ブラコンお姉ちゃんは妹から弟を取り戻したい!

noyuki

ブラコンお姉ちゃんは妹から弟を取り戻したい!

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 私の弟は可愛いなぁ……。


 と、瀬野真希せのまきはその二十年の生涯しょうがいで何度目かまるで見当けんとうもつかないほどにり返した感想を脳裏のうりに抱いた。たまに脳裏に抱くだけにとどまらずポロリと口からこぼれてしまうこともあるのだが、今回は我慢がまんできたようだ。


 何がどう、と聞かれるとまずは何と言っても外見ルックスである。


 真希の弟、名前は日葵はるき。真希はハルと呼んでいる。今年で十五歳の中学三年生。身長はどちらかというと小柄こがらな方。全体的に線が細く、荒っぽいこととは無縁むえん華奢きゃしゃ体躯たいく。姉の知る限り特別なことはしていないはずだが、白く、きめ細やかな肌。つねさわっていたいし、永遠に頬摺ほほずりできると真希は思っている。


 そしてその顔立ちは身体つきに合わせるように実年齢よりも幼く、かつ端正たんせいであった。クリッとした目に女子かと見紛みまごうような長い睫毛まつげ、桜の花びらのように色づいたくちびるにちょこんと乗っかった小鼻と部分部分の造作ぞうさ丁寧ていねいだ。


 整った顔立ちはえてして中性的になりがちだが、日葵の場合、そこに幼さも加わって服装を変えれば異性にまぎれるのも容易よういであろう。加齢かれいともなってそれがどうなっていくのか、真希には期待半分、心配半分といったところ。


 その端正な顔立ちは血にるところが大きい。何せ姉の真希も対外的に見ればかなりの美人である。


 ただしそのベクトルはかなり異なる。童顔どうがんで可愛らしいという本人にとってはコンプレックスになりかねない日葵の容姿とは違って、姉の真希は大人っぽく綺麗きれいな、という同性がうらや容姿ようしなのだ。すらりとびた肢体したいに出るところは出た曲線美きょくせんびつやめいた黒髪は腰まで流れ、切れ長の双眸そうぼうするどくも美しい。まるで弟と違うようだが、整っているという点では同じでありよく二人を見比べれば細かな造形の類似点るいじてんに気付けるだろう。二人は確かに血のつながった姉弟していなのだ。


「……うふふ」


 その美貌びぼうくずれる。だらしなく両眼りょうめと口のはしゆるんで内からき上がる幸福感が気の抜けるような笑い声となって口かられる。


 大人っぽく綺麗な容姿、ただし、口を開かなければという前置詞ぜんちし付属ふぞくする。


「お姉ちゃん?」


 下から投げかけられた声にハッとして姉は我にかえる。若干じゃっかん名残惜なごりおしくは思いつつも、そそくさとやりかけだった作業に戻る。


「はい!うんうん可愛くなった!」


「可愛くじゃなくてかっこよくの方がいいんだけど……」


 そう言って口をとがらせる日葵があまりにも可愛すぎて、一瞬、抱きしめてもみくちゃにしてやりたい衝動しょうどうられた真希だがなんとかおさえる。そんなことをすればせっかく今くしいて寝癖ねぐせを直していた日葵の髪がまたぐちゃぐちゃになってしまう。


「ハルはどんな格好しても可愛いよぅ!」


 抱きしめる代わりに手櫛てぐしで日葵の毛先を整える。


「だから可愛くじゃなくて……むぅ……」


 文句もんくを言おうと口を開いた日葵だったが、姉のこういう態度たいどはいつものこと。こそばゆそうに目を細めて口を閉じる。


 その様子が姉の琴線きんせんに触れ、真希の口から変な声が漏れそうになったが(ちょっとだけ漏れた)心の中にとどめる。日葵はある程度ていど真希の行動に理解を示してくれてはいるが、あまりにも奇行を繰り返して弟に忌避きひされるのは姉としても本位ほんいではない。


 いつまでも髪をいているわけにもいかないので、最後に寝癖の直った弟の頭をぽんぽんとでて真希は、日葵とテーブルをはさんだ向かいの椅子いすに腰かけた。


「うふふ……」


 テーブルに両肘りょうひじを立てて両手にあごを乗せる。


 登校前の朝の時間に日葵の髪を梳いてあげる時間が、真希にとって至福しふくの時間であった。このために真希は毎日早起きして日葵を起こしにいく。あどけない天使の寝顔もおがめて早起きは三文どころか数万円の価値がある。この役目だけは生涯しょうがい誰にも渡したくはない。


 なお弟のひとり立ちについては考えないようにしている。


 ――ちょうど十年ほど前になるか、真希と日葵の母が病で亡くなったのは。


 日葵にとっては五才の頃、もうあまり記憶には残っていないかもしれない。真希の悲しみも風化ふうかしてしまっていたが、思い出と温もりだけはいつまでも胸に残り続けている。


 その母親から真希はまだ幼かった日葵をたくされたのだ。思えば、真希の日葵に対する溺愛できあいもその頃から始まった。


 守っていくべき存在であり、誰よりも愛しい存在。


 もっとも、過去の出来事から芽生めばえた偏愛感情へんあいかんじょうだと同情されるのは真希の望むところではない。過去の別離べつりがあろうとなかろうと、日葵は真希にとって大事な家族であるし、こんなにも可愛いのだからでて当然の存在なのである。


(このちょっとれて目をらすのがまた……)


 朝から溺愛全開の姉の視線を素直に受け止められないお年頃。所在しょざいなさげに目線を動かすさまがますます姉の情感じょうかん刺激しげきする。


(あ、よだれが……)


 危うくこぼれかけた残念なしずくを手の甲でぬぐう。美人ではあるが、弟のこととなるとどうもこの姉は外見ではカバーできないほどの残念さをかくし切れない。


 いわゆるブラザーコンプレックス、略してブラコン。それも極度きょくどの。


 たと何人なんぴとであろうとも、この至福の時間は邪魔させない。




 ――そう思っていた。

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