第14話 テストの後に言うね
「……とりあえず、始めるか」
「うん、そうだねっ……」
放課後、向かい合って座る俺と美山。
そんな状況で俺の頭の中に思い浮かぶのは、美山の隣にいつもいる参謀役、そしてこの状況を仕組んだ黒幕である、もっちゃんの姿だった。
◇◆◇◆◇
「……赤羽美優だってバレた?」
「かも」
「誰に」
「もっちゃんって人に」
映画を観て帰った後、美優は俺に深刻そうな顔で話してきた。
「……気のせいじゃないのか? あんなデカいマスクしてたのに」
「うん。でも二人になった時に『みゆちゃん、赤羽美優に似てるよね』って言われて」
「マスクとサングラスしてる奴に言う台詞じゃないな」
「でしょ」
あの時急に美優を連れ出したことと言い、話を聞くたびに変わる印象と言い。
その時からもっちゃんには怪しさしか感じていなかったこともあり、俺はバレたかもしれないという美優の話に真実味を感じた。
「……じゃあ探っといてやるよ、俺が」
「大丈夫? 早人」
「任せとけ、俺のクラスのことだからな」
実際は俺のクラスと言えるほどクラスに馴染めてはいなかったけど。
それでも、ここで妹を助けなきゃ兄じゃねえと、その時俺は強く胸を叩いた。
そうして、妹が美優だなんてもしクラスでバレたら面倒くさいなんてもんじゃないという思いを胸に、翌日俺は教室でもっちゃんの元に向かった。
「あ、時早人君だ」
いつも通り美山といるところに近づくと、すぐに気づかれ、奇襲には失敗する。
「あー、その」
「ど、どうかした……?」
「私はいいから行って来なよ」
今日も美山に話があると思われているらしく、美山を送り出そうとするもっちゃん。
ただ、今回は、
「いや……今日はその、も」
「……も?」
もっちゃんさんと話に来たんですけど。
……と言っていいのか数秒間迷う。
「も……」
「私は
「そう。守口さんと話がしたくて」
「……あー、そっかぁ、私かぁ」
そこで既に何かを察したような顔をしたもっちゃんは、すぐに立ち上がって教室の外で話そうと促してくる。
「いい?」
「ああ……俺は、どこでも」
そうして、もっちゃんの本名『も』が三つあったなぁなんてことを考えつつ、俺はもっちゃんと廊下に出ていった。
「それで、話っていうのは?」
「ああ、簡潔に言うと――」
「先に言っておくと私は時早人君の妹が今をときめく人気女優だなんて全く思ってないよ」
「なら良かった」
「嘘だよ。ちょっと思ってる」
「マジかよ……」
「意外とノッてくれるんだね早人君」
その時はもう諦めの境地に至っていた。
バレたなら仕方ないかなって。
「……じゃ、あいつの正体がわかってたから連れ出したのか」
「それは違うんだけど~、二人になって近くで見たらわかっちゃった」
「まあさすがに誤魔化せないか」
「有名人だからね~」
もっちゃんはあっけらかんと言うが、それは当然俺にとっては隠さなきゃいけない秘密なわけで。
そこからは俺はもっちゃんに交渉をする必要があった。
「それで」
「あ、他の人には言わないよ~」
「……アリガトウ」
「信じてないね」
美山から話は聞いていたとは言え、二人で話すのは初めてのクラスメート。
口約束で心の底から信じられるかと言うと微妙なところだった。
ただ、もっちゃんはそんな俺に対して。
「大体さ~」
「ん?」
「私が言ったところで普通信じてもらえないよ? この話」
「……そうなのか?」
「想像してみなよ」
「想像」
「友達に『俺の妹は赤羽美優なんだ』って言ってどんな反応されるか」
そこで言われた通り、頭の中にまことを召喚して、語りかけてみる俺。
「どうだった?」
「『本気で怒るよ』って言われた」
「でしょ」
「まあ……確かに、信じないか」
「赤羽美優レベルになるとね~」
「サインはほしいけど誰か言う気にはならないよ」と言うもっちゃんの話を聞いていると、確かにそれは言う通りで、そもそも俺が頑張る必要もないんじゃないか? と思えてくる。
じゃあ、ここは秘密にしてくれって頼むだけで大丈夫なんじゃないかと、その時の俺は楽観的に考え始める。
「画像がないと信じてもらえないだろうね」
「そうだよな」
「あとは実際に見たことがあるか」
「だな」
「そのどっちかなら話しても信じてくれるかもしれないけどね~」
「ああ」
「どっちかならね~」
「…………」
ただ、そこでようやくもっちゃんが俺をただで返す気はなさそうなことに気づく。
顔を上げると見えるのは、気だるげながら獲物を嘲笑うように動く妖しい光を纏った瞳。
廊下の窓から降り注ぐ光を一身に受け、もっちゃんは全知全能の神のような視線を俺に向けている。
「……何が言いたい?」
「証拠となり得る画像を見た人か実物を見た人になら話しても信じてくれるかもしれないねって話」
「……誰かに話したいわけじゃないよな?」
「話すつもりはなかったけど〜こんな凄いこと誰にも話さないなんてできるかわかんないなぁ~」
「くっ……」
踊らされている。
最初から覚悟はしていたが、妹のことが誰かに知られた以上俺に残された選択肢は二つ。
口封じのため亡き者にするか、口止め料を支払うか。
しかしここが現代日本である以上前者は現実的じゃない……つまり、
「わかった……秘密にしてもらうための対価は払う。だからこのことは――!」
「じゃあ中間テストまで麗奈と勉強してあげて?」
「…………why?」
◇◆◇◆◇
そんなわけで俺は今、一度美山と入ったファミレスでまたノートを広げていた。
「そもそも……もっちゃんはなんであんな俺と美山を二人にしたがるんだ。美山がなんか頼んだわけじゃないよな」
「何も言ってないと思うけど……」
「不思議キャラを狙ってるとかか」
要求は斜め上だったけど、その結果、もっちゃんは誰にも美優のことは話してないみたいだし、別にいいんだけど。
「でももっちゃんに頼まれたからって理由で引き受ける時君も変わってるよね」
「…………まあ、クラスメートの頼みとあらば」
「もしかして、もっちゃんみたいな子が好みだったり……する?」
「友達になれたら気が合いそうだとは思う」
「そうなんだ……」
恐らくもっちゃんが美山の友達である限りそうはならないだろうけど。
敵にしたくないキャラだけど仕方がない。
「……ってか、悪い。雑談して。勉強しよう」
「あ、いや、私は雑談の方が」
「今のは俺が悪かった。勉強しよう」
「ソダネ……」
もっちゃんからの要求は、できれば「1万円くれ」とかの方が楽だったけど、美山とすることが勉強に限られてるところは正直助かる。
映画館で会った日から……いや、それよりも前から、美山とは話しにくい空気が流れてたし。
美山は、俺を映画に誘おうとした日からずっと「私より勉強もできないくせに何我の計画にケチつけとんじゃコラ」みたいなことを考えてるだろうけど、その辺の話も「勉強しよう」で話さずにいられる。
やはり勉強は素晴らしい。
「中間テスト……凄い気合入ってるよね。あ、これも雑談か」
「いや、別に勉強の話は、いいけど」
「そっか」
そこら辺は俺のさじ加減だし。
気まずい空気になったら「勉強しよう」が発動するだけだ。
「テストは……近くに目標がないとやる気なくすし」
「確かにね」
「俺は入学時点ですぐ中間テストあるぞって催眠かけてた」
「偉いね」
偉いか?
そもそも美山の方が勉強できるだろって話だけど……美山といると何故か俺が語らされてよくない。
「いや美山の話をしろ」
「え、なんで急に?」
「モデルの話が聞きたい」
「え? それは雑談って」
「気分転換に聞きたい。とにかく聞きたい」
「えー……」
そもそも誰かが自分のことを語る必要はないのかもしれないけど。
ただ、美山は遠慮気味に口を開いて。
「最近は、撮影でちょっと褒められたよ」
「自慢ならいいや」
「なんで!?」
「苦労した話が聞きたかった」
他人の不幸は蜜の味。
まあモデルなんて不幸も大してなさそうだけど。
「あ、でもそれなら、私結構ダメダメだよ」
「……どの程度?」
「そのまんま。撮影の時にダメダメだねって言われちゃうもん」
「……え、いや、そんな酷い奴、いるのか?」
「酷くないよ。実際ダメダメだもん」
業界内の辛そうな話だ。モデルなんて遠い世界な俺にはわからない話。
しかしそう話す美山は悲しんでいる表情ではなかった。
「私ねー……表情があんまりなんだよ。人とあんまり関わらなかったからかなぁ。本当にね、悲しいくらい言われたんだよ。ぎこちないねーみたいな感じで」
「……そうは見えないけどな」
「いやいやー、時君もファッション雑誌とか買ったらわかるよ。皆表情が凄いんだ」
「……ふーん」
熱弁する美山を見ていると、本当にそんなことを言われる奴には見えない。
業界内で言えば、という話なんだろうけど。
ただ、その話には続きがあり。
「でもね、さっきも言ったけど、最近は結構褒められるんだ」
「じゃあ、良くなったのか」
「うん、ありがとね」
そう言って、美山はふざけてる様子もなく、何故か俺に対して笑顔を向けてくる。
そんな美山を不思議な目で見ていると、目が合った美山は慌てて目を逸らし、
「あっ……! 最近話してるから、そのおかげで、ちょっと、ありがとね、みたいな……」
「……だとしても普通に考えて俺関係なくね」
「あるよ!」
バン! と机を叩きながら立ち上がった美山は、周りを見て恥ずかしそうにぺこぺこ頭を下げながらゆっくり座る。
「あ、アルヨー……」
「小声で言われても」
「あるんだよ、とにかく」
「わかったわかった……」
そこまで主張する理由は、褒められるまでの変化を知らない俺にはわからないけど。美山が言うならあるんだろう。
怒りの表情とか悲しみの表情とか。
「それで……撮ってもらった私が、雑誌にいい感じで載ってたらいいなー……って感じで最近はやってるよ」
「いい感じで載ってたら、いいことがあるのか」
「うん。いい感じに載って、人気が出て……ってなるのが、今の私にとってのテスト」
「近い目標ってことね」と笑う美山は、確かに褒められる表情をしてるように見えた。
「って……雑談しすぎたかな」
「いや、俺が聞いたからいいんだけど」
確かに勉強は全く進まなかったけど。
それでも一応、いい話が聞けたな、とは思う。
「でももうそろ勉強――」
「雑談のついでに、もう一つ話したいんだけど」
俺の言葉を遮って言う美山。
「話せば」と言いたいところだったけど――向かい合って俺の方を見る美山は、一度見たことある顔をしていた。
真剣に何かについて話す時の、話す前の顔。
「この前、映画観た後に話そうとしたこと、今話そうと――」
「ちょっと待った」
そして今度は俺が美山の言葉を遮り、話を止める。
「……雑談はここまでにしよう」
「ななな、なんでっ!?」
「お前は今、重大な話をしようとする顔をしてる」
図星だったのか、美山は口を開けたまま視線を泳がせる。
「シテナイヨー」とも言わない。
それなら尚更、その話は今させるわけにはいかない。
「お前にとっては雑誌で人気が出るのがテストかもしれないけど、俺にとってはテストがテストなんだよ。……だからテスト前に、変なこと考えながら勉強したくない」
モデルもある美山はそのくらい別に、と思うかもしれないけど、俺は結果が悪かったら次のテストまでずっとそれを引きずらなきゃいけなくなる。
ただのわがままだけど、それは今は聞きたくない。
それに対する美山の反応は、てっきり悪いものだと思っていたけど、
「わかった。……うん、そうだよね。確かに、うん」
「そんな納得するほど重大なこと言おうとしてたのか」
「うん。じゃあ……これは、テストの後に言うね」
「宣言したら気が変わっても何か言わなきゃいけなくなるけど、大丈夫か」
「うん。大丈夫」
そう何度も頷いた美山は、すぐに勉強のため下に視線を移し、それからも勉強と、勉強に関する話をすることに徹し続けた。
そんな美山との勉強会はテスト日まで何度か行われ、勉強のできる同級生として、自分からの提案じゃないにもかかわらず美山は俺の勉強を献身的に見てくれた。
――そうして勉強会を繰り返しているうちに、俺達はあっという間に中間テスト期間を迎えることになる。
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