聖服ウォーズ

ちありや

第1話

「じゃあねぇー」

「また明日ー」


 下校時間、いつもの友達といつもの場所でいつもの様に手を振って別れ、いつもの道を通って自宅に帰る。

 下校時間には気持ちの良い秋風が道をはしる。半袖のセーラー服では少し肌寒く感じる時が増えてきた。


 それが私のいつもの日常。不思議な事や面白い事なんて何も起こらない。

 それで良かった。それ以上を望んでなんていなかった。


 田舎の中学生の日常なんてそんなもの、という諦めにも似た安心感が私の生活からは滲み出ていた。


 彼女に出会うまでは…。


「ねぇ、あんた『土の子』だよね?」


 ひとり家路につく私を待ち受けていたかのように、壁にもたれて腕組みしながら、小馬鹿にした目線で私を見る。そんな同年代の女の子が声を掛けてきた。


 都会の学校の娘だろうか? 上等そうなブレザーの学校制服と茶色くブリーチしたボブカットが揺れる垢抜けた感じの女の子、この辺では見ない顔… だと思う。


 私は『ツチノコ』なんて珍妙な名前ではないし、未確認生物でも無い。ごく普通の女子中学生だ。


 おそらくはヤンキーのカツアゲの類であろうと思われた。しかし生憎私は現金はおろか値打ち物は持ち合わせていない。


 それにこの娘の持つ雰囲気は、今までに遭ったことの無い威圧感を備えていた。ヘビに睨まれたカエルの喩えではないが、私は何をやっても(たとえただのジャンケンであっても、だ)この人には勝てないだろう、と思わせる『何か』があった。


 ここはスルーして逃げてしまった方が良いかも知れない。見た感じ武器になる物を持っているようには見えないから、家に逃げ込んでしまえば最悪警察を呼んで対処してもらう事もできる。


 駐在の富岡さんならこの時間は村を巡回している。駐在所に電話すれば彼の携帯電話に転送してくれる。自転車に乗っているならすぐに駆けつけてくれるはずだ。


 という訳で、聞こえなかったフリをして彼女の前を横切った。

 その時、背後から冷たい風が吹いたかと思ったら左腕に鋭い痛みを感じた。

 反射的に腕を押さえる。液体の感覚。押さえた指には血が着いていた。


 腕を確認すると、左肘のやや上がカッターナイフで切られたように、2cmほどの長さで浅く裂けていた。


 …どういう事? ただの偶然にしては出来すぎている。しかし目の前の娘は全く動いていなかった。この娘が何かをした様には見えなかった。


「シカトすんなよ。それともバカにしてんの?」


 彼女が私に対して指を指すような仕草をする。そのまま一の字を書く様に指を横に動かした。

 すると私のセーラー服の胸元部分が切り裂かれて、その隙間から白い下着が顔を出した。


「や、やめて下さい! 私に一体何の用なんですか? 制服を切らないで下さい… お金とか持ってませんから…」


 胸元を押さえながら、私は不思議な力を使う女の子に懇願していた。

 なぜ私なのか? なぜこんな酷い事をするのか? 全く意味がわからないまま、恐怖に押しつぶされそうになりながら、涙を流して懇願していた。


「とぼけないでよ。あんたも『能力者』なんでしょ? あたしが欲しいのはあんたのエナジー。大丈夫、殺したりしないわよ。『体調不良が1週間続く』くらいで勘弁してあげる…」


『能力者』? エナジー? 何の事かまるきり分からない。

 私きっと誰かと間違えて襲われてるんだ、そうに違いない。


「大人しくしていればそんなに痛くはしないわ」


 彼女はそう言って私の制服の裂け目に手を掛けて思いっきり下に引いた。

 ただの女の子の力とは思えない怪力で引っぱられ、ビリビリと音を立てて破かれるセーラー服、私のお腹が剥き出しにされる。


「ひっ…!」


 私は恐怖で声も出ない。私はこんな往来でこの人に何をされるのだろう? ただでさえ制服を破かれて半裸にされているのに、もっと酷い目に合わなければいけないのだろうか?


 私がいつ『そんな罰』を受けなければならない罪を犯したと言うのか?


 目の前の不条理に釈然としない怒りがこみ上げる。このままやられっぱなしで良いの…?


 良い訳ないよね…。


 怒りが収まらない。目の前の女の子に対する攻撃衝動が爆発しそうになる。

「殴りたい」とか「傷つけたい」とかは思わないけど、なんとか凹ませて私に謝罪させてやりたい。この女をとっちめてやりたい。


 そう思った瞬間に、私のお腹の内側から、何か力の様な物が湧き上がり、体を充たした。


 彼女は私の事を『能力者』だと言った。であれば私にも何か特別な力が備わっているのかも知れない。


 私は体を充たした力を彼女に向けて、手を伸ばした。


 私と彼女の間に大きな、2m四方ほどの土の壁が忽然と現れた。

 壁はゆっくりと彼女に向けて倒れかかる。


 突然の出来事に彼女も対応できずに、壁を支える様に両手をつく。

 しかし壁の重さを支え切れずに下敷きになってしまった。


 この壁を私が出したのだろうか? 何もない所から? それが私の『能力』なのだろうか?

 この壁の重さがどれくらいなのかは分からないが、下敷きになってしまった彼女が死んでしまったりはしないだろうか?


 思いを巡らせるが、次に取るべき行動が思いつかない。

 彼女を助けるべきなのかも知れないが、また攻撃されたら意味がない。かと言ってこのまま放置する訳にもいかないだろう。


 もし彼女が死んでしまったら、私にも何らかの罪が負わされる可能性が高い。


 元々人通りの少ない田舎道、誰か頼れる大人も通らない。

 オロオロと戸惑っていると、倒れた土の壁の場所に何の前触れもなく竜巻が発生した。

 竜巻は土の壁をドリルで穴を開けるように削っていき、やがて中心を貫通すると壁全体が爆発した様に弾けて飛んだ。


 土埃が辺りを覆い視界を遮る。人影が立ち上がり、一陣の風が土埃を全て吹き飛ばした。


 そこに現れたのは先程の彼女。なぜか上半身を切り傷だらけにしてこちらを睨み付けている。服もボロボロで、特に上半身はもはやオレンジ色の下着だけしか身に着けていない。


「よくも… よくも下賤な『土の子』風情がこの高貴なナギ様に傷をつけてくれたわね…」


 彼女の目には先程までの相手をいたぶる為の余裕は無く、腹の底からの怒りを顕にして私を見つめていた。


 反撃は逆効果だったみたいだね…。

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