第4話

陸奥介が逢坂(おうさか)の関を東に越えるのは、これが初めてであった。


家族もそうであった。


従者の中には、木曽の出であったりする者もおり、その限りではなかったが、大半は、鳰(にお)の海*など知る由しもない者達であった訳である。


*琵琶湖のこと


女の従者である者は、“この関を過ぎれば、もう直(じき)陸奥に至るであろう”と考えてもいた。


多くの者が、往生しつつ、関を越えると、まもなく皆の目に大きな大きな淡海(おうみ)というものの情景が飛び込んで来た。


人づてに聞くと、それは、さらに奥の方で開けているらしい。


一行の者どもは、その時の感動で、それまでの疲労感が暫時消え去る思いをしたものである。


それからは、淡海というものを、折りにふれ横目に見つつ、また勿論汀(みぎわ)に寄るなどし、時として、その間近で休息をはかったりとしながら、少しずつ少しずつ長い長い旅程の踏破を実行してゆくのであった。


その頃の旅路は、鳰の海のほかにも、目を楽しませる風光が多々あり、高低差も比較的緩やかであったゆえ、一行にとって、大変快適なものと思われたのであった。


ただ、慣れない徒(かち)での長旅は、早くもこの時点で、皆の体にこたえ始めていたことに変わりなかった。


特に、女、子供に至っては。








平地(ひらち)を行くこと、かなりになりながら、“もう直き、もう直き”と我慢して前に進むが、陸奥の「み」の字も、行き交う旅人の口の端に上(のぼ)らない。








不破の関を越えた辺りから、皆もろともに、頭で要らざる期待を逞しするの愚を悟りつつ、足任せに無心で歩を進め行くのであった。


木曽の出である者は、ようやく一行の者達が、この長旅のしんどさに気が付き始めたことについて、何やら鼻高々な面持ちで、得心したといった風情である。そして、自分なりに、一行が恙(つつが)なくこの旅程を踏破し得るよう、殿を始め、お方々にそれとはなく具申仕(つかまつ)るのであった。とりわけ、一行における、女子の疲労ぶりには常に目を遣りつつ、その脱落を未然に防ごうと取りはからった。


そんなこんなで、到頭一行は、遠(とお)つ淡海*の辺りにまで至った。


*浜名湖のこと


これより先のことは、一行の中で、ほぼ誰も予見し得なかった。

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