俺くんの感情を揺さぶるためのたったひとつの冴えたやり方

ニシマ アキト

零章 零日目 プロローグと前日譚。

ある高校生の独白①

 放課後に小腹が空いたからふと立ち寄った、という風を装って、私は駅前のファストフード店にふらりと入った。


 入口付近でやかましく騒いでいる男子高校生の一団に対して内心では殺してやりたいほどにイライラを募らせながら、だけれど外面にはその怒りをおくびにも出さない。あくまで冷静に、素知らぬ振りで、レジの列に並ぶ。


「お次のお客様どうぞー」


 私と同い年くらいの爽やかで活発そうな女性店員がそう言ったので、私はそのレジへと駆け寄る。


「コーラのSで」

「はい、コーラのSですねー。……以上でよろしいですか?」

「はい」


 言って、私は一枚の百円玉をレジのトレイに置く。それが清算されるのとほぼ同時に水滴だらけのコーラのカップを受け取った。そしてレジから離れる。あの女性店員は、百円の買い物しかしなかった私のことをけちくさい奴だと思っているだろうか。でも、当初は無料の水だけでこの店に居座る予定だったのだから、百円だけでも払ったことに感謝してほしいくらいだ。いや、そもそもただの高校生のアルバイトが、誰がいくら払ったとか気にしているわけがないか。


 そんな益体もないことを考えながら、私は店の二階へと続く階段を登る。私は自分が案外落ち着いていられていることに、いつもと同じ立ち居振る舞いを維持できていることに、自分で自分に驚いた。少なくとも、そんな益体のない無駄な思考をしていられるほどの余裕はないだろうと予想していた。私は自分で思っている以上に肝が据わっているのかもしれない。


 階段を登り切った。二階は、一階よりもだいぶ人がまばらで、開放感すら感じさせるほど席がいくつも空いていた。だが、どれだけ空席があっても、私が迷うことはない。私の座る席は予め決まっている。第三者によって、私はそこに座ることを義務付けられている。


 確か、窓際の奥から二番目、だったはずだ。


 ここで立ち止まってその席を一旦遠くから確認しようとしたりすると不自然なので、私は足を止めることなく、自分の座る席を探している風を装って、歩く。あまりにその演技が露骨だと、それはそれで不自然になるので、あくまで自然に、いつも通りに振る舞う。


 窓際の奥から二番目の席に座って、荷物を置いて、テーブルの上にコーラを置いた。それから、コーラを一口だけ飲んだ。なぜコーラという飲み物は、こういうカップのときと缶のときとペットボトルのときで、こうも味が変わっているように感じるのだろうと考えた。


 そういうくだらない思考をする裏で、私はタイミングを見計らっていた。二階にいる客の数は、私を含めずに五人。一見すると今は誰も私に注目していないが、何かの拍子に私の不審な挙動が誰かの視界に映ってしまうかもしれない。だから、私は自分の身体を動かして影をつくって、うまく死角を作れないかと身体の角度を模索していた。


 そして、丁度よい角度を見つけてから、身体をテーブルの下に向けて、私は足元にあった客の荷物を入れるための籠の中を確認する。ここに、私の目的のブツがあるはずなのだ。


 …………あった。


 そのなかにあった、ガムテープが張られた厚みのある紙袋を取り出して、そしてそれを触って中に入っているものの感触を確かめる。確かな鉄の重さと、手触りだけでも伝わってくる重厚感。よし、ちゃんと中身も入っている。


 私はそれを、素早くでもなくゆっくりでもなく、周りの人の目に不審だと映らないように、参考書でもしまうように、鞄の中にしまった。


 よし。これでとりあえず、このファーストフード店の用事は済んだ。


 用事は済んだけれども、ここで真っ先に帰るとそれはまた不自然なのだ。このコーラを飲み切るまではこの席に座るとしよう。


 窓の向こうの、下の道路を歩いている人々を眺める。この紙袋を手にした後だと、もうどの人間に対しても、紙袋を手にする以前とは見方が全く変わってしまう。どうしようもなく自分が上の立場なのだということを自覚せずにはいられない。思わず口角が緩んでしまう。一人で不気味に笑っている高校生は、不自然に映るだろうか。


 まあ、でも、もうそれもどうでもいいか。


 よく考えてみれば、どうせ不自然に思われたところで、そんなことなど気にする必要がないのだ。そんなことを気にしているような心持ちでいたら、私がこれからしようとしていることは到底まっとうできないだろう。


 そう、私は今この瞬間から、この国において物理的に武力的に強い人間の部類に入ったのだから、今までの弱い自分の価値観は捨てたほうが良いだろう。ものすごく少なく見積もったとしても、私はこのファーストフード店にいる人間の中で確実に一番強いのだから、もっと自信を持つべきだ。


 私は一気にカップの中のコーラをストローで完全に吸い上げてから、席を立ちあがってカップをごみ箱に放り込んで、店を出た。


 あとは家に帰って、しかるべき場所にこれをしまっておくだけ。

 

 そして、しかるべき時がきたらこれを使う。今からその時が楽しみだ。


 冷静になろうと自分に言い聞かせるけれど、やはり興奮は簡単に冷めてはくれず、無意識に笑みがこぼれてしまう。


「くひひひ」


 ああ、ついに手に入れたのだ。


 私は今日、ついに実弾の入った拳銃を手に入れた。

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