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 ここに来る少し前、南の国と貿易がなくなる、という噂が王都で広まっていた。


 南の国との貿易がなくても王国は食料には困らないだろう。しかし、医薬品については南の国からの輸入に頼っている。


 当然、困るのは病人、けが人だし医者も薬がなければできることは限られる。そして医薬品を

扱っている商人も困る。 それだけじゃない、医薬品以外の物、人が止まってしまってお金も回りずらくなる。


 実際、薬商人(やくしょうにん)の友人も嘆いていた。


 実は僕も心配していた。

 じいちゃんは持病を持っていてそのための薬を買わなけばならないからだ。

 幸い、手に入りやすい薬だから大丈夫と思っていた。.王国内でも生産してると聞いていたし。


 だが、友人(薬商人)がいうには、


「輸入分がなくなれば、王国内での流通量が減るからな、当然…」

「値段が上がる」

「そういうことだ」


 考えてみれば当たり前の話だよね。


 僕は急いで必要な薬を買い走った。もうすでに値上がり始めていたが、背に腹は変えられない、その値段で買うしかなかった。

 四年は持つだろという量を買ってしまった。


 それで噂が大きくなって騒動となり混乱に差し掛かった頃、王国からの状況の発表がされた。


 発表された内容は、天候不順が続き船の出航ができない。その状況で無理に出航した船

が港の防波堤に衝突という事故が起きたために船の残骸の処理と防波堤の修理のため港を閉鎖する。ということだった。


 閉鎖の期間は二ヶ月から三ヶ月の予定。ということだった。


 王国からの発表で落ち着きを取り戻す。


「と、まあこんなことがあったんだ。薬を買い込んだ翌日に国からの発表ってのがね…タイミングが悪すぎよね?」


 そう言って僕は笑った。が、みんなの雰囲気が暗い。


「どうしたの?」

「うん…ウィルにはのおじい様がいるのね…」

「誰か、そばに居いるの?」


 リアンとヴァネッサはじいちゃんを心配しれくていた。


「いないけど大丈夫だよ、薬も届けたし。近所の人がよくしてくれている」

「分かってないね。あんたのじいさんに何かあっても、ここをおいそれと離れる事はできないんだよ?」

「それは…分かってるよ」


 じいちゃん事を心配してないわけじゃない。


 ヴァネッサの言う通り、離れる事はできない、そういう状況を作ったのは僕自身だ。


「こういう言い方は怒るかもしれないけど、これは僕の事で君たちには関係ない」

 

 みんな、なにか言いたそうな顔をしている。

 

 食事の手が止まっていた。


「ウィルがそう言うなら、いいんじゃなイ?」


 ミャンがリアンたちを見ながら話す。


「アタシ、ばあちゃんがいるんだけど、今どこにいるんだか、わかんないんだよネ」


 彼女は苦笑い浮かべスープを一口。


「薬買って、届けるなんて偉いと思うヨ」

「偉いとか偉くないとかそういう話ではない」


 彼女の言葉にライアがたしなめる。


「そうなノ?」


 ミャンのとぼけにライアはため息をつく。


「ウィル様、失礼だがおじい様の容体はどうなのか?」

「酷い状態じゃない。薬を飲めば収まるし、じいちゃんの所に帰るのは年に二、三回でいつも薬を持って帰るんだけど、前回の分が余ってるというか四年くらいは大丈夫」

「なるほど、今すぐどうこうというわけでないと」

「そうだね」


 僕の説明にライアは頷きつつ答えた。


「分かったよ、あんたの言う通り関係ない」

「でも、ヴァネッサ…」


 リアンはまだ気にしているみたいだ。


「そうだな…手紙を書こうと思ってる」

「そうしたほうがいいわ。それでどこに住んでるの?」

「東の国だよ」


 具体的には南の方に住んでいる。


「遠いのね…」

「うん」


 どうにも場が暗くなってしまう。


 無理矢理に話を変えるしかない。


「それで話を戻したいんだけど、いい?シュナイダー様の件とさっき話した貿易がなくなるかもって噂話、比べるようなものじゃもちろんないんだけど、状況が似てる気がするんだライアが言った通り、公式発表で噂をなくそうって話。どう?」


 僕はヴァネッサに話しかけた。


「ああ、そうだね。あんたの話に乗るよ。あたしにはいい案が浮かばないしね、みんなどう?」


 他のみんなもリアンも含めて特に異論はないようだ。


「早い方がいいなら竜騎士を出すよ。麓の町までなら今日の夕方までに帰ってこれる」

「そんなに早く?」

「ああ。もちろん」


 彼女は自信持って大きく頷く。


「ぼくなら、王都まで五日で行ける。早くとどけたいなら承るが、どうだろうか?」


 ライアが手を上げ僕とヴァネッサを見る。


 王都まで五日は…かなり早い。


 ライアは翼人族だ。そんな事は朝飯前といった所か。


「あんたは目立つから、王都なんかに行ったら騒ぎになっちゃうよ。やめときな」


 ヴァネッサが反対のようだ。


「それは馴れているよ。馬だと十日以上はかかるだろ?僕が行けば…」

「だから、やめときなって…」


 ライアは行きたいのか食い下がり気味に話す。そんな彼女にヴァネッサは何か耳打ちした。


「…」

「あ、そ、それは確かに、保証しかねる…」


 ヴァネッサに何を言われているのかわからないが、ライアが少し焦っているように見える。


「ウィル様。申し訳ないが、先程の発言を取り消していただきたい」

「え?ああ、別にいいけど、どうしたの?」

「ヴァネッサ、なに言ったの?」 


 僕とリアンが訊くが二人も曖昧に笑うだけだった。


「じゃあ、竜騎士を出してもらうよ」


 ヴァネッサが頷き、竜騎士を出すというこで決定した。


「魔法は?魔法でなんとかできないの?王都までひとっ飛び~って、ネエ?」


 ミャンの言葉がきっかけでエレナに注目が集まる。


 そんな事できるのだろうか?


 エレナは少し驚いたようすで僕たちを見回したあと、俯いてしまった。


「あるにはある…」

「あるんだ…使えるの?」


 僕は訊き返すが、黙ったまま。


「…いいえ。わたしはその知識を持ち合わせいない.」

「どゆこト?」


 ミャンの問にエレナはスプーンを置いて手を組む。


「転移という魔法がある。.自分がいる地点から任意の地点に一瞬で移動できるというもの」

「すごジャン!」


 確かにすごい。


「だけど、その魔法はわたしは使えない。習ったことがないから」

「そこまで知っていれば使えそうなものだが…」


 彼女はライアをちらりと見る。


「本来なら知っておかなければならない。けど、わたしは…興味がなくて…その、習ってない…」

「それってサボりでしょ?」

「あんたが言うんじゃないの」

「そのとおりだ」


 ミャンの言葉にヴァネッサとライアのツッコミが入る。


 彼女はうぐっと声を漏らす。


「申し訳ありません」

「いや、知らないものは仕方ないよ」


 エレナは謝罪したが、僕は気にしないよう声をかけた。


「転移についてはこれから研究を開始する。いつ出来るか明言できないが、可及的速やかに完成を目指す」

「分かった、でも無理はしないでほしい」

「隊長としての仕事をそっち退けにするんじゃないよ」


 僕とヴァネッサの言葉にしっかりと頷く。

 

 このあと、少し会話をしつつの食事が終わり、王都への手紙を用意するため執務室へと移った。


 ミャンとエレナについては領民たちの前には出ず、隊長としての仕事に戻るようヴァネッサが指示をした。



 執務室は多目的室の隣(謁見室の反対側)だ。多目的室とはドアで繋がっている。


 広さは多目的室と同じくらいかな。半分は書庫棚で机が三つ。

 僕とリアン、シンディのもの。


 あてがわれた机に座る。


 席は廊下側ドアの正面最奥。リアンは右前に座りさらに右にシンディが座るようだ。


「この机はシュナイダー様が使ってたもの?」

「そうよ」

「以外に小さいんだね」

「ここのはね、書斎に大きくて立派なのがあるわ」


 書斎もあるのか。

 それと机が綺麗という感想には、


「それはね、あの人は書類仕事が大嫌いだったからだよ」


 とヴァネッサが困り顔で答えた。


「いつの間にか居なくなってるのよね。井戸の所でウィルと話してたのはきっとその時よ」

「…そうなんだ」


 シュナイダー様の人柄を少し知ることができた。

 

 シンディたちが食事を終え帰ってくる。

 オーベルさん以下メイドたちは食事の片付けをするため多目的室へ向かった。


「みなさま、食後の紅茶はいかがですかな」

「はい、お願いします」 

「かしこまりました」


 マイヤーさんが紅茶を入れ始める。


 僕の”お願いします”という言葉にヴァネッサがからかう。


「年長者だからって気を使いすぎなんだよ。あんたは」

「仕方ないじゃないか。気を使わなくないのもどうか思うよ」

「ウィル様もヴァネッサ様もわたくしめは別に何も思ってませんので、そのへんでおやめください」


 マイヤーさんが柔らかな笑顔とともに紅茶の入ったカップを渡してくれる。


「いいじゃない。ウィルがそうしたいならそれでいいのよ、領主なんだから。…ありがとう、アル」


 僕とヴァネッサのやり取りを見ていたリアンが紅茶を受け取りつつ、呆れたように話す。


 年長者を使用人とはいえ呼び捨てにするのは抵抗感がやっぱりある。


「王都への手紙を準備したほうがいいでは?」

「そうだね」


 ライアを言葉に準備を進め始める。

 

 各領地から都へ重要書類を送る場合、専用の革封筒に入れて送ることになっているそうだ。

 料金は高くなるものの、専用の馬が用意され、町から町へリレー方式で王都まで送られる。


「こういうのって、途中で盗まれたり中身見られたりしないの?」


 リアンが心配そうにいう。


「滅多にないかな。極稀にある感じ」

 

 手紙等の郵送事業は国が管理運営している。

 実際に働いている人は国が募集し面接等を経て採用される。


 手紙が届かない、中身見られた、盗まれた等の苦情には厳正に対処され不正を働いた者には即刻クビとなる。

 場合によっては収監もある。


「…ということだから。心配はいらない。でもリアンの気持ちもわかるよ」

「うん」

「これの仕事、結構人気があるんだよね」

「そうなの?」

「きちんと働いていれば、毎月給料は貰えるからね。商売と違って安定してるし」

「不正を働く意味がないってことだね」


 ヴァネッサが紅茶を飲みながら話す。

 彼女の言う通りだ。


 僕も何度か臨時で手紙を運んだことがある。

 僕の場合、田舎を回る事が多いから、そっちへの手紙がないか調べてから向かうようにしていた。

 さほどお金にはならないけど、ないよりはましだ。


「必要は書類は?さっき急ぎで書いたものだけじゃないよね?」

「はい、あと必要なのは…ウィル様ご自信の手紙です」

「ぼ、僕の?」

「はい、シュナイダー様の遺言よりシュナイツを引き継いだことと、国への忠誠を誓う手紙です」

「…」


 参ったな、どんな文面で書いていいかわからないよ。

 

 ヴァネッサが笑っている。他人事だと思ってるだろう。


「適当でいいよ」

「そういうわけにはいかないよ。シンディ、参考になりそうなものってない?どうしていいかわからないよ」

「わかりました。探して見ます」


 彼女は書庫棚を探し始めた。


「遺言のことを書くなら、遺書も同封しなければいけないだろう」

「ええ!?なんで?」


 ライアの言葉にリアンが立ち上がり驚く。


「なんでってそりゃ、シュナイダー様の遺書も一緒に送らないを疑われるでしょ?違う?」

「そうだけど…」

「僕もまずいと思うよ。もし補佐官のリアンが領主になっていたら疑われはしないと思うけど、僕は元部外者だし…」


 旅商人がいきなり遺書があるとはいえ、領主になったら変に思われる。


「そんなに慌てることでもないでしょ、なんかまずいわけ?」

「べ、別に慌ててなんか…」


 ヴァネッサの指摘に明らかに動揺してる。


 リアンはため息を吐いて座った。


「遺書についてはリアン様とヴァネッサに一筆書いたほうが信用を得られやすいのでは?」


 ライアは二人に向かって言う。


 遺書がみつかった経緯とシュナイダー様が書いたと判断した旨を書くことなった。


「リアン、あんたに任せるからね」

「えー…全部、私が書くの?ヴァネッサも手伝ってよ」

「あたし、字汚いし、署名だけするから」


 リアンは口を尖らせ、不満を漏らしながら紙とペンを用意し、書き始める。

 

 シンディさんが探してくれた文書を参考に文面を考え、何度か下書きし清書する。


「ふう、こんな感じでどう?」

「拝見します。…よろしいかと」


 一応、シンディ以外にも見せ、大丈夫だろうということだった。


 これから毎日、こんな仕事をしなければいけないのだろうか…。そう思いつつ紅茶を一口飲んだ。


「こういう書類仕事って毎日だったりする?」


 恐る恐る、シンディに聞いてみた。


「毎日というわけでは…」

「そう…」


 ちょっと安心する。


「あんたも苦手な口かい」

「苦手?…うーん、朝から晩まで机に向かうのはちょっと…ね」

「きちんと休憩を挟みますので、ご安心ください」

「い、いや、大丈夫だから。ありがとう」


 シンディは頭を下げてしまった。

 

 リアンが書類を書き終わり、シンディたちに確認してもらう。僕も一応読ませてもらった。


「これよろしいと思います」

「僕もいいと思うよ」


 必要な書類を革封筒に入れる。


ヴァネッサが友人への手紙を入れて欲しいとのことで一緒に同封した。


「遺書は領民に報告する時に使うからまだだよね?」

「ああ…領民への報告があるのよね…」


 リアンは気が乗らないようだ。


「早く終わらせよう、無事に済めばとりあえずは平穏?になるんじゃない?」

「そうだね。無事に済めばね…」

「やめてよ、ヴァネッサ。そういう言い方」


 リアンはヴァネッサの言葉にため息を吐く。


「それじゃ、ぼくはみんなに集まるよう行ってくるよ」

「わたくしも行きます」


 ライアとシンディさんが部屋を出ていった。


 入れ違いにジルが入って来る。


「領民への報告。わたしも同行します」

「あんたはいいよ。ミャンとエレナも行かせないから、残ってていいよ。いつもどおり訓練をお願い」


 ヴァネッサはジルの肩を軽く叩き、断った。


「了解しました。それでは失礼します」


 一礼したあとジルが出ていく。


 カップに残った紅茶の飲み干したあと、僕たちも遺書と血判状を持って部屋を出た。


 マイヤーさんのいってらっしゃませの声とともに。



「ヴァネッサ、ミャンたちを連れていかないのはどうして?」


 館を出る間、リアンがヴァネッサに訊いた。それは僕も思っていた事だ。


「護衛用の兵士を連れて行くし、隊長全員連れて行って、物々しい感じになるのがいやだし」

「護衛って誰の?」

「あんたたち、二人以外にだれがいるのさ」


 領民たちの前に出るのにそんなものが必要だろうか?


「いらないなんていうんじゃないよね?。この辺は山賊が潜んでるんだよ」

「でも…」

「でもじゃないよ」


 彼女は立ち止まる僕の左肩を掴む。ヴァネッサの指が食い込むのが分かった。


「いつ、なにが起こるかわからない。…あたしはね、二度と領主を失うなんて失態はしたくないんだよ」

「ヴァネッサ、大げさよ」


 リアンが僕の肩を掴んでいたヴァネッサの腕を掴む。


 ヴァネッサはシュナイダー様を目の前で亡くした。領主の盾となるべきだったヴァネッサは、自分の責任だと罪悪感をもっているんだろう。


 僕はヴァネッサの腕を掴んでいたリアンの手を掴んだ。


「リアン、君は先に一階へ降りてて」

「え?」

「ヴァネッサと二人だけで話したいんだ」


 リアンは僕とヴァネッサ交互に見る。


「すぐ行くから」

「うん…」


 彼女はしぶしぶ一階へ降りていった。


「ヴァネッサ、力入れすぎだよ」

「ああ、ごめんよ…」


 解放された肩を自分で揉みつつ、廊下を少し戻る。


「君はそんなに気負う必要はないと思うよ。」


 何か言うとした彼女を手で制す。


「最後まで聞いてくれ。僕はシュナイダー様じゃない。君はシュナイダー様を守れなかったと悔いているかもしれない。それを僕を守ることで罪滅ぼしをしようなんて考えているならやめてくれ。もし君が僕を庇って死んだりしたら、今度は僕の方が悔いると思う。その、別に護衛しなくていいって言ってるんじゃないんだ…ごめん言ってることが支離滅裂だ」

「ウィル…あんた…ふっ」


 彼女は口元に少しだけ笑みを浮かべた。


「なにも知らないくせに、言ってくれるね」

「ごめん」


 彼女は首を横に振った。怒ってはいない。


「…それでもあたしは、あんたを守らなきゃいけない。あんたはシュナイツの領主で、あたしは竜騎士だから」

「君は認めていないだろう」

「そんな事はないよ」 


 そう言って頬を掻いた。


「ガルドとのやり取り、初対面のわりに堂々してたし。肝が据わってるじゃないか」

「そうかな?声が震えてた気がするけど」

「食事のときにした噂話も。まあ、半分だけ認めてあげる」


 彼女は笑みを浮かべつつ、拳を僕の胸に当てた。


「半分か…もう一声」


 僕は人差し指を立てる。


「贅沢言ってじゃないよ」

「確かに贅沢だ。今の僕には半分でも手に余るね」


 彼女は何も言わず、少し微笑む


 彼女からもう半分、認めてもらうのはいつになるのだろうか?


「僕は言いたいのはさっき言った通りだ」

「ああ、分かったよ。もう行かないとリアンが心配するね」


 そう言うと階段の方へ歩きはじめた。.


「ヴァネッサ、剣や鎧はいいの?」

「え?あ…もう、あたしとしたことがっ」


 ヴァネッサは忘れいたようで装備を取りに謁見室へ向かった。


「先に行ってるよ」 

「ああ、いいよ」


 そう彼女に声をかけてから階段へ向かう。


階段の下でリアンと料理長が離していた。


「…しいって言ってたわ」

「そうすか」


 二人が僕に気づく。


「あ、ウィル。料理長がね、食事はどうだったかって」

「ああ、美味しかったよ」


 階段を降りつつ、正直に答えた。


「どうもです。毎日、変わり映えしないのがなんとも…」

「僕は気にしないよ。それに食材もここじゃ限られるし、仕方ないさ。食べられるだけ幸せだと思うよ」


 よろしく頼むね、と料理長に言った。料理長はへいっと頷いて厨房へ入って行く。

 

 リアンが階段を上を見ながら尋ねてきた。


「ねえ…ヴァネッサはどうしたの?」

「装備を忘れたみたいで取りに行ってる。もう来るんじゃないかな」

「何話してたの?二人で」

「…大した話じゃないよ」


「気になるの?」


 装備をつけたヴァネッサが少しニヤついて降りて来る。


「別に…」

「顔に書いてあるよ」

「だから!別に気にしてないってば」


 リアンは口を尖らせ、外に出てしまった。

 ヴァネッサと僕もそれ続いて出ていく。

 

 館の出入口はいくつかあるようで、今で出たのが西口、さっき兵士たちの出た時と同じ所だ。 西口はもう一箇所ある。

 最初に入ってきた出入口が北口。門から入って一番近い。


 門ついては北向きの門があるのみで、館と敷地を防壁が囲んでる。

 

「門の方へ行ってな」

「ああ」


 ヴァネッサは兵士たちが訓練してる方へ行った。


 門の方へ歩きつつ、ヴァネッサを目で追う。

 彼女は訓練中の兵士たちに話しかける。


 兵士たちは各隊ごと集団(魔法士はいないようだ)になっていて、それぞれにヴァネッサは話しかけいた。

 ライアたち隊長とも話している。


 程なくして彼女は六人を連れこちらのやってくる。その中にはガルドとハンスがいた。


 ガルドはあまり乗り気ではない様子だ。ヴァネッサに尻を蹴られて渋々といった感じ。蹴ったときの音がこちらにも聞こえきた。

 たぶん、本人は嫌なんだろう。さっきの領主の紹介のやり取りからして、僕に対していい感情を

持っていない。

 なのにヴァネッサは無理に連れてきた。


「別にガルドじゃなくても…」 


 門のそばにいたリアンの隣に立つ。彼女も同じように思っていた。


「ヴァネッサには何か、考えがあるんじゃないかな」

「何よ、考えって」

「分かんないけど…」

 

 リアンはため息をつく。


 ヴァネッサが連れきた六人が、僕とリアンの前に並ぶ。


「ガルド、あんたは竜に乗って門の外で待機」

「了解…」


 ガルドは僕とは目を合わさず、右の拳を左胸に当てる仕草をした後、行ってしまう。

 

 今の仕草は敬礼だ。相手に敬意を表すものだけど、今の彼にそんな物はない。軍人としての癖のようなものだろう。


「スチュアート、ミレイ」


 ガルドが抜けた五人の中から二人が前に出る。


 僕と同じくらいの背丈が一人と、もう一人は背が低い、リアンと同じくらい。


「二人は竜騎士で、さっき話した王都への手紙の件はこの二人に任せる」

「そう…手紙だけなんだけど、二人も必要?」


 お金を運ぶわけじゃないし、重要な手紙だけど王都までは業者が運ぶ事になる。


「竜騎士はね、単独行動はできるだけ控えるってのが基本なんだよ」


 そうなのか。


「じゃあ、二人を選んだ理由はなに?他にもいるでしょ?」


 今度はリアンがヴァネッサに質問した。


「二人の竜が一番速いからさ」


 馬と同じように竜にも速い遅いがあるのという。遅くても馬よりは速い。


「そうか、なら今回の件にうってつけだ」

「そういうこと、ほら挨拶」

「はい、ぼくはスチュアート・ボイデル。よろしくおねがいします」

「よろしく、スチュアート」


 そして 握手する


「ミレイ・ガーランドです。よろしくおねがいします」

「よろしく、ミレイ」


 彼?とも握手する。ミレイに関しては顔立ちが中性的で性別がどちらかちょっと分からない。


 本人に訊けばいいんだろうけど間違ってたら、失礼だし…ライアの件みたいに。たぶん男性だろうとは思う。

 さすがに女性の竜騎士が二名はないだろうけど…あとでヴァネッサに訊いておこう。


「あんた達には、さっき話し通り手紙を麓の町まで届けもらう。準備していつでも行けるように待機」

「装備はどうしますか」

「革鎧一式、竜にもね。それから剣を忘れないように」


 ヴァネッサの言葉にちょっと笑ってしまった。


「それは…もちろん」 


 笑ってしまった理由はヴァネッサには分かるが、他には分からない。


「じゃあ、行きな」


 二人は敬礼をすると駆け足でガルドと同じ方向に去って行った。そちらには竜の厩舎がある。

 

 厩舎は兵士たちの宿舎と同じならびにはある。

 宿舎は敷地の西側にあって、北から南へ長屋になっている。厩舎は北側にある。


 因みに館は敷地の真ん中ではなく東よりだ。


「ヴァネッサ、ちょっといい?あの、ミレイは男性…だよね?」

「ああ、男だよ。あんたがそう訊いてきた理由もなんとなくわかる」

「やっぱり?」


 ヴァネッサは頷きつつ答えてくれた。


「ライアの事もあるしね」

「そのー、本人に訊いていいかどうか迷って…」

「本人には訊かない方がいいね」


 彼女は竜の準備しているミレイを遠くに見る。


「ミレイはね、自分の容姿が嫌いというか劣等感?見ないなものを持ってるんだよ。.見ての通りの体格、顔立ち、それから女っぽい名前。前にね、その事でからかい過ぎて怒ってキレちゃってね」

「ああ、あれは大変でしたね~」


 ハンスが顎を摩りながら頷く。


「他人事みたいにいうんじゃないよ。見境なしに殴るは蹴るは、あの体のどこあんなバカ力があるのか、抑え込むのに一苦労さ」

「それでどうしたの?」


 人は見かけによらぬものとはこの事だろう。


「ガルドが一発殴って気絶させた」

「そ、そう…」

「これってイジメよね。この事聞いた時、いい気分しなかったもの」


 リアンは腕組み眉間にシワを寄せる。


「もう、しませんよ。ヴァネッサ隊長にガッツリ怒られたし」


 そう言ったのはハンスだ。肩をすくめている。


 ヴァネッサは、そういう事だから気をつけてほしい。と言ってミレイの話しを終わらせた。

 

 護衛役、残り三人の紹介をヴァネッサが始める。


「ハンスは知ってるね」

「どうも」


 彼は小さく会釈する


 もちろん、知ってる。彼は気さくで感じがいい。


 剣兵隊からは彼が、そして槍兵隊からリックス、弓兵隊からゲイルという兵士が来てくれた。

 三人それぞれに武器を持ってる。


 ハンスは言わずもがな。


 リックスは短槍。彼は僕よりも長身で槍とほぼ同じ。

 彼はなんでもミャンの槍を見てから、剣兵から槍兵に鞍替えしたんだとか。


「ミャンの槍ってそんなに凄いの?」


 僕はまだ、実際に見ていないから実感が湧かない。


「…ヤバいっすね」


 ヴァネッサやシュナイダー様も認めるくらいの使い手なんだろう。

  

 ゲイルは弓兵隊だが弓は持っていない。


「俺、弓はちょっと苦手なんで…こっちで」


 そういうと腰の後ろにあるナイフを見せてくれた。


 弓が苦手な弓兵とは…。


「弓だけだと、接近戦が弱点になるからね。体術も訓練してるのさ」


 ヴァネッサが説明しれくた。


 なるほど、そういうことか。

 因みにジルはどちらも超一流だとか。


「まあ吸血族ですし…むしろ当然?みたいな?」


 ゲイルはそう言うと苦笑いを浮かべる。


「それじゃ、行こうか」


 護衛役の兵士の紹介が終わった所で、領民への報告へ向かう。


 ハンスたちが先をあるき、その後ろをついて行く形だ。


 門の脇ある通用口から出ると領民が集まっているが見える。

 領民たちが僕に気づいたようで何かヒソヒソと話している。


 まず、リアンからシュナイダー様の病死が告げられる。


 驚きの声が大きい。泣いている者もいる。


 そして、報告が遅れてしまった事へ謝罪。その後は兵士たちへの報告と流れがほぼ一緒だ。


 領民たちにとっては英雄の死という驚きと、僕が領主を引き継ぐという驚きと戸惑いが表情、態度から受け取れる。


 僕は時間をかけてできるだけ領民たち質問に答え、みんなにこの状況を受け入れてもらえるよう努力した。


 すぐに納得してもらえるとは思っていない。じゃあ、出ていけとも言えない。腕に自信ある兵士ならなんとかなるだろうけど。

 そんなことを言わなくても、自らシュナイツを去るという者も出てくるかもしれないが、それを止めることもできないだろう。

 

 動揺が大きくならかった事が幸いだ。


 僕がみんなと顔見知りというのが良かったのかもしれない。当然、リアンやヴァネッサたちがいるのもある。


「ウィルは肝が据わったすごいヤツだよ。初対面の兵士たちの前でも物怖じしなでちゃんと喋ってたからね」


 ヴァネッサが僕の背中をバンと叩いた。


「ヴァネッサ隊長、あんたと比べたらどうなんだ?」

「あたしと比べたらダメだよ。彼が泣いちゃうじゃないか」


 ヴァネッサの言葉に領民の間から笑い声が起こる。その笑いが収まった頃、男性が一人前に出てきた。


「長(おさ)をまかせている、トムだよ」


 ヴァネッサが耳打ちする.


「ああ、知ってる」


 商品を買ってもらったり、食事をご馳走してくれた事もある。


「みんな、聞いてくれ。私は彼を領主として支持したい。みんなそれぞれに含む所、考えがあると思うが、こういう状況になってしまった。シュナイダー様の遺言とはいえ、後を引き継ぐなんて中々できることじゃない。荷が重すぎて私にはできない。しかし、彼は引き受けた、その気概に私も彼を支える事で答えたい」


 領民たち彼の言葉に頷く。 

 

 トムの堂々した言葉に、彼のほうがよっぽど領主に向いているんじゃないかと思えてきた。


「どうだろうか?意義のある者は?」


 領民たちを見回すが、手を挙げる者はいなかった。


 トムのが振り返り、右手を差し出す。


「ウィル・イシュタル様、あなたを領主として認め、シュナイツ発展のため努力する事を誓います」「ありがとう、トムさん」


 彼の右手をしっかりと握る。そして拍手が起きた。


 トムはリアンやヴァネッサたちとも握手する。


「今日はこのへんでいいんじゃない?仕事の途中だったでしょ」

「うん、まあ。何事かと思いましたよ」


 ヴァネッサの言葉にトムは肩をすくめる。


「それじゃ、みんな仕事に戻ろうか」

 

 トムのかけ声で領民たちが帰っていく。その中の一人、年配の女性と目があった。


 あっ!


 今の今まで、すっかり忘れてた。

 あの女性と、ある約束をしていたんだ…。

  


Copyright(C)2020-橘 シン

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