トマトにA定食を奢ろう

 少し早い時間の学食にはユキと辛島の二人だけ。あからさまに避けるのも何だし、そのまま洋子と連れ立って席に着く。

「お疲れー」とユキ「お疲れ様です」と辛島。

「お疲れー」と私。無言の洋子。


「洋子ちゃんあのあと大丈夫だったのー」とユキが聞く。こういう変に気を回さ(せ?)ないユキの性格は好きだ。

「ごめん、ユキ。迷惑かけたみたいで。ほとんど記憶ないんだけど……」と洋子。

 洋子の方は見ずにテーブルの下で軽く洋子の脛を小突く。「ぃタ」とこちらを睨む洋子。睨み返す私。

「どうしたのー、二人見つめあっちゃってー」とユキ。こういう風に空気を読め(ま?)ないユキにはちょっとイラっとくる。


 下を向いて、ふぅと小さな溜め息をついた後、

「辛島、この前殴り掛かってゴメン」と語尾を上げながら洋子。まぁ、上出来な方か。「えー? そんなことになってたのー?」とユキ。

「お疲れー」と宗則。


「ん? なんか俺来た時、変な空気の時多くない?」

「今青春アオハルしてるとこ」と私。


 この前の飲み会で辛島が私の看板背負ってるのとかが今は流行ってないってのを言って、自分でデザインもして、賛同もして同じ看板を背負っている洋子が、結構酔いが回っていたのもあって一気にキレて殴り掛かろうとしたこと、トマトが止めて私が鎮めるために洋子に追いウイスキーを飲ませて、結果トマトにゲロったまでの流れを説明した。で、今不本意ながら謝罪中と。


「どんな青春よソレ。でも何個か上の先輩方の時は毎日そんな感じだったらしいよ」と宗則。

 宗則の方を見て話に興味深々そうな辛島。

 宗則が言うには、みんなバイクが好き過ぎて毎日意見が分かれて衝突してって感じの〝魁! バイク塾〟だったとか。それを見かねたその時の後輩が2~3年かけて大改革。今では男女比半々の普通のサークルだ。大改革の陰になんか凄いナンパ師がいたとかいないとか。

「んで、今洋子ちゃんが謝ったと?」

「はい(不本意ながらトーン)」と洋子。

「辛島は?」と宗則が話を振ったが、辛島よりも先にユキが「先輩、センパイっ!」と自分を指差して言う。

「辛島くんはどんな感じなのー?」とユキ部長。

「俺は基本的に自分は悪くないと思ってるんですけど……」と辛島が言うや否や下を向いている洋子の顔が真っ赤になっていく。これはきっといつもの恥ずかしさで赤くなるやつではなく怒りによるものだ。お酒が入っていたならまた殴り掛かかっていただろう。

「ただ、山咲先輩が言ってたのも一理あるなって思って。俺の言い方も誤解させる感じだったし、毛利先輩がデザインしてたことや同じ看板背負ってるのとか知らなかったから、配慮が足らなかったかなって。バイクで走ってて、なんかそんなこと思って。山咲先輩、毛利先輩、俺もすいませんでした」と辛島。

「アタシはもともと、感情が死に気味というか、そもそも怒ってないから。それよりも時間かかってもアタシの言葉が辛島に少しでも届いたんなら嬉しいよ、こうやって知り合った意味もあるって感じ? ただ、洋子はちょっと時間かかるかもー」と私。


 辛島が謝るとか反省してるとか、多分それだけじゃないんだよね。洋子は私が好きだから、本来私が怒る分まで洋子が怒ってる感じ。

 その感情は嬉しいけど、具体的に気持ちに応えてあげられていない私は少しだけ胸がチクリと痛む。洋子の好意はずっと宙ぶらりんで、ゆらゆら揺れている。それは多分辛いことだと思う。だからって、辛島をその不安定な情緒に巻き込むのもどうかとも思うけど。


 今の洋子には多分言葉が心の奥まで届かない。だから少し待ってあげてほしい。


「総合するとトマトが一番損食ってね?」と宗則。

「あっ」と、宗則以外の全員がハモった。

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