔で、


 「おはよ!」


 と、一言。

 なんとも可愛らしい笑顔なんだ。と一瞬俺の頭が思考停止したが彼女の左手にあるそれに気づき冷や汗をかく。

 俺はすかさず一歩下がるが桜井さんは一歩前に、更に一歩、徐々に距離を詰めてきて俺の手を掴み、それを置く。


 「昨日借りたシャーペン!」


 な? 冷や汗をかく理由もわかるだろう?


「昨日はちゃんと言えなかったけど…ほら、シャーペン貸してくれたしさ」


昨日このシャーペンを貸したあと、返す時に彼女が言ったあの言葉こそ、俺が今恐れている理由。


 「友達にならない?」


 俺が次に返す答え、『モブキャラ』が返すべき答えは、


 「そうだね、うん、友達になろう!」


 (はい言っちゃたああああああああああああああああ!)


 「ありがと!」


 この答えは間違えだ。いや正確に言うと「間違えた」。普段の俺なら、ここは『モブキャラ』らしく! と綺麗に断るのだが…それは相手が超絶美少女でない場合に限る。

 桜井さんが笑顔でいるなか、俺の心は壊れていく。

 俺は『モブキャラ』としてのやるべき事をしなかったことに対し今非常にイライラしているのだ。

 この怒りをぶつける相手が欲しい。そう思った。

 人間とは単純だ。その時その時の気持ち次第で、次の行動が決まるのだ。今俺とういう人間が次に出した行動はこうだ。


 「おいそこの『主人公』! お前もう少しアピールしろ! バカ野郎!」叫んではいない。


 俺は『ヒロイン』の後ろで空気になっている人物に指をさす。


 「えっと、俺の事ですか?」


 桜井さんの背中からひょいと顔を出したこの『主人公』に俺はあるべき姿を教える。


 「いいかい、主人公君! 君は『主人公』を理解できていない! そう、主人公とはヒロインの後ろで突っ立っている『モブキャラ』ではないんだ! もっと自分をアピールしてーー」


 自分が今言ったことの異質さに気づき、俺は黙り込む。


「その主人公が何とかは分からないけど、とりあえず自分とういう人間に励ましの言葉を与えてくれた事は分かりました!」


 三人の間に沈黙が訪れる。

 『ヒロイン』は今ある状況に混乱して俺の顔を見つめて、『主人公』は良く分からないがとりあえずこういう事だろう、と解釈して、俺はその二人にきょろきょろと目を動かす。


 「あっ…ほら、えっと」


 俺は自分が犯した失敗に恥ずかしがりながら言葉を並べる。


 「今の発言はあれだ。楽しくしたいな~って思ってしたことであって…」


 ただただ気まずい空気が流れる。


 (俺はまたこうやって失敗を繰り返す…)


 と、自分の失敗に悔やんでいると、


 「とりあえず…はい!」


 桜井さんが俺の右手を掴み、もう一人の右手と握手させる。


 「桜井さん…これはどういう?」


 彼女に聞いてみるが何も言わない。これはつまり「聞かなくても分かるでしょ!」という意味なのだろう。

 俺は握手をしている相手に声をかける。


 「そういうことだから拓民」


 拓民も頷いて互いに再び握手を交わす。


 「「これからよろしくな!」」


 晴れて友達になった事により濁った空気が洗浄される。

 そんな俺たち二人をみて桜井さんはクスクス笑って、


 「これからもよろしくね!」


 こうして俺が作った気まずい空気を、友達になることで楽しい雰囲気にした『ヒロイン』桜井実。


 (ある意味俺は『モブキャラ』として役目を果たしたのでは?)


 桜井さんや拓民からすると俺は、『物語』の『戦犯』だったが『ラブコメ』として見れば『モブキャラ』としての役目を果たせたのだ。

 過程はなんでもいい、ただ結果さえ良ければ。


 一段落ついたところで、空気を読んだかのようにチャイムが鳴った。



 「疲れた~やっと昼休みだよ~」


 四時間目の授業が終わった途端、隣の席に座っている桜井さんが疲労感をあらわにする。

 続けて桜井さんの前の席に座っている拓民もあくびをして、


 「高校の授業って中学の時よりも疲れるな」


 と、けだるそうに言う。


 (昼休み入ったし昼ご飯食べておくか)


 弁当を机のうえに出して蓋を開ける、それを見て桜井さんが羨ましそうにする。


 「あ~! 英くんのお弁当美味しそう~」


 拓民も「うわあ…」と俺の方を見ている。


 「みんなは弁当じゃないの?」


 俺が聞くと桜井さんは「今日弁当忘れちゃったから、売店にあるやつ適当に食べようかなって…」と答える。


 俺は『みんなは?』と聞いたのに桜井さんに続けて答えない、この『コミュ障主人公』に聞く。


 「拓民は?」


 桜井さんの方をチラッと見て友也は「俺も桜井さんと一緒で忘れたから売店で…」と言う。

 俺は出来る限り雰囲気作りをするため、全力でツッコミを入れる。


 「高校デビュー二日目で弁当忘れるってある意味凄いな!?」


 『主人公』と『ヒロイン』は俺という『モブキャラ』の華麗なるツッコミにより笑う。

 笑い終えたのか、桜井さんは立ち上がる。


 「とりあえず私はお昼ご飯買ってくるね! 拓民くん、一緒に行こ!」


 桜井さんは拓民を連れて売店へ向かうーー


 ーーはずだったのだが。


 桜井さんと拓民が振り返るとそこには、イケメンがいた。


 「これ二人のお昼ご飯な」


 茶髪のイケメン男は二人にクリームパンを渡すと、「俺も英グループに入れてくれ」と笑顔で言った。


 「英グループ?」

 「えっと?」


 突然の登場に『ヒロイン』と『主人公』は困惑しているなか俺は…はしゃいでいた。


 (おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ついに来た…『イケメン友人キャラ』!)


 俺がこうしてはしゃいでいる理由を読者の皆に説明しよう。『友人キャラ』とは『主人公』と『ヒロイン』を繋げるための『糸』のような存在であり、『モブキャラ』の次に重要な立ち位置なのだ。

 ここは『ラブコメ』のため、俺のためにもなんとかして『友人キャラ』をゲットしたいところ。

 俺は友好的な態度で話しかける。


 「俺のグループに入りたいとかなんとかだったよな? 『友人キャラ』くん、まだ席は空いてるぜ。…早く座りたまえ」


 俺は椅子から立ち上がり『友人キャラ』をそこに座らせる。

 そして桜井さん、拓民の真ん中に立って、正面に『友人キャラ』が来るような形にする。


 俺はこの場にいる四人に呼びかける。


 「とりあえず昼ご飯食べて、自己紹介しようぜ!」



 それから十分後、昼ご飯を済ませた俺達は自己紹介を始めていく。

 自己紹介は俺、拓民、桜井さん、『友人キャラ』の順番で進めていくことになり、俺は簡単なプロフィールを言う。


 「俺の名前は『黒田英くろたあきら』、趣味は特になし、勉強は得意ではない!」


 自己紹介を終えた俺は隣にいる友也に「どうぞ」と見えないマイクを渡す。


 「えっと…俺の名前は友也拓民ともやひろたみです。趣味はゲーム、得意なことはゲームです」


 拓民は俺の顔を一瞬うかがった後、見えないマイクを桜井さんに渡す。

 桜井さんは見えないマイクに困惑したが「あ、私の番ってことね!」と言ってすぐに自己紹介を始める。


 「私の名前は桜井実さくらいみのるです! 趣味はなんでもです! 得意なことは…特にないかな~」


 桜井さんは俺と拓民を遥かに超えるコミュ力で自己紹介して、「次は…うん、あなたの番です!」と名前が分からない『友人キャラ』に向けて見えないマイクを渡す。(結局見えないマイク使うのかよ!?)


 待ち望んだ『友人キャラ』の自己紹介に俺は息を荒くする。隣にいる桜井さんが「英くん、息荒くない!?」と驚いていたが今は無視だ。

 『友人キャラ』は立ち上がり『ミント』のようなスキッリとした顔で話しだす。


 「名前は草薙優斗くさなぎゆうとだ。趣味は英と同じで特になし。得意っていうかなんというか、特技は『服選び』かな…こんな感じで冴えてない俺だけど、これからよろしくな!」


 俺は素晴らしい自己紹介をした優斗に、思わず拍手をしたのであった。



 自己紹介を終えた俺達はその後、楽しく会話をしていると、『今更』俺は犯した失敗に気づいた。


 「それで英くんってば、急にお腹痛い! とか言ってトイレに駆け込んじゃってさ~」


 何が面白いのか分からないが俺の話題で笑っている三人を見ながらも内心は焦っていた。


 (ちょっと待て、『友人キャラ』の登場でテンションが上がっていて気づかなかったが、『英グループ』ってなんだよ!? っていうか『モブキャラ』が目立ってどうするんだ! やばい、またやっちまった…) 


 俺は『英グループ』を解散させるため、話題を変えようとするがーー


 ーーもう遅かった。


 優斗が「友達になった記念に、今週の土曜日近くのショッピングモールとか行こうぜ」と提案をしてしまったのだ。


 「みんな土曜日予定空いてるよな?」


 拓民は「うん」と答えて、桜井さんは「もちろん空いてるよ!」と明るい雰囲気で答えた。

 優斗たちは先ほどから一言も喋っていない俺の方をみる。


 (これは確定ルートだな)


 もしここで「予定埋まってる、ごめん」と言ったとしても、 なら日曜日だな。と『予定』が先送りになるだけなので優斗が提案した時点で『確定イベント』なのだ。

 だからここでの答えはこうだ。


 「俺もばっちり行けるぜ」


 返事を聞いた優斗は「じゃあ今から色々決めるか」と言って、その後、詳しい予定が決まったところで昼休み終了のチャイムが鳴った。

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