第13話 バレちゃったかも

「……行っちゃったね」

「……だな」


 四人で買い物しようと始まったはずのショッピングセンター旅。


 開始から数分経ったところで、パーティーには俺と美山だけが残っていた。

 しかも美山の精神のHPは恐らくほぼ瀕死。


 さっきからずっと俺は美山を見捨てて逃げても許されるか考えている。


「どうしよう、二人……探しに行こっか」

「いや、それは……いいだろ」


 二人はどこかに逃げていったし。

 本人から聞いたわけじゃないけど、あの逃げ方は多分二人で話がある感じだった。


 きっと話が終わったら自然と戻ってくる。


「それに、美山も一応買い物したかったなら、すればいいんじゃね」

「……うん」

「邪魔なら俺は消える」

「えっ、私一人!?」

「いいだろ……俺いても役に立たないってわかったし」


 それに、美優のファッションを見て落ち込んでるなら、一人になった方がいいのかもしれないし。


 ただ、美山は離れようとした俺の袖を掴んで。


「もう少し……このお店見ない?」

「……別にいいけど」


 美山が言うなら。

 別に、俺はしたいことがあるわけじゃないし。


 さっきも言った通り、役に立たないし、気の利いた話もできないけど。


「あ……えっと……時君の妹、凄い美人だったんだね! 私びっくりしちゃった」

「いや……顔全部隠してただろ」

「え? うん。でも、スタイルとかさ……凄い綺麗」

「……まあな」


 ここで認める兄というのもおかしいかもしれないけど、相手が美優だと、それを下手に否定したりもできない。

 否定できるほどあいつの容姿に欠点がないのは事実だし。


「あの服も、セットで売ってるとかじゃなかったし、あんなすぐ組み合わせてオシャレできるのも……凄いよね」

「……まあな」

「マスクしてたけど、顔も凄い小顔だったし……ああいう子なら、人気モデルでもすぐなれそうだよね」

「……まあな」


 ……この会話、俺何も言えねぇ。


 下手に同調して美山を落ち込ませたら困るし、だからと言って美優を下げても説得力ないし。


 ……あいつがもうちょいブサイクだったらな。


「私は……まだまだだなぁ」

「……いや、落ち込みすぎだろ」

「……んぇあ!? 落ち込んではないよ!?」

「いや落ち込んでただろどう見ても」


 なんかさっきからずっと同じ服のハンガー、ソフトタッチしては手離してるし。

 落ち込んでない奴はそんなハンガーの触り方しないんだよ。


「別にいいだろ……自分より凄そうな奴がいたって」

「……でも、自分より年下の人が自分より凄かったら不安にならない?」

「なる」


 あいつの場合妹と言っても双子だから正確には年下じゃないけど。

 でも、自分より凄い奴見て不安になる気持ちはわかる。


 年下のスポーツ選手とかは特になる。絶対なる。わかる。


「でも他人と比べたってどうにもなんないんだよ……」

「な、なんか……実感がこもってるね」

「俺は詳しいんだ」


 妹と比べたところで気分落ち込むだけで何にも良いことがないことはよーくわかってる。


 嫉妬をパワーに変えてって考え方もあるらしいけど、パワーに変える前に気分が落ち込むから無理。そもそも比べないのが最善策。それが俺の出した結論。


「比べるなら過去の自分が一番いい……大体勝ってるからな」

「勉強の話?」

「俺の場合は」


 そもそも勉強の場合知る範囲が時間とともに増えてくから圧倒的に有利な比較なんだけど。

 圧倒的に有利でも誰かに勝てるならそれでいい。気分が良くなるからな。


「美山でもそうだろ。背は高くなってるだろうし、モデルの仕事も増えてるだろうし、着たことある服は増えてるだろうし」

「それは……うん、そだね」


 これも圧倒的に有利な比較だけど。

 落ち込むよりは、些細なことでも成長してると思えた方がいいに決まってる。


「それに多分、モデルとしてはあいつより美山の方が向いてる」

「……え、なんで?」

「美優……みゆは、性格悪いし。自分が一番だし。自分を見せるなら得意だろうけど。服を見せるとか他人からどう見えるか気にしてる美山の方が多分、モデルに向いてる」


 わりとあいつ自分大好きだし。

 服に愛着とかなさそうだし。

 ファッションモデルは無理だろ。


 その点美山は変なこだわりも強いし変な行動力もあるしモデルになりたいって気持ちも――


「……どした」

「ぇあっ……な、なんでもないよ」

「…………勝手に語るなって言いたいなら言えよ」

「そんなこと思ってないよ!?」


 どうせなんだこいつって思ってんだろ。

 罵倒するなら罵倒しろよ!


「はー……向いてるとか俺が言うことじゃないしな……」

「いやでも……私は嬉しかったよ」

「……そうかい」


 俺もそのフォローは嬉しかったよ。少し。


「時君ってさ」

「ん」

「人の内面っていうか……性格とか、褒めるの、上手いよね」

「上手かねぇだろ」

「上手いよ。私、嬉しかったもん」

「……そうかい」


 それもただの方弁なのかもしれないけど。

 そんな恥ずかしそうに微笑まれると、こっちも少し照れる。


 そうして数秒の沈黙が流れた後、美山はずっと触っていたハンガーから手を離して。


「あのさ」

「……ん」

「この前話したよね、時君に可愛いか聞くの、モデルのためだと思ってるかって」

「……ああ」


 美山が映画を観ようと誘ってきた時に、俺が言った話か。

 俺個人に聞くことに何か他の理由があるのか、そう聞いた気がする。


「あの時は……なんか、変なこと考えた気がして逃げちゃったんだけどさ」

「……変なこと?」

「うん……なんか、おかしいかなって、思って」


 そう話す美山の横顔は、さっきよりも恥ずかしそうに表情を抑えていて、言葉もどんどん途切れ途切れになっていく。


「だけど、あれからちょっと経って……今はちゃんと思うんだ。私」


 ――と、美山が次の言葉を発しようとした瞬間、後ろから強い衝撃が走る。


「うっ!?」


 話の肝で急に痛みが背中を襲ったかと思うと、俺の後ろに、何かが張り付いていた。

 俺とほぼ背の変わらない何かが。


「……何してんだ、美優」

「……何でもない」


 何でもないのに兄にタックルしてしがみつく妹がいるかよ。


 ただ、表情が見れないこともあって、何を考えてるのかはわからない。


「あー、皆〜、ごめんね〜」

「あ」


 もっちゃんさん。


 さっき美優を連れて行ったっきり、さらに言うと四人での買い物が始まった瞬間から俺達の前から消えていたもっちゃんは、ようやく姿を現した。


 ――しかし、俺と向かいあって立つ美山の方を見て。


「……あちゃー」


 何かを察したのか、もっちゃんはそんな声を上げた。


「あー……時早人君」

「ん?」

「妹さん貰ってもいいかな」

「えぇ……?」


 いや貰われると困るけど。


「あ、お嫁さんとしてじゃないよ」

「ああ、そうなのか」


 ならいいけど。


「ごめんなさい、みゆ用事を思い出して」

「え、そうなのか?」

「うん。ごめんなさい……」


 今まで演技らしい演技をしなかったくせに、ここに来て女優らしく本当に申し訳なさそうなトーンで謝る美優。


 そんな美優を見て、話の途中で固まっていた美山はハッとなって口を開き。


「あ、ううん、みゆちゃんは悪くないよ。……じゃあここで解散しよっか? もっちゃん」


 そう言うと、もっちゃんは何か言いたそうな顔する。

 ただ、最終的には諦めたような顔をして。


「そうだね〜、じゃ、また学校で、早人君」

「うん、また明日ね」

「ああ、また」


 そうして、唐突に態度を変えた美優を不思議に思いながら、俺は美山ともっちゃんとは別れた。


 二人になった後、みゆではなくなった美優はふうっと一息つく。


 明らかに疲れた様子だ。


「ったく……なんか無理して二人誘ってたけど、もうそろそろ二人に戻りたかったんだろ」


 どうせそんなところだろうと聞いてみる。

 二人になって、また堂々と手でも繋ぐつもりなんだろうと。


 ただ、そう聞いても、美優は二人と会う前の楽しそうな雰囲気に戻ることはなく。


「……早人、ごめん」

「ん?」


「バレちゃったかも」

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