第31話 開幕、『エセカイ転生系』(下)
結末から述べると、彩香さんの言葉は本当だった。
演劇『エセカイ転生系』は伝説的な公演として幕を閉じることになりそうだ。
それは『転生少年』を演じた者としての率直な感想だった。
小さなステージのうえに顕現した理想的な異世界。(実はそれは作中内においてもテレビ局が制作した舞台セットに過ぎないのだが。いわゆる作中策である)
そのうえを二本の槍を携えて、縦横無尽に駆け回る彩香さんは誰がどう見ても『ブリュンヒルデ』だった。(つまり『中の人』は『西城彩香』を演じながら『ブリュンヒルデを演じる現実少女』を演じていることになる。頭がおかしくなりそう)
作り物の異世界、『エセカイ』を嗤い、自身を使用しようとする大人たちを裏切り、『エセカイ』に執着する主人公、『転生少年』を暴力的に諭す。『現実少女』はそういう複雑な役回りなのだけど、それを枷にも思わずに、軽々と演じ分ける彼女はまさに天才だった。
それこそ、主人公である僕が思わず嫉妬してしまうぐらいに。(『シグルド』を演じる『転生少年』は天才的な『現実少女』を羨んでいる描写がある。意図せずシンクロ)
でも、それ以上に魅力的に感じた。実際に『現実少女』にとっての『転生少年』が、彩香さんにとっての僕にならないかな。そんな想いを抱いてしまう。
まあ、それを意図したうえで、姉さんが脚本を書いたのだろうけど。
本番ながら、新しい発見に満ちたステージ。何物にも代えがたい最上のもの。
しかし、そんな『エセカイ転生系』も佳境に差し掛かった。
こんな『エセカイ』を統治する魔王、『デウスエクスマキナ』の存在により。(このネーミングからピンとくるかもしれないが、彼の正体はプロデューサーである。共書が演じている)
魔王を倒すことが目的である『転生少年』だが、彼は現実に戻りたくなかった。
ゆえに葛藤を抱え、ついには自ら魔王の味方になってしまう。それでは番組の収録はいつまでたっても終了しない。そこで『現実少女』が彼を説得する。
――誰かに利用されなくても、異世界にいく方法はある、と。
その言葉を信じ、『転生少年』は魔王を討伐する。果たしてそんな方法などあるのかと疑問と期待を抱きながら。まだ見ぬ異世界を夢見て。(この構図は僕が姉さんを問い詰めたときに似ている。執筆時点でこういう行動にでることを予期していたのか。しかし、この台本のようなスッキリとした決着はつけられなかったけど)
舞台セットが崩れていき、虚構が暴かれていく『エセカイ』。『転生少年』はそれに一抹の寂しさを感じながら、手を合わせる。
彼は自分がテレビ局に利用されていることよりも、夢を疑似的にでも叶えてくれたことに感謝したようだ。(僕をだましていた姉さんが書いていると思うと全く違う意味に見えてくるのだから不思議だ。帰ったら家族会議だ)
ここで舞台が暗転する。テレビ局の関係者が放送計画を会議するシーンへと変化。(この際に視聴者の感想が出てくるが、これは実際にリハーサルの際に挙げられるものである。生の声をいれるようにというのが、脚本家様の指示だったそうで。結構リアル)
僕は彩香さんと舞台袖に戻った。炭酸水を一気飲みする。
このシーンに関してはずっと出演していたので、さすがに疲れた。用意されたパイプ椅子に座り、ぐったりとうなだれる。幸いにして、次のシーンまでは猶予があった。
「後はクライマックスだけね。トモヤ君」
熱を帯びた口調で語る彩香さん。次のシーンのためにお色直しをしている。裏方の一年生たちに手伝ってもらいながら着替えているのは、純白のウエディングドレスだ。
次のシーン、すなわちラストにおいて、『転生少年』と『現実少女』は崩壊する『エセカイ』の中で、疑似的な結婚式をあげるのだ。
先程、彼女が語った『異世界』とは、誰かと共に歩む現実のことだった、というオチ。
僕はこのハッピーエンドは嫌いではない。無論、フィクションであるならば。少年の憧憬から始まったお話が、新たな夢の獲得によって終わるのは王道な展開である。ゆえに好き。
それに劇中とはいえ、彩香さんとの結婚というのは悪くない。
今まで『エセ恋TV』のために身を粉にした甲斐があったというものだぜ。
……と、素直に喜べない自分がいた。
「トモヤ君はもう緊張していないのかしら?」
「いえ、そんなことありませんよ。今だって心臓が飛び出そうですよ」
「ここまで、完璧にこなしてきたのだから。安心すべきよ」
「ありがとうございます。おかげで最後まで頑張れそうです」
「たしかに『エセ恋TV』もこれでおしまいね。やっぱり寂しいわ」
「そうですか、てっきり喜んでいると思ったのですが」
「トモヤ君と離れ離れになるというのに喜ぶなんて。それこそ有り得ないわ」
そんな台詞こそ有り得ない。彩香さんはそんなことを言わない。
第一目標はアイドルになることではないのか。小首をかしげてしまう。
するとなにかを察したのか、彼女は話題をすり替える。
「けれど、『エセカイ転生系』って『エセ恋TV』に似てるわよね」
「たぶん、姉さんはあえてそうしたのだと思いますけどね」
「トモヤ君に最高の恋愛体験をさせる、だったかしら」
「ええ。次のシーンにおける、結婚式のシーンなんてほとんど姉さんの趣味ですよ」
「……思えば、色々あったわね。『エセ恋TV』も」
どこか感傷的な彩香さん。その瞳は過去の出来事を見ているようだ。
僕も合わせて振り返ってみる。この一か月にわたるラブコメ劇を。
都合のよいヒロインとの円滑なコミュニケーションを行うというのは、想像以上に難しかった。いや、この場合は『二人だけの秘密』を守り抜くという条件のせいかもしれない。
だけど、それ以上に得るものはあった。よい夢が見れた。今日でおしまいだけど。
そう振り返ると同時に、胸に引っかかる違和感の正体を探る。
――なぜ、彩香さんが『回想』を強制さえているのか。その理由があってわからない。
たしかに自然な会話運びではあったが、今すべき話だろうか。
すると、彼女は椅子のうえに置いてあった台本に触れた。
「最後にリハーサルしましょ。トモヤ君」
そう言って彼女は胸に手をあてて、自然と『現実少女』を演じ始める。
となれば、『転生少年』も椅子に座っている場合ではない。役に入り込む。
【どうかな、君の好みだといいのだけど】
【ああ、すごく綺麗だよ】
【それは『シグルド』としての言葉かしら?】
【まさか、ただの感想だよ。もちろん、俺のね】
ここで魔王が神父になりきって、誓いのキスを促す。
死がふたりを分かつまで、互いを愛すると誓えるのか、と。
悪趣味で悪ノリがすぎたプロデューサーの言葉に『転生少年』は頬を赤らめる。
しかし、『現実少女』は小さくうなずき、彼にキスをする。
スタッフ一同から拍手が巻き起こるなか、彼女は一言。
【コンテニューは現実でしましょ】
その言葉をもって、幕が閉じる。ハッピーエンドで終了だ。
「……何度やっても慣れませんね。このシーンは」
「本番で照れないでね、トモヤ君」
そう言ってはにかむ彩香さん。その表情は、十人いたら九人は惚れてしまうような良い表情だったけれど。しかし、なぜだろう。違和感が増大する。
たしかに彼女が見せるあざとい表情なのだが、精巧な作り物に見える。
まるで『西城彩香』が見せる素の表情を誰かがコピーしたかのような不自然さ。
「でも、良かった。脚本に『好き』という台詞がなくて」
「といいますと?」
「だって、ワタシには好きって言いたい人がいるの。『転生少年』には言えないわ」
「……そうですか」
彩香さんはあざとくも上目遣いでそう語った。目元を潤ませながら。
噓だ。明らかな噓だ。だって、彩香さんはこれまで何度も『好き』と連呼してきたのだから。今更そんな台詞を放つことに抵抗はないと言わんばかりの態度で。そういうサバサバとした態度こそが彼女がいう『可愛くない素』である。今更嘘をつく理由はない。
これは無視できない。今すぐ問い詰めないと。そう口を開いたタイミングで。
「そろそろ出番です。準備のほうは大丈夫でしょうか?」
進行役の一年生が割り込んできた。本当にタイミングに恵まれないな、僕は。
肩をすくめる僕を横目に彩香さんは元気いっぱいに返事をする。準備はできていると。そうして反対側の舞台袖へと向かっていく。そそくさと。逃げるように。
すると入れ替わるように、共書がやって来る。すると、舞台は『プロデューサーがネット上で支持を集め、スポンサーをした後』ところまで進んでいるのか。出番が近い。
集中しなければとおもっていると、共書が話しかけてきた。
「なんだよ。手短にすませてくれないか」
「すまぬ。今から変なことを述べるが、よいか?」
「お前が変なことをいうのはいつもだろ。早く言えよ」
「ならば。『現実少女』である西城彩香のことだが――」
そこまで口にして、目線を泳がせる共書。日常こと舞台がモットーの彼がこのように台詞を詰まらせることは少ない。
若干イライラしていると、彼は慎重に言葉を紡いだ。
「今日の彼女、なにかおかしくないか?」
「お前もそう思うか。共書」
「ああ、人知を超えた卓越した身体能力や、演劇における最適な間を駆使する台詞運び。そして、あの特徴的な八重歯。あれはまさに――」
共書の語りを受けて、自分の推理に確信が持てた。
しかし、そんなまさか。もしこの仮説があっているとすると、彩香さんは……。
ざわつく心を抑えながら、共書の言葉を待つが――
【崩壊した野外スタジオ。先程まで城だったものは強化ダンボールによって、形成された虚構だった。その残骸のもと、彼女はもう一つの異世界を――】
シーンが転換したことを告げるナレーションが入る。主人公を演じる僕は舞台裏から出ていかないといけない。くそ、なんてタイミングなんだ。だが最後に一言、共書に訊ねる。
「――なあ、この舞台をぶっ壊してもいいかい?」
「それはなんとも愉快な話だ。壊し方を間違えるなよ」
「ああ、素晴らしいものを見せてやるさ。魔王であるお前に」
「くくくっ、気に入った。その蛮勇を見せてもらうぞ。勇者っ!」
共書に背中を押され、舞台に登場。心のナイフを隠し持って。『エセ恋TV』と『エセカイ転生系』。その二つにおいて主人公を演じた僕は、その両方を破壊することに決めた。
自身の結論に確証はない。ここで暴れることに意味などない。
だが、これこそ僕が自由意志をもった人間である証明であり。
この一か月の中で抱いた恋心に対する回答なのだから。
――仕方ないよね。主人公が暴れちゃっても。
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