秘境
第46話
一層が攻略されてから一年三ヶ月後。攻略の最前線は四十層まで到達していた。俺はというと最前線にはいるもののそこまでボス戦には参加していなかった。
そして今は四十層の街『フィッサリア』に来ている。この街はヨーロッパ風で。白く同じような建物がいくつもあり、どれがどれなのか見分けがつきにくい。そのため、建物の前には取り付けられた建物が、何の店かが判るように看板が取り付けられ、その建物を購入すると看板……その建物の登録名が自動的に刻まれるようになっている。
しかしそれとは別に変わっているところがある。それは街の雰囲気。この街に限ったことではない。他の街でもそうだ。ワイワイ賑わっている裏にピリピリとした空気が漂っている。特に最前線では酷い。
奇跡的にというべきか、ここまでボス戦での死者はほとんど出ていない。それは《サイクロン》や《オルゴール》といった最前線で戦うギルドの健闘あってこそだ。何より大きいのは《フィン・クリムゾン》の存在だ。その実力は昔から聞いていたが、ボス戦で実際にその実力を目にすると、個々の実力は当然ながら人数が少ないながらも言葉を必要としない連携力がすさまじかった。第一層のボス戦ではそれぞれの役割があったためあまり目立たなかったが、二層以降の活躍は誰もが認めるもので、今やFO内でその名前を知らない人はいないだろう。
そんなFO内最強ギルドとの呼び声も高い《フィン・クリムゾン》だが、最近になってPKを始めたという噂が立っている。あくまで噂であって誰かが実際にPK現場を目撃した人はいないのだが、《フィン・クリムゾン》と一緒にいたプレイヤーがこの世から去ったらしい。
彼らの出没場所は主に最前線付近が多い。当初は夜行性だった彼らだが今となっては昼夜を問わず目撃情報がある。街がいつにもまして緊張感が走っているのもそれが原因だ。
とまぁ、そんなことはあったが街の中は安全だった。こうして俺が街の中をのんびり歩けるのは街の中ではシステム上PKが出来ないからだ。
俺が今街を歩いてこれから行うことは二つ。一つは、第一層で黄色く、透けた石をくれたプレイヤーが最前線のこの街に移転し、またあの石に似たものを入手したらしく、それをもらいに行く。もう一つはスフィーと会うことだ。
今向かっているのはニエルという道具屋をやっているやつの所だ。
「あ、ここがそうだ」
建物の看板に『ニエルの道具屋』と刻まれているから間違えない。
店に入ると来客を報せる鈴がなる。この鈴は店を購入時に設定が出来る。鳴らすようにすればその分お金はかかる。これは主に奥の部屋にいる時間が多いプレイヤーなら使用した方がいいし、少ないプレイヤーならただの雰囲気作りだ。
ニエル曰く、
「道具の生産、錬金、合成はすべて部屋でするからつけている」
とのことで、フェルの場合鍛冶をするのに奥の部屋を使わないからつけていないのだろう。
ニエルは来客を報せる鈴を聞いてすぐに出てきた。
「ニエルさん久しぶり」
「ネスト君いらっしゃい。待ってたよー」
「早速ですがあの石は?」
「まぁまぁそんな焦らずに。ここにあるから」
カウンターの下にあった透明な石を取って手渡された。
その石は前回に貰ったのと変わらぬ物だ。黄色く澄んだ透明、なぜか見いってしまう不思議な物。試しに今持っている石を出して比べて見ても違いがない。感触、光沢、凹凸。すべてにおいて一致する。
「すごいな。本当に全く一緒だ」
「でしょ? 戦闘区を歩いていると偶然見つけたんだけど。……この石について何か判った?」
「ごめん何にも。ただ、これの黄色いやつを俺の知り合いが持ってたんだ」
「それは本当?」
ニエルは聞き捨てならんというような口調と表情で問いかけた
「そ、そうだけどどうした?」
「同じものが二つあるならこれが使い道のあるものなのは確定したと思うけど。ネスト君考えてみ? 偶然とは言えあんまり遠くない関係にもう合計して三つもあるんだよ? はっきりとは言い切れないけど」
「つまり、もっとたくさんの人が同じように石を持ってる可能性がある?」
「そういうこと」
確かにそれはそうかもしれない。まだこの石の効果が判らない限り他の誰かが持っていても大丈夫なのか、それとも持っていた方がいいのかの判断はつけられない。けど三つもあるなら俺やスフィーだけの秘密アイテムとはいかないかもしれない。一つや二つならともかく三つ目が出たということはこの石のレア度が俺たちの思っているよりも低く、他のプレイヤーの一人二人持っていてもおかしくないのが今の現状だ。最も、石があったときにプレイヤーが拾っていればの話だが。
「もしそうだとすると普通噂が流れますよね? 効果が判らない石なんか聞いたこともないけど別に隠しておく必要のあるようなものでもないし」
「そうだね。使い方が判らない物を隠す意味はない。普通はそう考えるよね」
「だったら街のプレイヤーの話に耳を傾けながら様子を見る。もし噂を聞いて、持っているプレイヤーが特定出来た場合は直ちに回収する。あまり他のプレイヤーに持っていてほしくない。別に何の躊躇いもなく渡してくれるだろうし」
「その方がいいよ。せめて使い方が判るまでは」
「そうだな。ありがとニエルさん」
「ちょっと待って」
次、スフィーの所へ行こうとして店を出ようとしたら背後からニエルによって呼び止められて振り返る。まだ何かあるのだろうか。
「つい昨日、《フィン・クリムゾン》について妙な噂を聞いたんだ」
「…………!!」
最近話題になっていて、一番情報の欲しい件についてで体がビクッと反応した。
「本当かそれ?」
「うん。《フィン・クリムゾン》がPKを始めた理由についてだったんだけと……どうやらギルマスがキルされたらしいだよ」
「なっ!」
そんな馬鹿な。《フィン・クリムゾン》のギルマスであるフレイセルはボス戦でも顔を合わせていてその実力は間違いなくFO最強クラスだ。そんなプレイヤーがキルされた? 誰に?
「でもなんで《フィン・クリムゾン》がPKを……」
「どうやらPKを始めたのはギルマスが新たに変わってからって噂。世代交代して《フィン・クリムゾン》の運営体制が変わっちゃったらしいよ」
「そんな……」
それじゃあこれからもPKが起こり続けるってことじゃないか。
俺は手を強く握りしめて唇を噛んだ。
「他には?」
「ごめん。今はこれだけしかない。それにあくまで噂だよ。出来る限りこっちでも詮索してみるから」
「はあ、そうですよね――また頼むよ新しい情報」
「がってん!」
気落ちするのもここまでだ。この店を出る時にこの気持ちをここに置いていく。そんなことばかり考えているとそれこそ危険極まりない。
そう決意して店のドアを押し外へ出た。
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