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 僕は孤児院で育った。 

 物心ついたときには孤児院いた。多分、赤ん坊の時に預けられたんだと思う。


 孤児院には僕のように両親がいない者、親もしくは親類の暴力から逃げてきた者、片親で

育てられないなど、色々な者たちいた。そんな中で僕は学び成長していった。


 孤児院には基本十五、六歳までしか居れず、出て行かなけれない。(養子にもらわれるという事ある)

 当然、生きて行くにはお金が必要だ。

 孤児院を出ていきなり職を見つけろ、なんて無理な話だ。

 だけど、孤児院にはそれを解消するシステムがある。


 孤児院を出ていく者たちの要望希望を聞き、それにあった職を紹介し見習いとして働くいうシステムだ

 例えばメイドとして働きたい場合、どこかの領主や良家などに頼み、住込みで働くというもの。

 体力に自信のある者は兵士になってみたり、鍛冶屋に弟子入りする者いる。


 僕にも孤児院を出て行かなければならない時期が近づいていたが、迷っていた。

 特に希望とかはなくて、どこでもいいと思っていた。


 そんなある日、僕の祖父だという人物が現れる。


「僕の、おじいちゃん?」

「そうじゃ、ヨハンだ」


 正直、実感が湧かない。当たり前だ、今日始めて知ったんだから。


「ウィル、あなたは特に希望はないということなので、祖父であるヨハンを手伝いながら、商人として働き生きていく。ということでいいですね?」

「はい、先生」

 

 孤児院は学校も兼ねているためそう呼んでいる。 


 いいも何も、じいちゃんについていく。それしかない。

 後日、荷物をまとめて友人たちとの別れ惜しみつつ孤児院を出た。


 最初、じいちゃんとの関係は良くなかった。

 口数が少なくて苦労する。

 

 僕が知りたかったのは両親ことだ。


「お前をワシに預け、どこかへ行った人でなしのことなんぞ、知る必要はない」


 と言って教えてはくれなかった。


 じいちゃんに預けたのは何か事情があってのことかも知れない。そういう詳しい状況も教えてはくれなかった。


「それにな、ワシも変わらん。赤子のお前を孤児院に預けた。人でなしだ」


 それはちょっと違う。

 赤ん坊をじいちゃん一人で、それも商売をしながら育てるのは難しい。僕にだってわかる。


「そうか…もうこの話はよせ。忘れろとは言わん、あまり考えるな。生きて行くことをまずは考えるんじゃ」

「うん…わかったよ」


 僕はそれ以上訊くことはしなかった。

 その後はじいちゃんと色々あって…それから商売の仕方を学び、じいちゃんの引退にともない独立、今に至る。


「ざっくり話すとこんな感じ」

「御自分で調べる事は?」


 マイヤーさんに質問に首を横に振った。


「商売しながらじゃ、ちょっとね…。孤児院の先生も知らないと言っていた」

「そうですか」


 親の事を知ってどうするんだ、と言われると返答に困る。

 なぜかわからないけど、知りたいと思ったんだ。恨みつらみを言いたいような、そうではないようなよく分からない気持ちだ。


 場の雰囲気が悪くなってしまった。

 僕は場を繕うように明るく話す。


「とりあえず、僕の話はこのへんで」

「うん…」


 リアンが小さく頷く。


「生きていれば、辛い事や知られたくない事は誰にでもあるから、わざと訊いたわけじゃないんだから気にしなくいいよ」


 そう彼女に話す。黙って頷き返した。


「それはわたしもございます」


 マイヤーさんが話始めた。


「実は若い頃、駆け落ちをしまして、いやー若気の至りとはまさにこれの事」

「アル、本当?」

「そうは見えないけど」


 マイヤーは真面目な執事という印象しかない。だから意外すぎる話に驚いた。


「この話、シュナイダー様にも話しておりません」


 彼は笑顔で話している。


「そうなんですか。それで…」

「それで、その方とは別れまして…」

「え?…」

「ちょっと!どういうことよ、それ?」


 リアンが驚いて立ち上がる。


「今、駆け落ちって」

「そうです。わたしは覚悟を決めて駆け落ちしたのですが、その方は庶民の暮らしに馴染めずにご実家にお帰りなりました」

「庶民?」 


 マイヤーさんの駆け落ちの相手はかなり良家のお嬢様だったそうだ。


 彼が仕事を終え、帰宅するとその人はおらず、手紙が置いてあった。


「こんな暮らしには耐えられない。帰る。と」

「それだけ?」

「はい」

「ごめんなさい、の一言もないわけ?最低!」


 なぜかリアンが憤慨し腕を組んで座る。


「まあ、仕方ありません」


 マイヤーさんは笑顔のまま肩をすくめる。

 その後の話、彼はその後、いい出逢いし結婚して子供を儲け、孫もいるということだ。


「所で、そのお嬢様とはどうやって知り合ったんですか?」

「わたしは執事意外の仕事は知りません」

「ああ…主人の娘さん…」

「そういうことでございます。身分の差は埋めるのは難しいと感じた若い頃の話です」


 そういうながら、飲み終わった僕たちのカップを下げる。


「アルは悪くないわ。お嬢様の覚悟がなかったのよ、遊びじゃないんだから」

「価値観という物は早々変える事は難しいということでしょうか?」


 シンディの問にマイヤーさんは頷く。


「そういう事でしょうな。二人で暮らすだけなら十分な収入は確保できていたのですが、彼女して見れば足りなかったようで」

「難しいね…」

「全然、難しくなんかない!アルの気持ちに答えればいいだけ、その気持ちがないなら最初から駆け落ちを断ればいい」


 リアンはかなりご立腹だ。


「そうですな」


 マイヤーさんは彼女の言葉に笑顔のままだ。


「マイヤーさん、シュナイダー様に話してないって隠してたんですか?」

「そういうわけではないのですか、特に訊かれませんでしたのでこちらからはお話しすることはありませんでした。興味がなかったのでしょうな」

「そうですか」


 マイヤーさんの話はもういいんじゃないだろうか。


 彼の収入という言葉で気になった事がある。

 シュナイツの財政状況だ。


「シュナイツの財政状況ってどうなっているのかな?さっきシンディが出納を管理してるって言ってたけど」

「はい、わたくしが担当しています」

「帳簿はつけてる?よかったら見せてもらえる?」


 帳簿とは、簡単にいうと金品や物品の出し入れを記録する物だ。

 

 特にお金の出入りはちゃんと記録をしておかなければならない。

 支出と収入が目に見える形で残すことで、計画的に金銭を運用していくことができる。

 商人をやってきたから基本的な事はわかってるつもりだ。


 シンディが棚から分厚い紙の束を持ってきた。

 帳簿をめくっていく。

 罫線を綺麗に引いて、見やすくしている。

 金額だけでなく項目も書かれていた。


「罫線と項目、金額全部、シンディが記入してるの?」

「はい、全部わたくしがしております。…何か不備がございましてでしょうか?」

「いや、ないよ。綺麗に記入してあって読みやすいよ」

「ありがとうございます」


 費用としての支出が小麦、野菜、干し肉ってこれは食費(領民たちの分も入ってる)。それとインク、ペン、紙は消耗品費っと。

 布や糸、革。これは補修用と書かれいる。他にいろいろ支出されている。


 んん?…これだけ?重要なものが抜けている。

 他のページを探したがなかった。


「これ、支出の項目に給料がないんだけど…」

「はい、ございません」

「ん?ああ、別の帳簿に書いてあるのかな」

「…いえ、給料そのものがございません」

「ええ!?」


 僕は耳を疑った。

 給料が支払われてない?


「いやいや…本当に?兵士と使用人みんな?」

「はい」


 はいって…。全員、タダ働き…。

 僕はマイヤーさんを見た。


「わたしも貰っておりません」


 彼は頷きつつ答える。


「ヴァネッサと他の隊長たちは?」

「ないわ」


 リアンが当然だ、みたいな表情で言う。隊長職も貰ってないのか。


「給料は出ませんが、食事と簡素ですか宿舎を保証しております」


 ちょっと前に聞いた気がする。

 そう、ミャンの自己紹介の時だ。

 

 シュナイダー様が食事とベットを~て、普通に聞き流してた。

 確かに給料の事は言ってない。


「そうなんだ。…こういう言い方は失礼なるかもしれないけど…どうして、みんなここにいるの?」

「ここには理由があってシュナイツに来る方が多いようですな」


 マイヤーさんは肩をすくめる。


「だからって、無給でいいとはならないと思うけど…」

「兵士及び使用人の募集要項には給料なしと記載してありますので、問題はないかと」


 分かっててシュナイツに来てるのか。


「払いたくないわけじゃないの、払ってあげたいんだけど…ないから…」


 無い袖は振れないということか。


「なるほど。給料についてはわかったよ」


 給料をもらわずに平静でいられるのが、不思議だ。

 兵士や使用人たちは極普通だったし、冗談も言えるくらい余裕がある。

 


 次に収入なんだけど、雑所得だけだ。

 これ以外はない。これのみで食費などを賄っているということだろうか?。 


「この雑所得って具体的にはどんな物なの?」

「それはシュナイダー様のご資産です。それを取り崩した金額です」

「…収入ってこれだけ?」

「はい…」


 僕は頭を抱えた。


 収入はなく、資産の取り崩しだけで、運営してるというのか。

 

 シュナイダー様の資産は無限ではない。当然の話だが。


「その資産はどれくらい残っている?いや、どれくらい保たせる事ができる?」

「この先の支出が変わらなければ、ぎりぎり一年半くらいかと」

 

 一年半か…はあ。給料なんか払えないのは当然だな。


「なにか売るものはない。特産品とか?この辺でしか採れないものとかないの?」

「…」

「あったらとっくに売ってるわ」


 ですよね。

 

 ドアがノックされ、誰かが入ってきた。


「今、いいかい?」


 ヴァネッサだ。


「ああ、いいよ」


 彼女は執務室に入り、僕たちを見回す。


「どうしたの?雰囲気、悪いよ」

「一年半後、シュナイツはなくっているかもしれない」

「は?」


 支出と収入の現状を説明した。


「ああ、大変だね」

「他人事みたい言わないでよ」


 ヴァネッサはごめん、と言いながら何かを差し出した。


「これ、臨時収入になるでしょ」


 彼女が差し出すものは楕円形の薄い物。


 これは…竜の鱗だ!


「これ、どこから持ってきたの?」

「どこって竜の厩舎に決まってるじゃなのか」


 忘れてた。ここには竜がいるんだった。


 彼女から鱗を受け取る。

 竜の鱗は薄く半透明で独特の光沢をもっている。宝飾品として扱われる。


「手を切らないように気をつけなよ」

「ああ、わかってる」


 欠けてる部分がほぼない、綺麗な楕円形だ。


 竜の鱗は剥がれ落ちないと価値はない。無理矢理剥がしたり、死んだ竜の鱗は輝かない。

 頻繁に剥がれ落ちる物でもない。貴重な物だ。


 僕自身は鱗の取引はした事はない、店先で見る程度。


「もっといっぱい、剥れればいいのに」

「リアン、無理言うんじゃないよ」


 ヴァネッサは脇に避けてあった、椅子に腰を下ろした。


「アル、一杯ちょうだい」

「かしこまりました」


 訓練中だったんじゃ…いいのだろうか。

 それよりもだ。


「これは高く売れるよ。一万はかたい、一万二千で売れかもしれ…」

「一万!?」

「本当ですか!?」


 リアンとシンディが驚き、大きな声をあげた。


「本当だよ、こんなに綺麗な鱗は滅多にない。竜の鱗自体、多少欠けていても八千より下はないよ」

「嘘でしょ…」


 リアンがうなだれ頭を抱える。シンディも同様だ。


「あの、どうしたの?」


 ヴァネッサを見るが肩をすくめる。


「どうしたのさ、高く売れるなら良かったじゃない」


 彼女はマイヤーさんからカップを受け取り、一口飲んだ。


「五千くらいで売ってた…」

「それは安すぎだよ…」


 聞けば、五千でも高く感じたらしく即決で売却した、と。


「ヴァネッサ、どうして教えてくれなかったのよ!」


 リアンは机を叩く。 


「あたしは知らないよ、鱗の値段なんて」


 確かにそう。

 竜騎士であるヴァネッサは知ってそうなものだ


「竜騎士のヴァネッサが知らないなんて意外だね」

「王都にいた時は、鱗は国に納める決まりだったから、いくらなんて興味なかったね」


 ヴァネッサはシュナイツに来る前は王都の竜騎士隊に所属している。

 給料をもらってから、鱗には興味なかったんだろう。 


「しょうがないよ」

「申し訳ありませんでした」


 シンディが深々と頭をさげる。


「知らなかったんだから謝らなくてもいいよ。これは綺麗な鱗だからできるだけ高く売ろう」


 鱗はシンディに預けた。

 

 使っていない本を用意しそれに鱗を挟んでおく。

 メモも忘れずに挟んで。


「欠けても、欠片は捨てないでよ。それはそれで売れるから」

「欠片も売れんの?へえ」

「ああ…もう…」 


 リアンが机に伏せてしまった。


「欠片は捨ててしまいました…」

「ええ…」


 鱗は貴重品だ。欠片だからと売れないというわけじゃない。 


 館のそばに捨ててしまって、もう土と見分けがつかない、と。


「いや~。ウィルが居てよかったね」


 ヴァネッサが少し笑いながら、話す。


「わたくしもそう思います」


 僕は苦笑いを浮かべた。

 僕がいなかったらどうしていたのだろうか。


「竜の鱗だけじゃ、やっていけないよ。なんとかしないと」

「シュナイダー様も案じておりました。わたくしは補助金を申請してはいかがですか、と提案したのですが…」

「補助金?」

「規模の小さな領地には国から支援金が出るらしいのよ」


 リアンが復活した。


「そんなのがあるのか。なんで申請してないの?」

「シュナイダー様は乗り気ではなくて…」

「国に頼るのがいやだったんでしょ。プライドが高いところあるし」


 ヴァネッサはそう言った後、紅茶を一口飲んだ。


 シュナイダー様の気持ちが分からなくはない。頼らずに運営できるのが理想だ。

 しかし、お金がないのは死活問題だ。このままではジリ貧、一年半後には…。


「申請すれば、補助金は必ず貰える?」

「大丈夫かと思いますが…条件、金額等、詳細はわかりかねます」

「シュナイダーが開いた領地なのよ、貰えるに決まってるわ」


 リアンは自信を持っているが…。


「シュナイダー様自身が申請していたのなら、十中八九貰えただろうね。でも…」


 ヴァネッサがカップの中の紅茶を見つめながら話す


 英雄のから申請を断るとは思えない。

 あの方ほど国に貢献したひとはいないから。

 

 人を見て、補助金を決めるわけじゃないと思いたい。


「今の所、補助金を出してもらわないと生きていけなくなる、というが現状だ。補助金に関する詳細を国に問い合わせをしよう」

「分かりました。この件は、わたくしにお任せくださいませんか?」


 シンディは補助金を提案したのは自分だから、と補助金について調査を引き受けると言ってくれた。


「構わないけど、君の負担にならない?挨拶状のこともあるし」

「この程度では負担にはなりません」


 彼女は自信が表情に出ている。


「それじゃ、お願い…頼むよ」

「はい、かしこまりました」


 早速、行動を始めた。


「で、リアン。あんたは何してんの?」


 ヴァネッサがリアンに話しかけた。


「私?私は別に何も」

「あんたは仕事をしないのかって言ってるんだけど」


 彼女は紅茶を飲み干してカップをマイヤーさんに返した。

「今の所やる事ないし…」


 リアンは視線を泳がせつつ答えた。


 僕自身もやる事が見つからないんだけどね。


「ヴァネッサは訓練中だったんじゃないの?優雅に紅茶飲んでるけど、いいの?」

「そうよ、いいわけ?竜騎士の隊長さん」


 そう言われたヴァネッサは笑った。


「あたしがいない程度で訓練ができないんじゃ半人前だし、そんな風に教えてない。竜騎士は

自主自立が当たり前だからね」

「じゃあ。廊下の窓からこっそり覗いてもいい?」

「どうぞどうぞ」


 リアンの求めにヴァネッサは自信たっぷりに胸を張る。

 リアンは早速、立ち上がり執務室を出ていった


「僕もいいかな?」


 ヴァネッサの許可を得て僕も廊下へ出る。


「どう?」

「普通にしてるし、面白くない…」


 リアンにしてみれば、竜騎士がサボっていてヴァネッサを笑いたかったのかもしれない。


 窓から覗くとく訓練している様子が、北側の竜騎士隊から南側の魔法士隊までよく見える

 彼女の言う通り、普通に訓練していた。自主訓練となっていたはずなのに。

 

 竜に乗り、剣(本物ではなく木製だろう)で打ち合っていたり、竜に乗らずに打ち合っている者もいる。

 素振りをしてる者もいた。あれはサムだろう。


「どうだい?」

「ちゃんとしてるよ。ヴァネッサの言う通り」


 竜騎士以外にも目を向けてみた。

 隣は剣兵隊だ。

 ライア自身が相手をしている。


「ライアの剣はここでは一番なんだよね?」

「そうだよ。ここ以外でも相当上だよ」

「君でも勝てないとか」

「まあね、あたしは剣の腕前が普通だから。ガルドの方があたしより上だと思うよ」 


 彼女は腕を組み、窓からライアを見つめる。


「じゃあ、なんでサボっているのかしら?」

「うるさいね、あんたは」


 リアンの指摘にヴァネッサは彼女の額を指先で軽く叩いた。


「ガルドの方が上?でも君は隊長だろ?」

「竜騎士は剣を振るだけが仕事じゃないから」


 そうなのか。詳しい話を訊こうしたが、彼女はため息を吐いた。


「ミャンはまた昼寝してるね」


 僕は剣兵の隣、槍兵の方に目を向けてみた。…が、ミャンが居ない。


「屋根の上だよ」


 屋根?あ、ああ…。


 兵士たちの寝泊まりする長屋の屋根の上で寝てる。

 ミャンは寝てるが、兵士たちは精力的に訓練している。反面教師というものだろうか。


「ミャンの槍と君の剣、どっちが上?」

「さあね…勝負は、まだついてないんだよ」

「勝負?」


 ヴァネッサの話によれば、ミャンがシュナイツに来た時、真剣で勝負したそうだ。その時は勝ち負けがつかず、二人共疲労で倒れたんだとか。その後も何度か勝負したが、結局引き分けになっている。


「サボって寝てるアイツに勝てないのは、どうにも解せないんだよね」


 ヴァネッサは眉間にシワを寄せる。

 因みにガルドも勝てないそうだ。ヴァネッサ曰く、ガルドは槍が苦手なんだとか。


「さすがに寝てるのダメね。お昼に注意しましょ」


 お腹を出したまま寝てるミャンにリアンも頭に来たようだ。


 ついでというわけじゃないけど、弓兵隊と魔法士隊も見よう。


 弓兵だから当然弓矢の訓練はしている。その側で…えーと、そう体術の訓練もしていた。

 ジルが身振り手振りで指導してる。


「ジルは吸血族だけど、日光は大丈夫?」

「本人が言うには、純血じゃないからある程度は大丈夫だとさ。まあ、さすがに一日中はキツイだろうけどね」


 もう一人、アリスという吸血族がいるがこちらはほぼ純血らしく昼間は外に出ず寝ている。


「アリス?だっけ、今は寝ていて、夜はどうしてる?」

「次の日の、日の出まで見張りをしてる」

「夜通しで?」

「そうだよ。 本人がやるってね」 


 そうなのか。お腹が空いたりしないだろうか。


「正直、助かってるんだよ。夜目は効くし、ちょっとした気配でも気づいてくれるから」

「シュナイダー様を助けに一番早く駆けつけたのよね?」

「ああ…」


 ヴァネッサはリアンの言葉に表情を曇らせる。


「ごめん…」

「なにが、ごめんだよ」


 ヴァネッサはリアンの首に腕を回し、拳を彼女の頭にグリグリ押し付けた。


「痛ぁぁい!やめてよ、ほんとに痛いってば!」


 リアンを解放してためを吐いて、僕を見る。


「なに?」

「い、いや別になにも…ああ、ヴァネッサも体術訓練やるの?」

「もちろん、やるよ」


 ちょっと涙目になっているリアンの頭を撫でながら答える。


「さほど得意じゃないけどね」


 竜騎士は剣と体術が基本と彼女は言う。


「弓とか槍も習ったけど…あたしには向いてない。うまいヤツに任せるよ」

「ヴァネッサにも苦手なものがあるんだね?」

「苦手なんじゃなくて、向いてないの。弓槍しかなかったら使うよ」


 ヴァネッサは他の種類の武器についても持ち合わせいた。


「好きで調べてただけさ」

「女性で武器が好きってどう思う」

 

 と、リアンに訊かれたが…。


「どうって…そうなんだくらいかな。昨日までなら珍しいって思ったんだろうけど、ヴァネッサたちを知ったらね」


 外で訓練のライアやジルをみながら言った。


 女性と武器が相反する物と決められてるわけじゃない。


「ここが常識みたい思ってない?」

「そんな事はないけど」


 聞いていたヴァネッサが含み笑いをしてる。


「あたしの武器好きはともかく、ライアたちは生き抜くために武器を使ってるんだから、非常識なんてことはないんだよ。それでシュナイツも守られてるんだし」

「それは感謝してる。どうなのかなって思っただけよ。あたしは興味ないし、持ちたくない」


 リアンは訓練の様子を見つつ、ヴァネッサに言った。


「あんたに持たせるなんて事はしないから安心しな」


 ヴァネッサは優しい声でリアンの肩に手を置く。


「ウィル、あんたは習った方がいいね」

「え?僕が?無理だよ。領主には剣の心得が必要、なんてことはないでしょ?」 


 シュナイダー様じゃないんだから。


「必要じゃないけど、基本の型くらいは知っておいてほしいね。リアンはどう思う、こいつが華麗に剣を振る姿、見たくない?」

「あーそうね…ちょっと見てみたいかも」


 リアンは口元に手をやって話す。


「勘弁してよ…」


 冗談じゃない。


「でも、決めるのはウィルだからね、無理強いはだめ」


 リアンはそういうけど、ヴァネッサは分かった、といいながら口元が笑ってる。怖いなぁ。アレコレ理由をつけてそっちにもって行こうとしてそうだ。


 話の流れを変えたいな、そう思って弓兵隊から魔法士隊に目を向けた。


「あー、魔法士は五人だけなんだね」


 多少、わざとらしく言ったかもしれないが聞き流してくれた。

 

 魔法士の訓練風景…というより魔法そのものが僕にとっては珍しい。見たことがないわけじゃないんだけど。

 見たことあるのは、指先にロウソクほどの火を灯すのと小さな石を光らせるこれくらいだ。


 窓から見える魔法はそんな小さな物じゃない。

 魔法士それぞれが持っている棒状もの…杖だろう、その先から何かを放っている。

 五人中四人が一人に向かって魔法を放っていた。

 一方的に放たれる一人は杖の先に透明な壁ような物を作り出し受け止めてる。


「あれ、どういう訓練なんだろうか?」

「あれは”障壁訓練”です」


 エレナがいつの間にか、そばにいて僕たちと同じく窓から魔法士たちの訓練を見ていた。


「しょうへき?」

「そうです。防御魔法の一つ。基礎的なものです」


 エレナなあまり声を張らず話す。


「魔法による攻撃を受け止め、無効化する。初歩的障壁をうまく扱う事は他の魔法もうまく扱う事に直結する」


 はあ、分かったようなわからないような…。


「防御は攻撃よりも重要と、私はそう教えらた」

「攻撃は最大の防御なんて言葉もあるけど?」


 そう言ったのはヴァネッサだ。


「まずは自分自身を守る事が重要」

「そうだね。防御を疎かにしちゃいけない」


 魔法士たちの訓練は続いている。と思っていたら、魔法を放っていた四人がそれをやめた

 四人は肩で息をしてるように見える。中には座り込んでいる者もいる。

 一方、攻撃を受けていた方はそうでもない様子。


「魔法力は無限ではありません。一度に使える魔法力は魔法士個人よって違い、訓練によって少しづつ増えていきます。消費した分は時間ともに回復はします」

「防御側がさほど疲れているようには見えないけど…」

「あの程度の障壁では攻撃魔法よりは消費はしません。それにリサは五人中では一番能力高い」

「才能があるんだね」

「ないです」


 エレナはキッパリ言い切った。


 魔法士は幼少期から訓練するのが常識だという。その方が魔法士としての成長が格段に早く大きく成長するそうだ。

 エレナも幼少期から訓練してきた。

 しかし、ここにいる魔法士たちは大人で本格的な訓練はシュナイツに来てから、という事だ。


「あんたに比べたら、ないってことでしょ?」


 ヴァネッサの言葉にエレナは首を振った。


「比べるとかそういう事じゃない。そもそも、あの年齢ならば、一度目の限界を突破していなければならない。私は十代になる前に突破している。彼らはどう考えても、訓練に入る時期が遅すぎる。才能があったとしても遅すぎては成長しづらい」


 魔法士は一生涯の内、三度の限界が訪れるという。その限界を突破することで大きく成長するのだそうだ。

 成長と言っても、階段を一つ上がるのではなく、一階から百階に上がるような感覚なんだとか。

 因みにエレナは二度、限界を突破しれいる。


「あーそれは前に聞いたね。でも、見込みがないわけじゃないんでしょ?」

「ないわけじゃない…けど彼らの限界突破は一度はできる。二度目以降はないと、私は考えている」

「そういう話、本人たちには…」

「してはいない、する気もない」


 魔法士とは厳しいものらしい。いや、厳しいのはどの職業でも同じだろう。

 僕自身も商売がうまくいかない時期があった。


「どこまで成長できるかは、後は本人しだい」

「本人しだい?エレナの指導で補うことはできない?」


 彼女は僕の言葉に首を振る。


「私から彼らに具体的は指導しません。いえ、できないと言っていい」

「できない?」

「魔法力の使い方は個人よって微妙に違います。理論や体系を教えることはできても、魔法力の使い方は容易には説明できないのです」

「ちょっと、よくわからないんだけど…」

「自分自身の中にある魔法力をどのように捉えているか、が個人によって違うのです。煙にような物という者や湧き水のような物という者もいます」


 へえ、そういう物なのか。


「なのでこちらの捉え方、使い方を言っても混乱させるだけす。本人しだいというはこういう事情があるためです。幼少期から訓練が重要なのは捉え方、使い方が柔軟にできるということもある」


 エレナは小さく息を吐いた。


「だから私には彼らに対して何もできない」

「そんなわけないじゃない。あんたという手本がいるでしょ、これは大きいことだよ」


 ヴァネッサはエレナの肩を掴み、自分の方へ向かせた。


「あんたは生まれた時から魔法士じゃないでしょ?あんたにだって悩んだり苦労した時期はあったはず。その経験を話すことも、指導の内にはいるんだよ」

「私の時とは状況や立場が違う」

「そんなことはわかってるよ。あんたはその時どう思ったのか、どう乗り越えたかが、大事なの」

「どう乗り越えた?…あの時は…」


 エレナが遠くを見つめる。


「あの時は、先生が助けてくれた」

「そう、ならその先生と同じようにアイツらに教えればいい」

「…無理、私は先生のように的確に助言をすることはできない。どうしていいか…」


 ヴァネッサはため息を吐いた。


「先生は私の事をよく理解していた。理解してくれた上で、的確な助言をしてくれていた。でも私は彼らの事はわからない。先生はどうやって私を理解していたのか…」

「エレナ、魔法の研究も大事だけど、あいつらともっと話をしてほうがいいよ」

「彼らは私がいると緊張すると言っている」


 ヴァネッサはエレナの言葉に笑う。


「普段いないから、緊張するのさ。いつも居ればそれが当たり前になる。あいつらと訓練に合間い雑談でいいから話してきな」

「それで彼らを理解できる?」

「できるよ。あたしは最初、あんた事がわからかった、でも”今”は全部じゃないけど分かる。あんたはどうだい?」


 エレナはヴァネッサの言葉に目を見開き彼女を見上げた。


「なるほど…そういう事。彼らの所に行ってくる。失礼します」


 彼女はそういうと去って行った。

 窓からエレナが魔法士たちの方へ行くのが見える。


「魔法士は研究が仕事らしくてね、エレナも子供の時からそうしてきたんだと」


 ヴァネッサが窓の向こう、エレナを見ながら話す。


「子供の時からって学校は?」

「それと同時平行」


 学校の勉強と魔法の研究を同時にって…。


「友人はいないって言ってなかった?」

「そう、友達作らず研究に没頭していたって」

「魔法が好き…というよりのめり込んでいたのかな?」

「だろうね。ほぼ自由…そうしていいだけの才能があった。いや天才っていったほうがいいかもね。本人は否定するけど。研究に集中しすぎて他人と付き合い方があまり分かってない節がある」


 それでさっき話せと


「ここに来たすぐの頃よりは話すようになったけど」


 そういって少し笑う。


「お喋りな、ヴァネッサの側にいたらそうなるでしょ」

「あんたに、言われたくないね」


 リアンとヴァネッサが目を合わせ笑う。


「魔法士としての才能があるのにどうして西の国を出たんだろうか」

「それはいつか本人の方から言うまで待ってもらえるかい?色々あって…出たくて出たんじゃない、とだけ」

「そう…」


 自己紹介に訊いた様子では何かがあり、本人はそれを気にしているようだ。

 

 訓練の様子を各隊一通り見てしまったので、執務室に戻ろうとした。

 その時、声をかけられる


「ウィル様、今お時間よろしいでしょうか?」


Copyright(C)2020-橘 シン

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