せっかちケンタとデンデン姫

泉 日和子

第1話 窓からごきげんよう

「あーーあ、つまんないの」

 灰色の空をにらみながらケンタはふてくされていました。

 六月、今日も朝から雨がたっぷり降っています。

「せっかくの日曜日なのに」

 新しいサッカーボールは出番なしです。

「ちぇ、ちぇ、ホントにヤダなぁ!」

「あらあなた、ずいぶんおへそを曲げていますのね」

 雨に交じって、女の子の声が聞こえました。

「そうだよ。パパがせっかくボールを買ってくれたのにさ。ん?」

 部屋に女の子はいません。それなのに、はっきり声がしました。

「誰だ? まさかおばけ!?」

「まぁ失礼な。おばけなんかじゃありませんわ」

「姿を見せないのはおばけの特技だろ!?」

「なに言っていますの? 私はここにいるじゃありませんか」

 ケンタはゆっくり窓に顔を向けました。

 そこにはカタツムリがいました。

「え? えぇ?」

 そのカタツムリは普通じゃありませんでした。

「ごきげんよう」

 なんて挨拶したのですから。

「お前誰だよ!」

「私はデンデン姫。雨の日王国の姫ですわ。以後、お見知りおきを」

 デンデン姫と名乗ったカタツムリは、丁寧におじぎしました。

「姫? カタツムリなんかが?」

 ケンタの中のお姫様は、ドレスとティアラを身に着けた人間の女の子です。

「正真正銘の姫ですわ! このティアラとマントがその証です!」

 プリプリ怒るデンデン姫。

 透明なティアラとあじさいの葉のマントは綺麗な色です。

 不思議な存在にドキドキするケンタ。勇気を出してたずねてみました。

「なんでお姫様がここに?」

「それはあなたを散歩に誘うためですわ」

「散歩? こんな雨の日に?」

「雨だからステキな散歩になりますの。最近の人間は雨を嫌っていてちっとも嬉しいと感じない。梅雨の喜びを教えるのが雨の日王国の使命ですの」

 堂々と話すデンデン姫ですが、わんぱくボウズのケンタには伝わっていません。

 だって地面はドロドロになって、空気は冷たいし、雲はどんよりとして、こっちの気分まで暗くします。

 でもデンデン姫はおかまいなし。

「さぁ、さっそく出かけましょう。そのレインコートがいいですわ。案内してあげましょう」

 デンデン姫はやる気マンマンでした。

(なんでカタツムリに命令されなきゃいけないんだろう? そもそもこんな小さいやつが道案内なんて出来るのか?)

 ケンタはしぶしぶレインコートに着替えました。

 爽やかな青いレインコートです。

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