神話の最弱の異端者

つやつやアンドルフ

もしも神話が真実だとしたなら

あなたは神話を信じているだろうか?

有名な神話を挙げるならば『ギリシャ神話』や、古事記で知られている『日本神話』だろうか。それらの神話は世界創生から今現在に至るまでの最初期の物語として描かれている。そして多くの場合で歴史書などでは無く、創作物として扱われる。これは何故だろうか?

これは多くの宗教や信仰にも言える事だが『神が実在している』という事実を誰もが認めざるを得ない物が現代に残されていないからだと言える。神々の御業とされていた自然現象は科学的に解明され、人体の不思議も生物学で解明された。さらに地球の誕生から現在に至るまでの歴史も地球科学的と世界史学によって判明された。今まで神の御業だと思われていた物の殆どが人類の進化と進歩によって解明され、その神の信徒以外の人類は神の存在を疑うようになったのだ。

ではもしも神が実在し、今現在も強く影響が残っていたとすれば?その影響の形は様々なものを挙げられるだろう。『抽象的なものではなく現物を目視することが出来る加護』。『神々の血が流れている子孫』。『原初の巨人から造られた世界と宇宙樹ユグドラシル』などがそれに当たる。

もしも上記のいずれかが現代に置いてもその存在が証明できる、もしくは古来よりの言い伝えが世界中に継続していれば人々は何の迷いも疑念も無く、神を信仰していただろう。


物語の語り手たる私がこれから披露するのは神話に記されていた神が実在し、地球の人々がその神々を信仰しているような世界のお話。そして一つ覚えておいて欲しい。今から語る世界と我々の世界との違いは『全ての神話が事実だった』というものしか無いのだ。











その少年『鮮野あざの 明星みょうせい』は災難に見舞われていた。なんと約数年前に両親が失踪してしまったからだ。

忘れたのか、もしくはわざと残していったのかしばらく暮らしていけるだけの金額がはいっていた通帳とカード、印鑑のみ残っていたが、それも今月で無くなってしまう。これでは進学も出来る金もない。

昔から少し…いや、かなり自由人な両親であったものの、このような息子の生活を苦しませるようなことはしてこなかった。

だからこそ鮮野は動揺していた。


「これから生活どうしよ…」


とりあえず困惑してはいるものの優しい目付きの目を閉じながら思考する。

取り乱さないあたりで両親がどれだけ自由人で、どれだけの回数鮮野を困らせていたのか伺えるだろう。もう「こういうこと」には慣れてしまっているのだ。

動揺はしているものの、冷静に考えた結果必要最低限を残して家具を売ることにしたようだ。売ることが出来れば当面の生活費は賄えるだろう。

そんな考えの元、売れそうな家具とボロボロだったり、落とせない汚れが着いてしまって売れなそうな家具を選別していく。だが、鮮野は肝心なことを思い出した。


「家具ってどうやって売るんだ?」


持ち運べるものならばいいが、さすがにベッドやソファーなどは自力でリサイクルショップに持っていくことが出来ない。


「ちょっと調べてみるか」


そう、彼の手には文明の利器スマートフォンがあるのである。このスマホだけは両親から持つことを強制されていたのもあって、長く使えるように当時1番新しいものをつかっている。

スマホをスリープ状態から解除する。

するとスマホから尋常ではない程の強い閃光が溢れる。


「は?!なに?!」


驚いている間にもどんどん光は強くなっていく。

部屋中が閃光に満たされた時、フッと人影が消えた。かつてそこにいた人影の元には残高が五桁を切った通帳だけが残っていた。





場所は変わり緑豊かな森に囲まれた平原に移り、なんの前触れも無く平原の中央に閃光が走る。

次の瞬間、海のような濃い青色の髪に一筋黒のメッシュが入った優しい目をした整った顔の少年が呆けた顔で突っ立っていた。


「へ?」


その少年は家の中に居たのに森に囲まれた平原に自身がいることに驚いている。


「いや、ここどこよ」


だが、やはり親の教育(笑)の賜物か直ぐに落ち着きを取り戻し、手で持っていたスマホを使って位置情報を掴もうとする。


「あれ?電波通ってない。森の中だからかな?」


スマホは起動したものの電波を受信出来ないのであればまともに使うことが出来ない。

この時点で現状確認をする方法が探索以外無くなってしまった。


「とりあえずどうしよう…」


どこかの建物に行くとしても道がなく、森の中に円形に平原が広がっているのでどこから行けばいいのか分からない。

人気も無さそうだし歩くほかない、と取り敢えず適当に進み出した。








「薄暗くて気持ち悪いなぁ」


と、そんなことを呟きつつひたすらに真っ直ぐ進んで行く鮮野。

一応スマホでライトを付けることが出来るが、充電をする手段がない以上、夜になった時などに充電を取っておきたい。

一応雑草も背が高いわけではなく、森の木も少し間隔を開けて立っているため普通に歩けている。

街の位置は分からないものの、一歩一歩しっかりと進んでいく。歩いていればいつかは森を抜けられると信じて。ケータイで遭難したと連絡することも考えたが、電波が繋がらないここでは無理だ。


どうやって森を抜け出そうかと考えながら歩いていると、なにか敵意のこもった視線に気がつく。


「この森の原住民か?」


そう考えてゆっくりと手を上げ、戦う意思は無いとアピールする。それを知ってか知らずか足元に一本の矢が飛んできた。

そしてその声の持ち主は後ろから足音を立てて鮮野に接近するのだが、その足音にアザノ違和感を覚えた。

「ここは我々ケンタウロスの中でも随一の武力を誇るホリン族の縄張りだ。お前は一体なんのためにここまで入ってきた?」


(ケンタウロス?!)


ケンタウロス。馬の下半身を持ち、上半身は人間のような見た目をした神話上の生き物である。鮮野の感じた違和感の正体は草を踏みしめる四つのひづめの音だったのだ。

鮮野は手を上げながら振り返りその姿を確認する。そして目に映ったのは茶髪に碧眼へきがんの男の顔と身体を持ちながら、下半身は馬という、おおよそ現実的では無い生き物がこちらに弓を引いたままにらんでいる姿だった。


「答えろ。お前は我らの縄張りに何をしに来た」


「い、いや。たまたま迷い込んでしまっただけなんです。別に何か目的があったわけじゃないです」


するとケンタウロスの視線は更に鋭くなった。


「ここは古来より、我々の縄張りだ。ヒトの世界でも常識である。それ故に人はこの森、更にはこのような深い場所までは目的も無しに入って来ることはありえない」


(やばい。何とかしてこのやばい誤解とやばい状況を変えなければ)


「実は俺のケータイが光ったと思ったら、気がついたらここの森の中にいたんです」


「何を言っているのだ?」


ケンタウロスは疑念を深める。それもそのはず。いきなり与太話のような事を言われても理解することは難しい。

これを受けてケンタウロスは更に警戒を強める。

それを受けても尚、鮮野は話かける


「私は珍しい山菜を摘みにここまで来たのですが道に迷ってしまって。あなた達の縄張りに入るつもりはなかったんです。ただ迷っただけなので街の方角を教えて頂ければ帰ることが出来るのですが」


どうやら鮮野はただの迷い人ということにするらしい

ようやく理解の及ぶ話を受けて少し考え込むケンタウロス。


「いいだろう。三時の方向に街がある。私が案内するが、私に背を向けて歩いてもらう」


ケンタウロスは引き返すのなら後の事は関係ないと決めたようだ。

その言葉を聞き、鮮野は首を縦に振った。

そして鮮野は言われた通りケンタウロスから見て3時の方向に歩き出す。その後ろから弓を下ろしたものの、いつでも矢をつがえる用意をしたケンタウロスが歩き出した。


こちらに背を向けて歩く、というのは鮮野が先行し、その後ろから着いてくるという事だ。一見親切に見えるかもしれないが、ケンタウロスは正体不明の人間が縄張りに入ってきたと思ったら、素直に帰路に着くのだ。警戒するのも当然である。

ケンタウロスは見張りも兼ねながら進んでいく。


「…っ!!」


そしてケンタウロスはこちらを伺うような視線に気がつく。


「人間!止まれ!」


その声を受けて素直に鮮野は止まる。

その瞬間、鮮野の目の前を高速で何かが通り過ぎた。その何かの進行方向を見てみれば一つの矢が大木に突き刺さっていた。

それを確認した鮮野は後一歩でも進んでいたなら、後少しでも止まるのが遅れていたなら、を考え命の危機を察する。鮮野に戦慄が走る。それにより立毛筋が収縮し、全身の産毛を逆立て鳥肌が現れる。


「貴様らは外部のケンタウロスか!!」


鮮野と共に行動していたケンタウロスが大声で問いかける。

その声にハッと我に帰った鮮野は攻撃した者を確認しようと矢が飛んできた方向に視線を向けた。

ここより5メートルほどの段差があり、そこには茶髪碧眼のケンタウロスとは別の浅黒い肌をしたケンタウロスが二人立っていた。


姿を現した二人の浅黒い肌をしたケンタウロス。それぞれ赤髪と黄髪おうはつの髪をしたケンタウロスは赤髪が棍棒を持ち、黄髪は弓矢を持っている。

赤髪は棍棒を肩に担いだまま鮮野あざのと行動していた茶髪碧眼ちゃぱつへきがんのケンタウロスに声を飛ばす。


「我らは最も誇り高いケンタウロス一族、ナーズ族である!貴様らホリン一族の縄張りを明け渡して貰おう!」


赤髪のケンタウロスがそう声を張り上げた。


「貴様ら侵略者に我らホリン一族の縄張りを譲ってやる道理はない!」


そう茶髪のケンタウロスは言い返す。そして鮮野に小さな声で言い渡す。


「少年よ。我らケンタウロスの縄張り争いに人である少年を巻き込むわけにはいかない。二人の相手は私がする。少年はこのまま後ろに走れ。」


そう言って茶髪は赤髪と黄髪に向けて矢をつがえる。だが少年は自身の命の危機に身がすくみ、動くことが出来なかった。


「どうした少年!早く行け!」


焦るように茶髪言い放つがその瞬間、赤髪が跳躍し、黄髪が弓に矢を番えた。鮮野はまだ止まったままだ。動くことが出来ないのを見透かしたのか、赤髪が空中から棍棒を振りかぶり鮮野に迫る。


(あ、死ぬ…)


棍棒が鮮野に振り下ろされる、その瞬間に茶髪が空中にいた赤髪の身体を横からその馬の後ろ足で蹴りあげる。

その光景を見て鮮野は逃げる、もしくは戦わなければ命を落とすことをようやく理解し、行動することができるようになった。

鮮野は黄髪がこちらに矢を向けていることに気が付き、勘に従い必死に横に転がる。直後、鮮野が立っていた場所に矢が飛んでいた。鮮野は黄髪が矢を放つ前に咄嗟に転がったが、その直後に矢が飛んでいた。まさに銃弾かのような常識外れの速度で矢が飛んでいたのだ。あのような速さで正確に矢を射ることができるのは膂力りょりょくが優れている証拠であり、積み重ねた鍛錬と射撃のセンスが優れている証拠だ。

矢を放つ前に避けなければならない事を把握した鮮野は黄髪の動きに全神経を向ける。

その鮮野の隣では茶髪と赤髪が熾烈しれつな戦いを繰り広げていた。茶髪は棍棒を持つ赤髪に弓矢では不利だと悟り距離を取る。ならばと赤髪は鮮野に攻撃をしようとそちらに意識を向けるが


「ナーズ族よ!よそ見をするとは随分と余裕があるようだな!」


それはさせまいと茶髪が矢を放つ。

咄嗟に赤髪が矢を手に持つ木製の棍棒で矢を受け止めた。


「戦神アレスの子孫である俺にそんな貧弱な矢が当たるかよ!!」


そう言って赤髪は邪魔な茶髪から仕留めることを決めた。

その一方、鮮野は黄髪の挙動に注意を払いながら思案していた。そう、彼にはまだ「逃げる」という選択肢があるのだ。開けた場所ならば話は別だが、ここは森の中。矢を防ぐことが出来る遮蔽物しゃへいぶつである木が大量にあるのだ。これを黄髪と自分の間に挟みながら逃走すれば矢は当たらず、茶髪の方に集中してくれる可能性もある。彼はそんな自身が助かるための打算も考えながら黄髪と立ち会う。黄髪は矢を手に持ってはいるもののこちらの様子を伺っている。矢にも限りがあるので無駄撃ちはしたくないのだろう。鮮野と茶髪との戦闘で全て矢を使い切ってしまったら帰り道が危ないからだ。それを見て鮮野は逃走を選ぼうとした。恐らく木に身を隠しながら移動すれば深追いはしてこないだろうと考える。


その時だった。


「ゥガァァァッッ!!!」


赤髪の右からスイングした棍棒が茶髪の左腕を捉えていた。その打撃はとても重量のある棍棒を振れるような速さではなかった。

ありえない速さの棍棒が激突した茶髪の左腕は本来曲がってはいけない方向に大きく曲がってしまっている。

言葉にならない絶叫を上げる茶髪のケンタウロス。その茶髪に頭に最後の一撃を食らわさんと赤髪は棍棒を振りかぶる。




その光景を見て鮮野の頭の中には逃走という選択肢は残っていなかった。




英雄ヒーローとは自身を顧みず、自己犠牲によって多くの人々を救った者だった。


英雄とは不可能を可能にし、数多の試練を乗り越える偉業を成した猛者だった。


英雄とは他人の為に自身よりも強大なものに立ち向かった者だった。


ギリシャ神話で登場する多くの英雄は大多数が神の血を引いた偉大な血統の者だった。


だが鮮野はただの人間である。馬の下半身の人より優れた筋肉も、矢を音速のような速さで打てるような、重い棍棒をありえない速度で振るうような膂力も技量も才能も無い。


だが鮮野は赤髪のケンタウロスに向かって走り出していた。




何故かは鮮野自身も分かっていない。




ただ、鮮野は目の前に傷ついてる人がいれば手を差し伸べることが出来る人間なのだ。




ましてや自分を逃がそうとしてくれた、自分を助けようとしてくれた者が目の前で傷ついてるいるのに我が身大事さに逃走を選ぶことができなかった。




その優しさ故に『目の前で傷ついてる人を守る』という選択肢を、『戦って守る』という選択をした。


その時、神の血が流れてなくても、臆病でどれだけ自身の命を大事にしていようとも、確かに『英雄』は存在を現したのだ。




「やめろぉぉぉ!!!」




そう絶叫しながら棍棒を振り下ろす赤髪の体に突進する。


その突進を受けた赤髪の振り下ろした棍棒は茶髪の身体スレスレの場所に落とされる。


「なんだ人間!!お前のような戦い慣れしていないビビりには用はねぇ!!」


そう言って赤髪は未だに自分に接着している鮮野を乱暴に突き飛ばす。


「その人に手を出すな!!!」


二、三回転がされるも果敢にそう赤髪に叫ぶ。


「うるせぇガキだな。お前から殺してやろうか。ってなんだお前は!体から全く神力じんりきを感じないじゃねぇか!そんな雑魚が俺に歯向かうなんて笑い話にも程があるぜ!」


「神力?何を言っているんだお前は!」


途中から理解の及ばない単語が出てきた鮮野はそう聞き返す。


「んな事も知らねぇのかよ。お前に教えてやる義理はねぇよ。純血の人間風情がアレス神の子孫たる俺に殺されるんだ。よかったな!光栄な死を迎えられてなぁ!」


そういいながら鮮野に歩み寄っていく赤髪。

迫る赤髪に恐怖を感じながらも、鮮野は見た。

赤髪の後ろにいた黄髪が矢をつがえるのを。

黄髪のケンタウロスが矢を向けた先はあまりの痛みで気絶している茶髪のケンタウロスだった。

それを見た鮮野は咄嗟に走り出す。だが黄髪のケンタウロスは矢を放ってからほぼ同時に相手に命中させることが出来るのだ。もういくら急ごうが止めることは出来ない。

そこまで考えついた鮮野は強く、必死に想う。


(神様でもなんでもいい!あの人を死なせないでくれ!俺にあの人を助けさせてくれ!俺にあの人を助けれる力をくれ!!)


危機的状況に陥った時にだけ神を信じ、神頼みとはなんとも愚かで、いやしい行いだろうか。


そう自覚しながらも必死に強く願う。


必死に祈る。


その瞬間、鮮野から強い閃光が走る。


それに驚愕する赤髪だったが、黄髪は動じすに矢を放った。何事にも動じす、冷静に相手の命を奪う。そのような精神力が備わっている彼は非常に優秀な狩人なのだろう。だが彼も次の瞬間に驚愕で顔を覆い尽くすようになる。なんと、赤髪の前にいた鮮野が茶髪の前に立ち、放たれた音速の矢を掴んでいたのだ。更に鮮野は変化していた。その音速の矢を掴んだ動体視力、膂力。更には自身と茶髪の距離をを一瞬で詰めた速さ。だが鮮野の最も目立ち、わかりやすい変化は見た目だった。その海のような深い青だった髪の毛は真っ白に染まり、元々黒かったメッシュはそのままに。敵に向けられているからか、元々優しい目付きをしていた目は冷静に、冷酷に細められていた。だが赤髪と黄髪のケンタウロスの2人が感じた変化はこれだけではなかった。


「お、おい…あいつの体からは一切神力を感じなかったぞ…なのに…なんであいつ…」


赤髪が狼狽えるように呟く。


「あれは最早子孫というレベルではあるまい…半神半人か、もしくは神そのものか…」


こう呟いたのは初めて言葉を発した黄髪だった。二人は神の子孫であり、神の血が流れている。それ故に二人は感じることが出来たのだ。変貌した鮮野から激流のように放出される、その神気を。変貌した鮮野からは激流のような神気が溢れている。その圧に只者ただものではないと悟った赤髪と黄髪は鮮野に攻撃を始める。赤髪が鮮野に肉薄し、棍棒を振り下ろす。だがその棍棒は鮮野に届くことはなかった。


「はぁ?」


赤髪は間抜けな声を出しを出してしまう。それもそのはず。なんと赤髪の棍棒は鮮野に届く前に溢れ出る神気に耐えることが出来ず、砕け散ってしまったのだ。棍棒が砕け散った直後、黄髪おうはつの放った矢が鮮野の頭目掛けて飛んでいく。その矢には黄髪の祖先の神たるアポロンの神気が纏われており、その破壊力は今までった矢の威力の比ではない。だが鮮野は腕を矢に向かって振りかざすだけで、音速で飛んでくる矢を神気の圧によって吹き飛ばしてしまった。それを見ても尚、赤髪は瞬時に拳で戦うことを選択する。重さのある棍棒を高速で振り回すことが出来るその剛腕で鮮野の顎を捉えようと、アレスの神気を纏わせた拳で右ストレートを繰り出す。そしてその拳は鮮野の顎を捉える…かのように見えた。鮮野に当たるかのように思えた赤髪のその剛腕は無くなっていた。だが痛みは無い。血も出ていない。ただ、その腕はかのように無くなっていたのだ。


「ヒッ…!」


流石の赤髪もこのような理解し難い事象に戦慄せんりつし、恐怖する。


「撤退だ!アーザン!!」


焦るように黄髪が言う。だが、アーザンと呼ばれた赤髪は腰を抜かしてその場にへたりこんでいた。そのアーザンに鮮野は手をかざす。


「あっ…」


恐怖を目に宿し、鮮野を見る。その目には慈悲じひ慈愛じあいの心は無く、ただ冷たい目をしていた。急にフッとアーザンが消える。その冷たい目がアーザンという存在の最後に見たものとなった。一方的に存在が消されてしまった同胞を見て、黄髪のケンタウロスはその馬脚ばきゃくを活かし、鮮野に背を向けて走り出す。だが、逃走は鮮野は許さない。鮮野は背を向けて走る黄髪に向けて手をかざすと神気を放出した。


「アガッッ!」


その神気は衝撃波となり、背中に強い衝撃を受けた黄髪は数メートル吹き飛んだ後、意識を手放した。


戦闘とは言えない、一方的な蹂躙を終えた鮮野は背に庇っていた気絶している茶髪のケンタウロスに優しく触れる。その目は戦闘時には考えられないほど優しく、慈悲と慈愛に満ちていた。茶髪の体に激流のような神気と打って変わって、せせらぎのような優しい神気が流れ込んでいく。その神気の効果か茶髪のケンタウロスの体は瞬く間に正常な状態に戻っていく。アーザンによって粉々に砕かれた左腕も本来の形に戻り、擦り傷などの外傷も治っていく。そして茶髪の治療が終わった直後、鮮野の周りに放たれていた神気と、鮮野の神力が嘘のように霧散むさんし、黒のメッシュを残して白く染まっていた髪の毛が元の海のような深い青色に戻る。力を使い果たしたのか、鮮野はその場に倒れてしまった。


その直後だった。


鮮野の数メートル前に全高八メートルはあろうドス黒い穴が現れる。その穴からは尋常じんじょうではない量の神気が漏れ出ている。


「なんなんだ…これは…」


力のない声で鮮野は言う。力を使い果たした鮮野はただ、その黒い穴を見ていることしか出来なかった。その黒い穴が現れてから十数秒後、それは現れた。その怪物は三つの首を持ち、地獄の番犬としてあまりにも有名だった


「…ケルベロス…?」


その怪物を鮮野は知っていた。全長十メートルはあるであろう黒い体毛に、三つの首、それぞれの頭に備わっている牙はナイフのように鋭く、眼光はえた猛獣のようだった。そして今自分が置かれている状況も理解していた。動くことが出来ない自分に、気絶している茶髪のケンタウロス。どちらも無傷ではあるものの、戦うことも、逃げることも出来ない。穴から這い出てきたケルベロスは足元に転がっていた気絶している黄髪のケンタウロスを口に入れ、咀嚼そしゃくを始める。


(あぁ、俺はここで死ぬんだ…でも誰かを守って死ねるのなら…)


鮮野はそう思っていた。だが気がついた。

例え自分が先に犠牲ぎせいになったとしてもその後は彼の番だと。

気がつけば体は動いていた。少しでも時間を稼ぐ。自分が気を引いている間に気絶している彼が意識を取り戻す事に賭けて。鮮野はアーザンと黄髪との戦闘で落下していた手頃な木の枝をもち、黄髪の捕食を終えたケロベロスに向かって投げつけるのと同時に疲れきった体で渾身力を振り絞りの走り出す。


(よし、意識はこっちに向いてるな…あっ)


だが、数メートル走った鮮野は疲れからか、足をほつれさせて転んでしまう。ケルベロスがそんな大きな隙を見逃すわけがなく、その人一人分程の太さの前足に生えた鉤爪で鮮野の身体を切り裂かんと飛びかかった


(あぁ、今度こそ死ぬんだ…)


そう、鮮野が思った時だった。死を覚悟した鮮野の前に急に鮮野のケルベロスの間に立つように人影が現れた。だがケルベロスは目の前に現れた人など関係なく、無慈悲に前足を振り下ろす。しかし、その人はなんとケルベロスの前足を左手だけで受け止めていた。


「よっ!ワンちゃんやってる?」


とまるで屋台のおでん屋に入ったおっさんのようなことを言いながら、その人は左手に神気を込めていく。するとその人に触れたケルベロスは瞬く間に小さく、幼くなっていき最終的には消えてしまった。


「ねぇ、そこの転んで死にかけたキミ。生き物は赤子より時をさかのぼったら何になると思う?」


鮮野は振り返ったヒトに問われる。


「死んだたましいは冥界までいき、忘却ぼうきゃくの川と呼ばれる浴びたら何もかもを忘れてしまうレテの川を潜り、前世の記憶を消去して転生するんだ」


鮮野はそのヒトの顔を確認した。若々しい口調に反してだいぶ老け込んでいた。顔にはシワができており、白髪をオールバックにしながら、ひげっている。


「生まれる前に遡るのなら、勿論もちろん魂になる訳だ。生を受ける前の死んだ状態に戻る。それを君は『殺し』だと思うかい?」


そう老人は鮮野に問いかける。


「答えはまだ出せなくてもいい。だが、必ず自分の答えを見つけなさい」


軽かった口調が真剣味を増している。だが鮮野は質問の意味を理解できていなかった。


「で、キミ。唐突だけどオリンポス英雄学園に編入してみないかい?」


老人はこれまた軽い口調で急に鮮野に告げた。鮮野は困惑している。だがそれも無理はない。知らない森に放り出されてケンタウロスに遭遇した挙句、また別のケンタウロスに襲われ、退けたと思いきやケルベロスが襲いかかってきた。更にこの目の前の老人がケルベロスを消したせいで更にわけが分からなくなっていた。 困惑している鮮野を見た老人は何かを思い出したかのように左の手のひらに握った右手をポンッと乗せた。


「あぁ、だいぶ消耗しているんだったね!今すぐ回復しよう!僕としたことが失念していたよ!目の前で倒れたままだってのに!」


愉快、愉快というようにに笑う老人。

鮮野そんな老人に苦笑いを向けることしか出来なかった。


「すみません。俺よりもあそこで倒れているケンタウロスの人の方が心配ですので先にあちらをお願いします」


丁寧な口調で鮮野は老人に茶髪のケンタウロスの回復をお願いする。


「おっけー」


それを聞き老人は軽いノリで茶髪に向かっていく。鮮野はあの老人に任せて大丈夫なのだろうか?と不安になったが、目の前でケルベロスを消したのを思い出した。あれだけのことが出来るのだ。回復手段ぐらいは何かしら持っているのかもしれない。茶髪のケンタウロスの元まで移動した老人が体に手を触れると呟いた。


「お、もう回復終わってるじゃん。気絶してるだけか」


老人はケンタウロスはただ気絶しているだけなことに気が付き、その頬を強く引っぱたいた。


「痛っ!?」


頬に走った激痛にケンタウロスは意識を取り戻し、老人はケンタウロスに話しかけた。


「なに子供一人ほっぽいて寝てんのさ。ほら、キミはもう帰っても大丈夫だよ。」


そう老人は言い放つが、その間もケンタウロスは辺りを見渡していた。


「あの、ご老体。ここにナーズ族の者が二人いたと思うのだが…」


未だに倒れたままの鮮野を指さして老人は教える。


「あぁ、それならあそこに倒れてる彼がやっつけたよ。」


それを聞いてケンタウロスは目を丸くして驚いた


「なんと!彼は大丈夫なのですか?」


「大丈夫だよ。ただ疲れてるだけみたいだから」


「あの少年には礼を言わなければなりませんね。命を助けて頂いたのですから」


「立てるかい?」


「はい、おかげさまで」


そう言って逞しい馬の下半身を起こしケンタウロスが立った。どうやら体に異常は無いようである。ケンタウロスは老人に一言礼を言い、鮮野の元へ向かった。ケンタウロスはまだ疲労によって倒れている鮮野の傍に膝をつくとお礼と謝罪の言葉を述べる。


「少年。自らの命を賭けて私を助けてくれてありがとう。そして済まなかった。少年を守ることが出来なかったばかりか、私は少年に弓を引いてしまった」


どうやら命を賭けて助けてくれた鮮野に対し、怪しがって弓を引いていた事に罪悪感があるようだ。


「いえいえ、仕方のないことですよ。俺だって同じ立場だったらそうしますよ」


「そのような言葉まで頂き、申し訳ない。今は何もお礼することは出来ないが、必ずこの恩は返そう。私の名前はリユン。少年の名前を聞きたい」


「俺の名前は鮮野 明星(あざの みょうせい)です」


その名前を聞きケンタウロス、改めリユンは思案顔をする。


「アザノ ミョウセイ…二つ名前を持っているのだな。この国とその周辺国は身分の高い名のある名家しか家名を持っていない。名乗る時はどちらかにしておくといいだろう。家名をもつような裕福な家は面倒な連中に狙われやすい。金目的の誘拐や暴行、窃盗などの事件に巻き込まれることも多いのだ」


そう鮮野に説明するリユン。


「色々なことを知っているんですね」


「この程度は常識の内だ。他にも分からないことがあったら聞いてくれ。恩返しになるとは思っていないが」


「すごく助かります」


「そう言ってくれると嬉しい。ちなみに名前はどちらを名乗るか決めたのか?」


鮮野は少し考え、決めた。


「『アザノ』と名乗りたいと思います」


ミョウセイだとあまりにも日本人っぽすぎる。恐らくこの人たちの見た目からしてここは日本ではないだろうとアザノは見ていた。

ならば姓名のアザノを名乗った方が余計なことを聞かれることが少ないだろうと考えた結果だ。アザノはこの世界を、ケンタウロスやらケルベロスやらがいるため、恐らく元いた地球とは違う星か、違う世界だと考えており、無闇に自分の出身地を言うべきではないだろうとも考えていた。出身地などを聞かれても困るのだ。もしもこの世界に日本という国が存在していなかったら別の世界から来ていたことがバレてしまうかも知れない。そうなればその国の研究機関に異世界人として捕らえられ、研究された挙句解剖までされてしまうかもしれない。そんな想像をしたアザノは冷たい汗をかいていた。


「おーい!話は終わったかな?」


そんなアザノを知ってか知らずか、空気を読んで少し遠くで様子を見ていた老人が近づいてきた。


「そろそろ君の回復を始めるよ。なぁに、外傷は無いし、骨折も内蔵の損傷もしていない。産まれたてのように無傷だから安心しておくれよ。疲れをだけだから。」


怪我はない。とアザノを安心させるためかそう言った老人は未だ倒れたままのアザノの体に触れる。するとアザノは自身の変化に気がついた。


「疲れがとれていく…」


「疲労だけを戻しているからね。キミ、多分明日には全身が筋肉痛になると思うよ」


不思議そうにしているアザノに、にこやかな表情をしてそう告げた。


「えっ!?それは治せないんですか?」


その問いに老人は首を横に振る


「僕は君の体の状態を正常なだけだからね。治せるけど、筋肉痛は筋肉の成長痛だ。学園の長として子供の成長する機会を奪うことは出来ないよ」


君の成長するチャンスだから治さない。その言葉を受け、アザノは落ち込む。


「痛いのは嫌だなぁ…」


だが、アザノは相手が自分のためにしてくれていることに文句を言うことは出来ない。


「そろそろ大丈夫かな?」


そう言って老人はアザノから手を離す。


「はい。ありがとうございます」


お礼を言いつつアザノは立ち上がる。疲労でぶっ倒れた数分後とは思えない程体が軽い。そうアザノは感じたながらも明日襲ってくるであろう筋肉痛に憂鬱な目をしながら思いを馳せる。そんな様子のアザノに老人は話しかける。


「オリンポス英雄学園に入ってい見ないかい?キミ!」


これまた唐突なお誘いである。


「キミ、どうせ身寄りがないんだろう?分かってるよぅ、分かってる!安心しておくれよ!僕の学園は完全寮制さ!学費も私のポケットマネーから出そう!」


ケルベロスを消した老人は困惑しているアザノを見て続けて言う。


「あ、唐突でびっくりしたよね!とりあえず近くの街まで行ってご飯でも食べながら話をしよう!道すがらこの世界に関しても話しておこうかな!」


そう言って歩きだす老人。とりあえずその後をついて行こうとアザノもリユンと挨拶をする。


「リユンさん、どうかお元気で。またどこかで会いましょう」


「アザノ君。君から受けた恩は一生忘れることはない。我が弓と、我が祖先であるアポロン神に誓おう。困った時はここの森まで来てくれ。きっと力になろう」


そう言ってリユンも老人とは逆方向に歩き出した。


その背中を見送ったアザノは振り返り、背が小さくなってしまった老人に向かって歩き始めた。











ここまでは代々私の家に伝わる伝記である『最弱の異端者-序章-』の内容である。この続きの伝記である『最弱の異端者-一章-』では英雄アザノの一人称で記されていた。本人の感じたことや思ったことも良く記されていたのでそのまま語りたいと思う。











「まずは自己紹介といこうか。僕の名前はドビデン。オリンポス英雄学園の学園長をしてるよ。」


老人はようやく追いついた俺に話しかけてきた。自己紹介をされたのなら返さないと失礼だよな。


「俺の名前はアザノです」


俺の自己紹介を受け、ドビデンと名乗った老人は不思議そうな顔をした。


「キミ、姓名も持っているだろう?あぁ、リユン君からの助言か。確かに姓名を持っているとお金関係の事件に巻き込まれやすいからねぇ」


ドビデン学園長は理解の色を示した。飲み込みが早いのは流石学園長といったところだろうか。


「はい。姓名の『鮮野』を名乗ることにしました」


「うん。それがいいよ。さて、とりあえず街に行ってご飯でも食べながらでも話をしようか。オリンポス英雄学園の話もそこでするよ。お金は僕が出すから心配しないで!」


「ありがとうございます!」


そう、ほぼノータイムで返事をした。先程の戦闘でエネルギーを使ったからかお腹がペコペコだ。


「うん。いい返事だ!それじゃ、道すがらこの世界の話でもしようかな!」


そう言って年老いた見た目に似合わない軽い足取りで学園長は歩いている。


だけど俺の中で一つ疑問が浮かんだ。なんでこの人は俺が異世界から来たと知っているような口ぶりなんだろう?そんな疑問を浮かべていたが街に向かう間、ドビデン学園長は俺に過去の歴史を語る。



この国とその周辺はなにも存在していなかった。ある時、大きな空間、虚空カオスが現れた。

するとその暗闇から大地の女神『ガイア』が現れ、やがて天空の神『ウラノス』を生み出した。こうして大地と天空が誕生した。

そしてガイアは山々と青い海を生み出し、美しい世界を作った。

やがてガイアとウラノスは結婚し、その間に山より大きな十二柱の『タイタン族』を生み出し、次に生まれたのが1つ目の巨人、キュクロプスたちと、五十の頭と百の腕をもつヘカトンケイルだった。だが彼らの父であるウラノスは醜みにくかった自分の子供を奈落タルタロスに捨ててしまう。

その所業を知り、母であったガイアは怒り、タイタン族の十二柱に聞いた。


「誰かウラノスを懲らしめてくれる子はおらぬか」


タイタン族は誰も名乗り出ることはなかった。原初の神ともされる彼らの父でもあるウラノスの力は強大なのだ。だがそんな中一柱のタイタン族が名乗りを上げた。


「この私わたくしめが父上を懲らしめて見せましょう」


そう言ったのはタイタン族の兄弟の中でも末弟であり、農耕と時間を司る神『クロノス』だった。ガイアはクロノスにその身長程ある大鎌を与えた。

そして決行の時はやってきた。

海の近くの崖にてクロノスは岩陰に隠れ、ガイアはウラノスを待つ。

しばらくすると空からウラノスがやってきた。



「あぁ、知ってますこれ!確かクロノスがウラノスの寝込みを襲うんですよね!」


知っていることが出てきてテンションが上がる。だがドビデン学園長は首を横に振った。


「対外的にはそうなってるけど、本当は少し違うんだ」


そう言ってドビデン学園長は話を続ける。



空から飛んできたウラノスはガイアに覆い被さる。そしてその瞬間、クロノスは岩陰から飛び出した。そのウラノスの発情し、反り立った陰茎を掴み鎌を振る。するとウラノスの陰茎は切り取られ、クロノスは手に持ったそれを崖の上から海に向かって放り投げた。

その事件以降、ウラノスは姿を現さなくなり、神々の王はウラノスからクロノスへと移り代わったのだ。



「えっ!?」


思わず股間を押さえて驚愕の声をあげる。そんな俺を見てドビデン学園長は苦笑いを浮かべた。


「うん…ちょっと刺激が強いから小さい子供とかに話す時はもっと襲った辺りとかぼやかして聞かせるんだけどねぇ…僕も初めて知った時は同じリアクションをしたよ…」


まさか初代神々の王は強制去勢手術されてたなんて…


「でもギリシャ神話の主神はゼウスですよね?」


以前、読んだりしていたライトノベルにも良く出てきていた。だが。聞いた話によるとクロノスが神々の王のようだった。


「お、やっぱり名前ぐらいは知ってたか!実はもう一回神々の世代交代があるんだ!」


少しテンションが上がっている様子のドビデン学園長。そして熱そのままに話の続きを始めた。



クロノスは神々の王になり、姉の『レア』という女神を妻に娶めとった。しかしクロノスは襲撃した際、ウラノスから呪いを受けていた


「お前も自分の子供に権力を奪われるだろう!」


それを受けてクロノスはレアが生んだ神の全てを丸呑みしていった。妻であるレアは自らの生んだ子供を丸呑みにされ続け、悲しみに暮れていた。そして決意した。次に生まれる子は必ず守ろうと。

レアは次に生まれた子をクレタ島の洞窟奥深くに隠し、クロノスには産着で包んだ石をクロノスに飲ませた。そしてその隠された子こそが『ゼウス』だった。

ゼウスは祖母であるガイアとニンフに育てられた。



「ちょっといいですか?ニンフってなんですか?」


分からない名前が出てきたので質問をすると、にこやかな表情を浮かべながらドビデン学園長は質問に答える。


「ニンフっていうのは植物や水、海とか川の精の事だね。アザノ君に分かりやすく言うのなら『妖精』って言い換えた方がわかりやすいかな。基本的に若くて、美しい容姿をしてるよ。」


ドビデン学園長はそう答えて話を続ける。



成長したゼウスは兄弟達を救うことを決めた。その際、ガイアから薬を渡される


「これは飲まれた子供たちを吐き出させるための薬。どうにかしてクロノスに飲ませなさい」


それに従いゼウスはクロノスの元へ向かった。クロノスは父であるウラノスから告げられた言葉を受けて毎夜、不安で眠れない夜を過ごしていた。だがそのクロノスにもとうとう限界が来て眠ってしまった。そこにゼウスが現れ、クロノスの傍に置いてある杯に薬を注ぎ込む。それに気が付かずにクロノスは起きた後、その杯に入ったものを飲んでしまった。

その直後、クロノスを激しい吐き気が襲う。

それに耐えきれず、クロノスは今まで飲み込んだ子供達を全て吐き出した。

その子供たちは全てで海の神『ポセイドン』、結婚の神『ヘラ』、冥界の神『ハデス』、豊穣の神『デメテル』、炉の神『ヘスティア』の五柱だった。

それを皮切りにゼウス率いる神々と、クロノス率いるタイタン族の戦い『ティタノマキア』が始まった。その戦いにゼウス達はウラノスによって奈落に閉じ込められたままだったキュクロプスとヘカトンケイルを味方につけ、タイタン族に勝利した。

そうして神々の王はゼウスが勝ち取ったのだった。


「え?クロノスがウラノスから王の座を奪った時キュクロプスとヘカトンケイルは奈落に閉じ込められたままだったんですか?」


ガイアはウラノスのその暴挙を見てクロノスに大鎌を与え、襲わせたのだ。


「実はクロノスは約束を守らなかったんだよね。それを受けてかガイアはゼウスに薬を渡して協力したし、解放されたキュクロプスは凄く鍛冶とか武器作りが得意でね。ゼウスの雷を作ったのもキュクロプスたちなんだよ」


「そうだったんですか…」


正直タイタン族が負けたのは大事な約束を破ったクロノスのせいだと思う。ガイアやキュクロプス達が味方についてたら結果は違っていたかもしれないのに。


「さて、大地と空の誕生からゼウスが神々の王になるまでの話は理解できたかい?」


「はい!とてもわかりやすかったです!」


するとドビデン学園長は満足気に頷いた。


「それはよかった。今話した話はこの世界の、というよりここら一帯の国の常識だからね。親も子供に良く話をしているよ」


「えっ。あのウラノスのウラノスを切り取って海に放り投げた話もですか…?」


ブフォッっとドビデン学園長が吹き出す。


「流石にそれは教えないさ!子供には酷いことをしたウラノスをクロノスがかっこよくやっつけたって旨の話をすることが殆どさ!」


「そ、そうですよね…あ、そういえば」


何故自分が違う世界から来たかもしれないことを知っているのか聞こうとしたら話を遮るようにドビデン学園長が言った


「見えてきた!あれが学びと修練の街、『デルフォイ』だよ!」


有耶無耶にされた気がしたが、素直に前に広がる都市に目を向けた。そこには俺が思っていたよりも遥かに発達した街があった。目の前に広がるのは神話の怪物や生き物が生きていた頃とは思えない程発展した近代都市の街並。


「あっ!?」


そういえばドビデン学園長の服装も俺のいた時代にとても近い服装をしていた!あまりにも見慣れた服装だったから普通に当たり前のことだと思ってスルーしていた。


「どうしたんだい?そんな声を上げて」


不思議そうにこちらを見ているドビデン学園長。彼の服装を今一度確認してみる。ジーパンを履き、白いシャツの上から紺色のパーカーを羽織っている。あれ?思ってたよりも若々しい服装だなぁ。


「ん?僕に何かゴミでもついていたかい?」


そう言って身だしなみをチェックし始めた。


「いえ、若々しい服装だなと思いまして。とても似合ってますよ」


そう言ったら少しキョトンとした後、顔に笑みを浮かべた。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか!さぁ、街入ろう。案内は僕に任せてくれたまえよ!」


街の入口にあった関所をドビデン学園長の顔パスで通過すると俺はやはり発展した街並みに目を奪われる。


「この世界も文明的には俺の世界と同じぐらい発展しているんですね」


街並みを見ながらそう評した。どうやら時代はあまり違わないようだ。


「そうだね。もう西暦が始まって三千年経つからね」



え!?三千年?



てか西暦?西暦は基本的にキリスト教による西暦が一般的だ。でも、一神教であるキリスト教は複数神が存在しているのは許すことが出来ないはず。

あ!そういえば西暦には天文学的な数え方もあった。天文学的な西暦の数え方は紀元前を使わずに、西暦マイナス○年と表す。恐らくだがその数え方なのだろう。


「今はいったい西暦何年なんですか?」


「今年で丁度三千年さ」


ちょっと待って、色々とおかしい。俺がいた世界はまだ西暦二千年代の最初期だったはずだ。俺のいた世界より約千年進んでいるのに、何故街の発展具合が同じぐらいなんだ?


「俺のいた世界は二千年の最初期でしたがこのぐらい開発が進んでいました」


そう正直に伝える。学園長なら答えを知っているだろうという確信を持ちながら。


「アザノ君の世界は神への信仰心が世界規模で薄かったんだろう?この世界は神の影響が強く残っているのに加えて、義務教育などで神話を学ぶ。そうやって神々の認知と信仰を受け継いでいるんだ」


神への信仰と認知が世界的に広まっている。それによって神の影響が強く残っていると。


「アザノ君の世界には神話に出てくるような怪物はいたかい?」


「一応有名な名前でしたら聞いたことがあるのもいます。ですけど大体は空想上の生き物として扱われていました」


代表的な例で言うと羽の生えた天馬、ペガサスだ。ペガサスはギリシャ神話に出てくる生き物だが、実在される生き物として扱われることはなかった。


「そうなんだね。それじゃ、人同士の争いは絶えなかったんじゃないかな?」


そう言ってくる学園長の言葉は的を射ている。


「確かに人の歴史は争いの歴史、とも言われてましたね」


戦争とは無縁だった日本人である俺には実感は無いが、歴史を勉強すると次から次へと戦争は起こっている事が分かる。それは国益のためだったり、宗教上の理由だったりする。


日本では弥生時代から人同士の争いは始まった。理由としては実った穀物や狩りで得た食料の貯蔵を簒奪するためだ。


「君の世界には怪物が存在しない。これは人類共通の敵がいないことを意味しているんだ。敵の敵は味方、という訳ではないけどね。あまり人同士で争うと疲弊した国から怪物に滅ぼされていってしまうからね。その人同士の争いを妨げるものがなければ人は異なる思想、生まれなどで別れていってしまうだろう。するとどうなるか。お互いの利益と思想がぶつかり合い、争いが起こる。この場合の争いは武力衝突による戦争だけではない。お互いがお互いに負けないように、国を強くしようとするだろう。そうして強くなっていった国に攻め滅ぼされないように近隣諸国も強くならなければならない。そうやって発展していったのだろうね。自分たち人類を滅ぼしかねない敵がいない世界では」


なるほど。怪物は必要以上の戦争をさせないようなストッパーになっているということか。俺の居た世界には怪物はいなかった。

すると人は思う存分人同士で争うことが出来る。その争いに勝利するために国を強くし、それによって攻めいられないように他国も強くなっていく。


「逆に僕達の世界では人類を滅ぼしかねない怪物が存在している。戦争をするにしても怪物と戦うための貴重な戦力である神々の子孫は失いたくない。だから僕達は人同士で必要以上に争わないのさ。そういった違いが発展度合いに深く関わっているのかもね」


人同士で争っていた世界はいち早く他国より強くなる必要があった。怪物が存在している世界では人同士の争いは少なく、他国より強くなる必要がなかった。


この違いが約千年の差を埋めていたのか。


「でもアザノ君の世界にはなかった便利な物もあるよ。レストランで注文を取った時、あっという間に運ばれて来ただろう?あれも神力と神気の力さ。炉の神であるヘスティアの子孫は温度を一定に保つ能力と、料理の才を引き継ぐことが多い。そうやって美味しいものを、一定の温度に保って予め保存しておくのさ。そうしておくことで直ぐに料理を提供することが出来る」


俺はその説明を聞いて不思議そうにへぇ〜と声を漏らした。この世界は俺がもといた世界より便利な世界になっているかもしれない。だが一つ気になることがある。


「でもそれって、時間経過による劣化は防げないですよね?」


「実際にこの国の食品衛生法に『権能による保存は三十分までを衛生的とする』っていう項目もあるからその辺に関しては安心してもいいよ」


「それを聞いて安心しました」


お腹は壊したくない。それは誰でも同じだろう。


「すみません疑ってしまって」


「そりゃお腹壊したくもないしね。当然の疑問だよ」


そう言って許してくれた学園長。


彼もお腹を壊すのは嫌なようだ。


「そういえば、この世界は神話ってどのくらいあるんですか?」


神の力が強く残っているのだから神話の数の把握は大事だと思う。


なんせ神話が存在していればそれだけ強大な神も存在しているかもしれないのだ。


「世界中を数えても神話の数は基本的には四つだよ」


「え?」


今日何度目になるか分からない驚いた声を上げる。


「四つだけしかないんですか!?」


「そうだよ。全部で四つ。まずは僕達の国の神話『ギリシャ神話』、次にスカンディナヴィア半島から生まれて世界各地に広まっている『北欧神話』。

三つ目が東にある日本列島の神話である『日本神話』。最後にインドを中心に中心に南アジアで広まっている『インド神話』。この四つの神話がこの世界の主な神話だ」


「俺のいた世界ではもっと沢山神話がありました」


具体例をあげるとケルト神話やエジプト神話だ。


「アザノ君はどうやら異世界、というよりパラレルワールドから来たと言った方が良さそうだね。多分だけど『もしも神話が実話だったら』か『もしも神々の力が強く残っていたら』というところだろう」


そうこちらの視点になって考察を立てる学園長。


「アザノ君の居た世界では作り話とされていたかもしれないけど、この世界には四つ神話がある。これは言い伝えや研究者の考察をまとめた結果出された結論なんだけど、他の神話は『勢力争いに負けた』と考えられているんだ。自分達を信仰する領域を確保するためにね。この時、とてつもなく激しい争いが起きたとされているんだ。それを研究者達は『原始戦争』と呼んでいるよ。でも現在に伝わっているどの神話にも原子戦争についての記述や話はない。だからあくまで可能性の話になるね」


俺のいた世界での神話は、ただの作り話かもしれないし、真実かもしれない。


「さらに言うと、神という強大な力無くしては怪物で溢れているこの世界を生きることは出来なかった。だから人類は原子戦争で残った四つの神話の神々の元に集まり、国を作る事にしたんだ」


「それでは国は四つしかないんですか?」


「そうだね。それぞれ『ギリシャ』、『ノース』、『日本』、『インド』の四国だ。国にはその信仰する神話によって加護が与えられる。ギリシャ神話は八百万の神を信仰する日本神話には劣るものの、色んな効果があるよ。それに北欧神話の国であるノースは少し、というよりかなり特徴的な国だね」


ここまで元いた世界と違うとは思っていなかった。


「お腹が空いただろう?好きな店を選んでいいよ!僕の奢りだから!」


「それではお言葉に甘えさせていただきます」


俺は街の中を見渡していき、一つ違和感を感じる点があった。


「あの、まずここはなんて名前の国ですか?なんでこの看板は日本語で書かれているのですか?」


彼にそう尋ねた。ここが日本でなければ日本語の看板は置いて居ないだろう。もし置いていたとしても他の国の言語もある筈だ。だがこの街の看板の名前は日本語で書かれたものしかなかった。すると彼は一瞬考えるような素振りを見せ、答える。


「この国はギリシャだよ」


「えぇ!?」


俺はギリシャ語を勉強したこともなければ聞いたこともなかった。本来ならギリシャ語で書かれているであろう看板が日本語として読み取れるのも、今こうしてギリシャ人と日本語で話しているのもおかしいのだ。


「どうやら、君は僕の言葉やこの国の言語を故郷の言語として聞いたり、話したりしているようだね。確かに異常と言ったら異常だけど、身体に害は無いことを僕が保証するよ」


「不安かい?自分の体の変化が」


俺の不安を見透かしたのか質問してくる。その問に首を縦に振って肯定する。


「まぁ、誰でも変なことが起きれば不安になるよね。自分の事だと尚更。いいよ。僕が君の体のに起こった変化について気がついた事を教えよう」


そう言って学園長は語り始める。


「君のことは見ていたよ。その時は丁度赤髪のケンタウロスの腕を消した時だったね。この近隣に急に怪物が現れるって話を聞いてね。僕が直々に調査しに来たのさ。そしたらいきなりとてつもない神力を感じてね。急いで駆けつけて見れば君とケンタウロスが戦っていたという訳さ」


気が付かなかった。その時は意識はあったし、赤髪と黄髪と戦うことに必死で、周りも見ていなかった。


「君は意識はあったようだね。それに相手のケンタウロスを消し去った事もあまり気に止めていないようだ」


そう言えば俺は相手のケンタウロスの一人を消し去り、もう一人も俺が気絶させた所を後から現れたケルベロスに目の前で捕食されていたのにストレスや罪悪感を微塵も感じていない…。不気味だ。そして怖い。俺は平気で人を殺せるようになってしまっているのではないか。そんな事を考えながらも俺はドビデン学園長の話に耳を傾ける。こうなってしまった答えもこの人なら分かる気がするのだ。


「不思議な事に今、アザノ君の体からは全くと言っていいほど神力を感じない。あの時は激流の様に神気を放っていたのに。あの時、アザノ君は何か強く願ったり、祈ったりしていたかい?」


「確かにあの時、リユンさんを守りたい、助けたいって思ってました。最後には神頼みでしたけどね」


俺は自嘲するように言った。普段は神様とか信じない癖にピンチになったら神に都合よく頼み出すのだ。それは浅ましく、卑劣な思いだと自覚していた。


「そう卑下するものじゃないよ。アザノ君が元いた世界は神の力は薄れていたのだろう?信仰心なんて無くても仕方がないさ」


そうドビデン学園長は慰めてくれる


「ありがとうございます。でもこんなに神様を身近に感じることができるようになったのですから、これからは存在だけでも信じてみようと思います」


「うん。それがいいよ。この世界は神の力が根強く残っている。神自身は姿を見せることは滅多に無いけどね。祈りの一つでも捧げてみればもしかしたら気まぐれにも助けてくれるかもしれない」


優しい笑みを浮かべながらそう言っていたが、表情が真剣なものになる。


「それでね。君の体の異常についてなんだけど、結論から言うとあの時は何かしらの神の加護を与えられていたか、もしくは『君の身体に神が憑依した』かだ」


俺の体に憑依?


「その神が俺に乗り移った影響で体に影響が起きているということですか?」


神を人の身に降ろしたのだ。何らかの後遺症が残ってもなんら不思議ではない。


「察しがいいね。その通りだよ。あくまで予想だけど、かなり核心をついてると思う。おそらく君に乗り移った神は『言語の共通理解』と『精神の最適化』の能力を残して行ったんだと思う。でないと偶然後遺症がそんな都合のいい残り方をするわけないからね。確率はないことも無いが天文学的な確率になるだろう」


言語の共通理解と精神の最適化。

それが今、自分に残っている能力なのか。


言語の共通理解はほぼ全ての場合で利をもたらすとしても、精神の最適化はあまりいいものだとは思えない。


むしろその能力が怖かった。


そう思った瞬間、思い立ってしまった。


敵との戦闘を、殺し合いを繰り返し続けていたら人の命に、生き物の命に何も感じることが出来なくなっていくのではないか。


今、自分が赤髪と黄髪のケンタウロスを殺したことに何も思っていなかった。自分は正しいことをした。もはやここまで思ってしまう自分がいる。人の命はそんなに軽くないはずなのに。人の命をこの手で奪っても生存競争に勝利した。という認識しか出来ていない。

俺は自然と顔を俯かせていた。顔から血の気が引いていくのがわかる。俺はきっと今は顔が真っ青になっているだろう。


「アザノ君」


そう力強い声で自分の名前を呼ぶ人がいた。


「私は君がこことは別の世界から来たということは知っている」


なんとなく分かってた。そんなことは。


「君が元居た平和な国の命の重さと、この世界の命の重さは違うかもしれない。君の常識では命はすべからく尊く、何よりも尊重されるべきものなのかもしれない。だが、この世界は未だに平和は訪れない。無尽蔵に怪物が生み出されるからだ。人と人の争いが絶えないからだ。未だに人や神と怪物の戦いは終わっていないのだ。そんな中で、他人の命を尊重するというのは非常に難しい。そのうち他人の命を尊重するばかりに命を落とすことになるだろう」


震える唇を動かし反論する


「なら…他人を見捨てろというのですか…我が身大事さに…」


「そうだ。それがこの怪物に、敵に溢れる世界で生き残る術(すべ)だ」


なんて無慈悲で無情。残酷で残忍な世界なのだろう。

平和そのものだった日本とは全く違う。


「だが…」


ドビデン学園長は続ける。


「人類皆がそのような生き方をしてしまえばおそらく怪物に滅ぼされる前に人同士の争いによって人類は絶滅してしまうだろう。互いの尊重無くしては、人同士の平和なんぞ叶う道理も無い。では、どう生きるべきなのか。どんなに綺麗事を吐いても結局は二つに一つしか無い。『戦う』か『戦わない』かだ。しかしこれはどちらを選ぼうと正解ではない。戦えば命を危険に晒す事になるだろう。それは賢い生き方とは言えない。だからと言って戦わなければ何を守ることも、勝ち得ることも無い。ただ一人、ゆっくりと朽ちていくだけだ。それもまた人として正しい生き方とは言えない」


彼は顔を青くし、顔を俯かせて震えている俺に語りかける


「ならば何を基に生きて行かなければならないか。それは譲れない何かを大切にし、そしてそれを貫き通すことであり、それを実現するには強い意志が必要だ。それが君にはあるかね?」


俺は首を横に振る。分かるわけが無い。貫き通せるわけが無い。今までは命の取り合いなんてしてこなかった。

あの国は平和そのものだったのだ。

戦う必要も無かった。

戦う理由も無かった。

両親が失踪してからは中学生ながらも学校に許可を貰いアルバイトをしていた。それでも自分一人の生活費すら稼ぐことが出来ず、親が残した金を切り崩しながらも日々を暮らしていた。少し変わっていたが、それでも平和な日常だったのだ。

自分の命を賭けてでも貫き通す意志も持っていなかった、持つ必要も無かった。

自分以外の全てを捨ててでも自分を守る必要も無かった。そんな俺を見て彼は優しく語りかける


「君には今まで必要も無かったことだろう。だが、この世界で生きていくのに正解はない。ならば自分の譲れない矜持、誇り、信念をもって生きるしか無いのだ」


それは実際に体験した事を俺に言い聞かせるような感じがした。


「君があの二人のケンタウロスを殺したのは正しくはない。なにがあっても殺人を正当化してはならない。ただ、君は自分と、逃がそうとしてくれたリユン君を守るために命を奪わんとする者をその手に掛けた。それは間違っていたのか?」


「…いいえ…」


俺は消えてしまいそうな声で、絞り出すように返事をした。


「そうだ。君は間違っていなかった。そしてその選択は他人より自分を優先するとの同時に他人よりも味方であるリユン君を優先した結果だ」


そう優しい声で言葉を投げかけてくる。


「今、君には自分の選択を後悔する事が無いだけの信念が、意志が必要なのだ。だがそれは一人で見つけることは困難を極めるだろう」


そう言って彼は一度大きく息を吐く。


「私の学園にはそれを見つけることが出来る環境が整っている」


そして今までで一番の意志の強さを見せて言う。


「私の学園、『オリンポス英雄学園』に編入しないか」



それは勧誘だった。

今まで言っていたこともこの勧誘のためだったのだろうか。だけど俺は信じるたい。今までの言葉は紛れもない本心だと。

だってこんなにも胸の中にストンと入って行ったのだから。これが本心からの善意ではなくてなんだというのだ。例え騙されていたとしても俺はこの人の事を信じてみたい。


「結局勧誘のためだったんですか?」


「そう意地悪言わないでおくれよ」


そう言って口を尖らせた彼は老人の姿をしているのに、まるで子供のようだった。


「オリンポス英雄学園に入学させてください」


確かな意志をもってドビデン学園長に伝える。


すると彼は満面の笑みを浮かべて見せたのだった。


「もちろん!!」


こうして彼は英雄への一歩を踏み出した。

『最弱の異端者』と呼ばれ、世界に名を轟かせる英雄の第一歩である。



























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神話の最弱の異端者 つやつやアンドルフ @tuyatuya_andoruhu

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