私の弟の人間関係は複雑だ
ふと、考える。
私は、義母さんが苦手だ。
義母さんは優しく、ちょっとボケているけれど心はとても強い人だ。贔屓目に見ないでもそう思える。
私が苦手に思う要素がどこにあるのか? と思わないでもないが、何故か私は義母さんが苦手だつた。
「んー、なんでなんだろな?」
そんなことを考えながら商品の整理をする。
現在私はバイト中。激安の殿堂なスーパーマーケットで商品整理やらレジやら掃除やらをやっている。
仕事がひと段落ついてふと一息つくとエスカレーターから見知った顔が上がってきた。弟くんだ。
隣には、パフォーマンス研究会の会長さんもいる。
あの二人は、歩幅が自然に合っている。
なんだかお似合いだな? と思いつつひらひらと手を振ってみる。
そうすると、会長さんは露骨に嫌な顔をして、弟くんはそれに対してチョップをかましていた。
私が嫌われる理由など、あっただろうか? とふと思う。
最近、こういう視線が多い。明確に誰か? と分かったのは稀だが。
「やぁ、萩尾姉。バイトは順調かい?」
「はい、普段通りなだけですけど」
「会長、知り合いだからって声かけない。仕事中なんですから」
「あぁ、そうだったね。じゃあ頑張って」
「あ、ポテチ切れてたっけ?」
「んー、帰ったら確認してー」
「はいよー」
そんな言葉を交わして、バイトに戻ろうとする。
しかし、どうにも私の行動は先輩に見られていたようだった。さほど真面目な先輩というわけではないが、色恋沙汰に積極的に首を突っ込むタイプの先輩だ。
自分が被害者にならない限りは最高の先輩だと言えるが、ダル絡みされるのは案外面倒くさかったりするのでそういう時は逃げるが勝ちだ。
「……はい?」
だが、その先輩の様子はちょっと違っていた。
熱に浮かれたような目で弟くんを見て、仕事中だというにも関わらず先輩は弟くんに駆け寄った。
「ちょっと来いクソ男」
「何?」
そして、凄まじい勢いで弟くんを連れて行くのだった。
◇ ◆ ◇
「で、先輩とはどんな関係だったの?」
「あー……幼馴染の姉的な人」
「……10秒カップルの?」
「……10秒カップルの」
その言葉で、あの後の大体の事は理解できた。
先輩、“
そして、現在メッセージのやり取りをしているのだとか。
積もる話もあるだろうが、割と気になるのは乙女心だろう。私は、弟くんの中学でのことはあまり知らないのだから。
「あ、通話かかってきた」
「じゃ、頑張ってねー」
「何をだよ」
という会話と共に、弟くんは通話を始めた。
その声色は、なんだか本当の姉に叱られているような嬉しさ半分反省半分みたいな声色だったのが、何故だか辛かった。
そんな思いから、私はリビングに降りる。こういう時はホットミルクティーでも飲めばよく眠れるだろうとかの思いからだった。
するとそこには、同じくホットミルクティーを準備しようとしていた義母さんがいた。
「あら、奈穂ちゃん」
「……ミルクティー、私もいいですか?」
「うん、いいわよ」
そうして、義母さんと二人でミルクティーを飲む。
会話は相変わらずないが、それでもこの距離まで近づけた事が私の成長なのだろう。
「あ、そうだ」
「何? 奈穂ちゃん」
「久瀬有沙さんって知ってます? 弟くんの幼馴染らしいんですけど」
「……ええ、知ってるわ。良いお姉ちゃんだったもの。義信と灯ちゃんの」
「あー、10秒カップルの」
「10秒カップル?」
「なんでもないです」
「けど、どうしたの? 有沙ちゃんの話なんて」
「いや、私のバイト先の先輩だったんですよ。それで、弟くんとはどんなだったのかなー? って気になって」
「……焼き餅?」
「さぁ?」
「まぁ、正直今と大して変わらないわよ。義信が無茶して、それを止められるって関係」
「え、弟くんがストッパーじゃないんですか?」
「いつだって無茶するのは義信くんじゃない」
「奈穂ちゃんの時だってそうだったでしょう?」
その言葉で、私は自分の事を思い出す。
私は、両親が離婚し、父が旧姓の萩尾に戻ってからしばらく引きこもりをしていた。らしい。
らしいというのは、その時のことをあまりよく覚えていないからだ。小学校低学年の記憶などその程度のものだ。
けど、覚えている事はある。
弟くんは笑顔だった。それに釣られて、私は部屋に閉じこもるのを辞めたのだと。
「懐かしいな」
「でしょう?」
義母の顔は、とても穏やかなものだった。
釣られて私も笑ってしまうような、そんな笑顔。
「で、そんな久瀬先輩と弟くんはどうして疎遠になったんです?」
「……それを、貴女が聞くの?」
「?」
「……なんでもないわ。まぁ、思春期の子供なんだから色々あるんでしょう」
そんな、はぐらかされたような感じで、夜のお茶会は終わった。
そうして戻っても、弟くんと久瀬先輩の通話は続いていた。
◇ ◆ ◇
「それで、結局なんの話だったの?」
「憂さ晴らしよ。イライラしてた時にのほほんとアンタが居たんだから、つい手が出たの」
「……理由は聞いた方が良い? 有沙ちゃん」
「ふざけんな女ったらし。私を口説くのには1年半くらい早い」
「やけに具体的だね」
「そのぐらいでしょ? あんたが“重り”を捨てられるようになるまでって」
「……なんのことですか?」
「あんたの奈穂ちゃんのこと」
「家族を重りと思った事はねぇよ」
「……あんたがそう思うなら良いわよ。せいぜい節度を持って付き合いなさい」
「はいよー。じゃあ、切るよ」
「待って」
「……何?」
「ねぇ、義信」
「奈穂ちゃんとは、本当に何にもないんだよね?」
「姉弟に何かが起きるとか同人誌の中だけだよ」
「けどさ……」
「奈穂ちゃん、明らかにあんたのこと意識してるわよ」
その言葉は、とても面倒事を感じさせるものだった。
◇ ◆ ◇
「あ、通話終わった?」
「ああ、流石有沙ちゃんだわ。姉パワーが違う」
「誰と比べた誰と」
「言うまでもなくないか?」
「やろうぶっころしてやるー」
「棒読みで言うことか」
そんな会話を、家の壁越しにする。
正直、姉が俺を意識しているという言葉は絶対的に勘違いだと思うのだが、有沙ちゃんの言葉なのでとりあえず信じておく。
まぁ、姉にも彼氏ができれば変わるだろう。そんなことを考えて、イヤーマフをつけて眠りに付くのだった。
深夜にふと目が覚める。
喉が渇いたので、麦茶でも飲もうとリビングに行こうとすると、隣の部屋から声が聞こえた。
艶やかな、義姉の嬌声だ。
「あぁ、好き、好き、好き、好き! 好き!!!」
一体誰を想っているのやら。そんな疑問があるといえばあるが、無視してもいいだろう。
所詮、姉弟とはそんなものなのだから。
だから、その声が聞こえた時は冗談かと思った。いくらなんでも、それはないだろうと思った義姉の自慰行為の想像の相手。
「弟、くん」
それは、今の今まで見ないようにしてきた義姉の気持ちを正面から突きつけられる、最悪の事故だった。
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