僕の青春ラブコメはテレビ局に仕組まれていました
酒井カサ
第一章:このラブコメはフィクションです。
第1話 遭遇、見知らぬ美少女(上)
あくびをかみ殺しながらアラームを止める。
肩をうんとのばすとバキボキと骨が鳴った。
椅子の上で力尽きたせいか、身体中から悲鳴が聞こえてくる。これも溜まりまくった夏季課題が悪い。よだれに濡れたノートを拭きながらため息をつく。
「
「ふぁ~い、いってらっしゃい」
カーテンから漏れる朝日に眉を潜めつつ、階段を降りる。
今日より九月になったといえども、未だに蒸し暑く、ジメッとした汗が頬を伝った。眠い目を擦りながら玄関に向かうと、旅行カバンを抱えた両親の姿。
貿易会社に務める両親は海外出張が多い。今回も春休みの終盤に帰ってきたと思えば、すぐにまた急な出張ときた。
完全にワーカーホリックである。
新学期から両親が不在だと家事が面倒ではあるが、そのぶん余計な小言を聞かなくて済むのは嬉しい。
「タンスの裏に生活費が入っているから。無駄遣いしないように」
「わかってるって。節制なんてもうお手の物さ」
ピンハネするのも上手くなったのだけど。ソーシャルゲームの課金は今日の食費にしておくことに決めた。こういう融通が効くところも両親不在の利点である。
「あ、そうそう、今回から明細書を提出してもらうから。忘れないでね」
「へ……? そんな殺生な」
我が家の汚職政治にメスが入るとは……。
そういう母こそ意味不明瞭な骨董品を収集しているくせに。やはり大人は汚い。
「小遣い以上の交遊費は自分で稼ぐように。バイトはできるでしょ?」
「いや、そいつはちょっと。あはは……」
「ともかく、ちゃんと学校にはいくのよ。宿題が終わってなくても」
「はいはい」
「なにかあったら、お姉ちゃんに連絡するように」
「ガキじゃないんだから」
語調を強めて釘をさす母親。言われなくてもわかっているのに。
「それじゃ、行ってくるわね。
言いたいことは言い終えたのか、両親は家を後にした。
機械的に手を横に振り続け、ドアが閉まると即座に鍵をかけた。
勢いよくガッツポーズを取り、解放された喜びを噛みしめる。
けれど、一つだけ気がかりなことがあった。
「……そういや、
そんな名前の知人は持ち合わせていない。
母親の知り合いだろうか。
「ま、どうでもいいか。とりあえずエナジードリンクでも飲もう」
夏季課題が終わらず徹夜したため、カフェインを摂取しないとまともに思考が働かない。ポケットからスマートフォンを取り出して、チャットの通知を眺めながら、ほとんど使われることの無いリビングを横切り、キッチン横に備え付けられた冷蔵庫を目指す。
学級チャットでは課題が終わらないという嘆きが多数投稿されていた。追われているのはなにも僕だけでは無いようで。さて、誰に解答を見せてもらおうかな。
そんな邪な考えを抱いていると、ふとリビング横にかけられた鏡に目がいく。
映っていたのは、高校生とおぼしき男性。
運動部、特にラガーマンみたいな身体つきをしているが、背が丸まっていて覇気がない。よれたパーカーと剃り残した髭、焦点の合わない目線が焦燥感を煽る。
それが自分だと気づくのにしばらく掛かった。ため息がもれてしまう。こんなのだから高校二年生になるのにカノジョのひとりも出来ないのだ。
鏡に向かって微笑んでみるが、明らかに不自然な作り笑顔に嫌気がさす。
「これ以上は止めておこう。精神衛生上よろしくない」
若干へこみながらも冷蔵庫を開け、いつものように上段の陳列棚に手を伸ばす。
しかし、そこを探ってもエナジードリンクは無かった。常飲するので必要な分を買い置きしているのだけど……。台所には空になったアルミ缶が転がっていた。親父が大量に飲んだのだろう。せめて一言くれれば良かったのに。
「飲んだら買っておいてくれよ…………ったく」
冷蔵庫の扉を乱暴に閉める。血中カフェイン濃度が低下しているのか、感情がうまく抑えられない。ほんと、ジャンキーだよなぁ。いまさら控える気はないけど。
「仕方ない、今から買ってくるか」
ここにエナジードリンクが無いのは厳然たる事実。
ともかくコンビニにいこう。一緒に弁当を買って帰ってもいいし。そんな自堕落な生活ができるのも、自由の特権である。幸いにして、登校までにはいくぶん猶予があった。
「待って。エナジードリンクならここにあるわよ。智也君」
「お、助かったわ。気が利くな」
緑色の缶を受け取ると、乱暴にプルタブを開け、そのまま喉に流し込む。
ああ、これだよ、これ。飲まないと始まらないぜ。
一気に飲み干すと、スイッチが入る感触。思考がクリアになっていく。
待てよ。そもそも、これが無いから買いに行こうとしていたのではないか。
それより、エナジードリンクを手渡してくれたのは誰だ。
なぜ僕の名前を知っているのか。泥棒なのか。いや、鍵はきちんと閉めたぞ。
じゃあ誰なんだ、こいつは。背筋がぞっとして、冷や汗が頬を流れる。
必死で納得のいく説明を探るが、情報不足も相まってなにも分からない。
とりあえず、声を掛けるしか無い。覚悟を決めて振り向いた。
「あなたは……何者ですか?」
「あら、私のこと忘れちゃったの」
振り向いた瞬間、その場で固まってしまった。それこそ、テストの結果が想定を大きく下回っていた小学生みたいに。もちろん僕は高校生なのだけど、我が家に侵入していた相手があまりに非現実的だったため、子供じみたリアクションしかできなかった。
息を飲み込んで、正体不明の人物を観察していく。
純白のワンピースに身をつつんだ美少女だ。
背は低いが、凛と胸を張っている。ブロンドの髪の毛を二つに結っていて、きりっとした目元に惹かれる。藍色の瞳は非現実的で、どこかへ引きずり込まれるようだ。柔和な笑みを浮かべながら、こちらを見ている。
しかし、なぜこんな美少女が自宅にいるのか。それがわからなかった。
「あら、どうして固まっているの?」
思わず見とれてしまっていると、目の前の美少女が近づいて、不思議そうに僕を凝視してきた。瞳が上目遣いでこちらを覗き、甘い吐息が顔にかかる。
急速な接近に心臓を早くする僕に対し「十年ぶりの再開に感動して、言葉も出ないのね」と彼女は呟いて、照れくさそうにスカートの裾をいじる。そして、唇を震わせた。
「私よ、
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