邪神様がご飯~禁断のタコ焼き編~

蒼鬼

禁断のタコ焼き

「タコヤキというものを、たべてみたいです」


テレビ画面を指差して、下半身が薄桃色の大輪に置き換わった、目の眩むような美貌の少年がそう言った。


「たっ、タコ焼きですか……」


思わず引き攣る声を発しながら、この家の家主である美澄香さんは、少年……ヴルトゥームちゃんがずっと指している画面を見た。

そこにはタコ焼きから生まれたの5人のヒーローが、正義のために戦う20年前のアニメの再放送が流れていた。

画面の向こう側では、割腹の良いおばさんが慣れた手つきでタコ焼きを作って子供たちに提供している。


「たべたいです」


もう一度、今度ははっきりと欲求を言い切ってから、ヴルトゥームちゃんは画面ではなく美澄香さんに視線を向けた。

感情で色が変わる2つの目は、好奇心を意味する黄色に変わり、複眼も相まってまるでカッティングされた宝石のように煌めいている。

ただでさえ顔面偏差値が高いのに、そんな視線を向けられたら断れるはずがない。


「わかりましたぁ~っ! 今日はタコパしましょうねえ~っ!!!」


やったぁ~! と美澄香さんの言葉に大きく手を挙げて喜びをあらわにするヴルトゥームちゃん。

そんな無邪気で……きっと計算され尽くした仕草を見ながら彼女は、家の書庫にこもって読書をしている彼の兄でありタコ足の邪神に対して心底申し訳なさそうに心の中で合掌しつつ、タコ焼き粉を買いに財布とエコバッグを手に取ったのであった。






「こっこれだけあれば十分でしょう……」


そろそろ寿命が来そうなスクーターの荷台から下ろしたのは、新品のタコ焼き機の他に様々な具材の数々が入ったエコバッグが2袋。

中身はコーンやツナやホタテの缶詰に、レバーやひき肉、うずらのタマゴ、エビ、チーズ、もち、天かす紅しょうが小ネギ鰹節甘口ソースetc.....。

肝心のタコが入っていないのは……やはりハスターさんの心象を考えての事だった。

あとちょっと高かった。


(うう、シュブ=ニグラスさんが入れてくれる生活費に甘えて、こんなにどっさり買っちゃった……)


それらが入ったずっしり重い袋持ってひいひい言いながら家の前の階段を上り切れば、買い物前には居なかった万能お手伝いさんがガラリと戸を開けて迎えてくれた。


──テケリ・リ!

「あーショゴスさんおかえりなさーい! そしてただいまー!!! お荷物持ってーーー!!!」


琴を鳴らしたような声で答えたお手伝いさんは勿論人間ではない、その姿はオバQをそのまま大人の大きさにまで伸ばしたような玉虫色の粘液、居候の邪神達はこの粘液をショゴスと呼んでいる。


──テケリ・リ?

「そう~それ全部台所にお願い! 私手洗いうがいしてから向かうから~!」

──テケリ・リ

「あっ今日はご飯もお味噌汁も大丈夫! 代わりに袋に入ってるこの粉を、説明通りにお水で溶いてくれる?」

──テケリ・リ!


何故だか会話がしっかりと成立しているのは、彼女とショゴスの間でしっかりとした主従関係が結ばれているおかげなのだろう。

2つの袋を軽々と持ち上げて、台所へと向かうショゴスの後ろを通り抜け、洗面所で手と顔の洗浄、そしてうがいをしてから美澄香さんもその後に続いたのであった。






「と、言うことで準備が出来ました!!!」

「わぁーい! タコパですよぉー!!!」


居間のちゃぶ台の真ん中には、ホットプレート型の四角いタコ焼き機が陣取っている。

そして各取り皿と、大きなボウルにたっぷりと入ったタコ焼きの生地だけで多少の隙間こそあれ、卓上のスペースはかなりギチギチだ。

代わりに正座する美澄香さんの左隣には、沢山のおかずを一気に運べるほど大きい長方形のおぼんが置いてあり、その上に乗り切らなかった具材がそれぞれ器に入れられて綺麗に並んでいた。


「ソースとマヨネーズはこれですよ~! 出来上がったらお好きにかけて食べてくださいね~!」


と、縁日でよく見かける赤いキャップの細口ノズルがついた入れ物を、ちゃぶ台の隙間に置いた。


「では、いきますよ!」


深呼吸をして、美澄香さんはホットプレートにたこ焼きの生地をお玉でドパっと流し入れた。

熱されたプレートに冷たい生地が触れて、ジュッと小気味よい音が響き、出汁の香りを含んだ蒸気がふわりとあがる。


「では次に具を入れますね!」


列ごとにホタテやチーズ、ひき肉で作った肉味噌に甘辛く煮たレバーやエビを入れて、竹串でまずは半回転。


「まるめないんですか?」

「それは最終工程です、でもこうすると仕上がりが綺麗な丸になるんですよ」


そういいながらほっほと2本の竹串を使ってくるくる焼いていけば、最初は生焼けな色味のたこ焼きが、綺麗なきつね色に焼き上がり、くるくる丸く可愛らしい形になっていく。


「すごいなミスカ、こうも丸くなるのか」

「ええ、高校生の頃にたこ焼き屋でアルバイトした事ありますから!」


ふんす! と得意げに鼻を鳴らし、綺麗な球体状となったタコ焼きを適当に各々の皿へと盛ってから差し出した。


「と、自慢している間に完成です! 熱々のうちに召し上がれー!」

「わぁい! いただきまーす!」

「うむ、いただきます」

──テケリ・リ!


各々が好き勝手にソースとマヨネーズをかけてから、箸を持つ。

熱々ホッカホカのタコ焼きをつまみあげ、ほぼ同時に全員が、ふうふうと湯気を吹いて表面を吹いて冷まし、ゆっくりとそれを口に運んだ。


「あっふ!」

「はっふ、はっほっはふっ」

「はち! はちちち!」


そして各々が口の中を火傷しないように、三者三様のリアクションを見せながら熱を逃がし、ゆっくりとたこ焼きを噛み締める。

美澄香さんのは……プリっとした弾ける歯触り。

どうやらエビのようだ。


「なかみがとうもろこしですよ~! しゃきしゃきであまくて~! これだーいすき!!!」

「ぼくはレバーだ、舌の上でほろっととろけてとてもおいしい」

──テケリ・リ!


次々に上がる絶賛の声に美澄香さんの顔は綻んだ。

と、ふと縁側に目線を移せば、ヨダレを垂らしたビヤーキーが食い入るように見つめているのでいくつかを皿に取ってあげれば、熱さを感じないのか物凄い勢いで食べ始めた。


「つぎ、つぎやいてください~!」

「肉味噌とチーズ一緒にいれて焼いてくれ」

──テケリ・リ!


竹串を持ったショゴスが、自分も焼いてみたいと言いたいように手を振っている。

器用なショゴスなら任せても大丈夫だろうと、美澄香さんは一通りの手順をもう一度見せて教えれば、飲み込みの早い万能神話生物は次々とタコ焼きを焼き始めた。

そうすると美澄香さんはゆっくりと腰を据えてタコ焼きに集中することができる。

ホタテは噛む度にホロホロ崩れる貝柱に、コリっとした紐の食感が絶妙で、うずらの卵も事前にだし汁に漬けておいてあったお陰で淡泊ながらも程よい塩味がソースの角を丸くする。

もちやチーズはよく伸びて、上口に張り付いて火傷をする原因を1番作ったが、あのとろりとした食感がたまらない為、何個もおかわりをしてしまう。

美澄香さんがもりもり食べるのであれば、神格はもう掃除機の如くスポスポとタコ焼きを消費し、余ったのは生地だけという結果になったのであった。




「胃休めが終わったらホットケーキミックスで鈴カステラ焼きますね~」


神格たちは一様に、腹をさすって息をついている。

しかしまだ安心してはいけない。

言い出しっぺのヴルトゥームちゃんがタコの事を言い出す前に鈴カステラでトドメをさしておかねばならない。

バニラの香りが微かにする、ロングセラーのホットケーキミックスを傍らに、油を染み込ませたキッチンペーパーでタコ焼き器を綺麗に掃除する。

そんな様子を見ながら、ヴルトゥームちゃんが鈴の転がるような声で言った。


「ミスカ タコはどこですか?」


それは疑問。なんのことは無い疑問だ。

タコ焼きタコ焼きと言いながら、一切その存在を出さなかったタコという食材の所在をたずねただけの、なんの変哲もない事のはずなのに。なぜ彼の無邪気な声の中に、ヒヤッとするような、背筋が凍るようなものが含まれているのだろう。


「ヒェッ」


だから思わずこんな声が出てしまったのだろう。

人の感情を読む事に長ける彼は、瞳の色を疑惑

の黒に変えてスっと細めた。


「わざとかってこなかったんですか? タコヤキなのに? どうして?」

「いえっ! それはあの~お高くて……」


嘘は言っていない。

いくら物流が良い現代とはいえ、海が遠い町のスーパーの、タコ足を半分に切られて売られているゆでダコは、15センチ有るか無いかの大きさで298円。

時期じゃないのもあってちょっとした高級品である。


「ふ~ん そうですか~」

「はいー! 量もあまり無くて、行き渡らないな~と思って!」

「わかりました」


目の色がいつもの翡翠色に変わる。

どうやら納得してくれたようでホッと胸を撫で下ろすが、ヴルトゥームちゃんの視線はゆっくりと、茶を飲んでいるハスターさんに向けられた。


「あにうえ~タコいりのタコヤキがたべたいので あしをいっぽんください」

「ヴルトゥームちゃーーーん!!?」


とんでもないお願いをしたもんだ。

確かにハスターさんの足は時々元の姿に近いタコのような吸盤をもったものに変化する。

しかしそれは似ているだけでタコとは別物……いや、タコなのか? まあタコであったとしても1本くれとはどうなのだ。

邪神といえども常識的なハスターさんの事だ、きっと断るに違いない。


「いいぞ、どこがいい」

「ハスターさぁーーーん!!?」


まさかの一言である。

しかもどこがいい。と選ばさせあげる寛容さすら見せつけてきた。

そこで神様成分を全開にしなくてもいいんじゃないか???


「わぁ~い! あにうえだいすきー!!! そうときまれば、ショゴス ほうちょうをもってきなさい」

──テケリ・リ!

「ちょっとまってちょっとまって!!!」


こうなると邪神と奉仕種族というのは早い。

ショゴスは1番大きい牛刀を台所から持ってきた。

鞘に入っているとはいえ日々の手入れをかかさぬ為に切れ味は最強クラス。

自画自賛だと思うがどんなに太くてもタコ足の1本や2本さっくりと切れるだろう。


「ダメですってば!!! そ、そういうのは倫理的な問題が!!!」

「りんり???」

「あーっ! ここで出ちゃいますか邪神成分!!!」

「僕は気にしないけど」

「私が気にするんですーーー!!!」

──テケリ・リ

「いやダメですってば! ちゃんと後で洗うからとかそういう問題ではなくーーー!!!」


ドタバタギャーギャーと行われるやり取りは、美澄香さんが押し切られる形で終了するかに見えた。


「ただいま~♡ねえ見てこれー! 常連さんから馬並みの交接腕1本まるごともらっちゃったわ~ん♡」


甘やかな声、艶やかな夜色の髪、美を集結した言っても過言ではない顏に、たわわに実って今にもこぼれ落ちそうな胸。

過疎村には似つかわしくないほどの美女、シュブ=ニグラスさんがどうやら一旦職場から帰ってきたようだった。

早く美澄香さんに見せたかったのだろう、縁側がある庭の方に顔を出したシュブ=ニグラスさんの手には、それはそれは立派な冷凍のタコ足が握られていたのであった。


「あらやだ、何事? 包丁なんて持ち出して痴話喧嘩?」

「メ、救世主メシア……」

「?」


思わず漏れた美澄香さんの言葉に、シュブ=ニグラスさんは首を傾げた。

その後、彼女が持ってきてくれたタコを使い残りの生地で立派なタコ焼きを作り上げた。

甘辛ソースとたっぷりのマヨネーズ、かつお節が踊り狂うあっつあっつの、正真正銘のタコ焼き。

外側はカリッ、中はとろっ。コリコリ食感の大ぶりのタコは噛む度に滋味がじゅんわり広がり、細切れの紅しょうがのピリッとしたアクセントが絶妙だ。


「これがタコヤキなんですね~!」


はふはふと白い頬をりんごの様に赤くして、タコ焼きを頬張るヴルトゥームちゃんはご機嫌な様子。

共食いになるのではと思っていたが、ハスターさんも愛妻であるシュブ=ニグラスさんに「あーん」と食べさせてもらっているタコ焼きは満更でもないらしい。

しかし、ハスターさんは腕を1本ぶった切られる寸前、しかもそれを食べられそうになったというのにいつもと変わりがない。


『もう少しで邪神様がご飯になる所だったのに』


ちょっとだけ食べてみたかったような気もすると、少し残念に思いながら美澄香さんはタコ焼きを頬張る。

何個食べても飽きない美味しさに、思わず顔が綻んだ。

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