第183話 馬鹿

美香の物がよく無くなると知った翌週から、アニメ化の話が本格始動し、朝から慌ただしく作業をしていた。


美香は通常業務の隙を見て、隣に移動し、簡単な作業をした後に隣に戻っている。


「無理しなくていい」って言ったんだけど、美香は「やりたい事をしてるだけだから大丈夫」としか言わなかった。


そのせいで、美香はかなり疲れがたまってきたようで、日に日に食べる量が減っていた。



本格始動した数日後の朝、美香が俺を起こしてくれたんだけど、美香は重い体を引きずるように朝の準備をし、時々ため息をついていた。


「風邪か? 今日は休んで寝てろ」っと言ったんだけど、「作業したい」と言うばかり。


「熱が出たら大変だから、今日は休んで医者行け」と言うと、美香は渋々と言った感じで寝室に戻っていた。



一人で会社に行き、朝の準備をしていると、ユウゴが出勤してきたんだけど、ユウゴは俺を見るなり「美香は?」と聞いてきた。


「具合悪そうだから休ませた」と言うと、ユウゴは呆れたように「あいつ働きすぎだろ? ホント、仕事馬鹿っつーか社畜つーかさ」と、ブツブツ言っていた。


ケイスケが出社した後、美香のことを告げると、ケイスケは「通常業務どうする?」と聞いてきた。


「俺、今日隣行くよ。 ここのところ、美香に頼ってばっかりだったし、たまには監視しにいかないとな」


ユウゴとケイスケは不安そうに俺を見ながら「了解」とだけ。


始業時間間際に、ヒデさんや監督が出勤してすぐ、美香と通常業務のことを伝えると、二人は「配信日までまだあるし、向こうに付きっきりで大丈夫だよ」と切り出してくれた。


お礼を言った後、ウサギをポケットに入れて隣の作業場へ行くと、雪絵の姿がなく、勇樹と大介、そしてあゆみは黙々と作業をし、俺は美香のデスクで作業を始めていた。


しばらく作業をしていると、勇樹と大介、そしてあゆみが完成した動画をどんどん送り、それをチェックしながら作業を続ける。


『なんかこの感じ、久しぶりだな…』


そう思いながら作業を続けていたんだけど、雪絵が掃除に行ったまま戻ってこなかった。


昼前になっても雪絵は戻らず、あゆみに「なぁ、掃除っていつもこんなに時間かかってんの?」と切り出した。


あゆみは言いにくそうに顔をしかめ「ん~…」と声を上げるばかり。


すると勇樹が「いつもこうですよ。 基本的に午前中は作業場にいません」とはっきり言いきっていた。


「制作は?」


「美香がやってる。 美香、あの女に『話しかけたくないから』って、休憩も入らないで全部自分でやってんだぜ? そりゃぶっ倒れるに決まってんだろ」


勇樹の言葉に言葉が詰まり、「…そうだったんだ」としか言えなかった。


あゆみはそれを見てため息をつき「美香っち、何も言わないんでしょ? 大体わかる。 つーかさ、元カノの面倒を嫁に見させるって酷くない?」と切り出し、勇樹と大介は驚きの声を上げていた。


「…確かにそうだよな」


「そうだよ! 面接して入社させたのは光輝社長だけど、従業員の面倒見るのはあんたでしょ? 『経験積ませたい』って切り出したのは美香っちかもしんないよ? この状況を作り出したのも美香っちかもしんないけど、あんたが美香っちに甘えてる間に、美香っちにどれだけ負担がかかってるか、本当にわかってんの?」


あゆみの言葉を聞いた後、今までどれだけ美香に甘えてきたか。


どれだけ美香に負担をかけていたかを思い出していた。


大きくため息をついた後「俺、ホント馬鹿だな…」と呟くと、あゆみが「今頃わかったかこの馬鹿! わかったらさっさと動け!」と怒鳴りつけてくる。


あゆみにカチンと来つつも、兄貴に電話をしたんだけど、兄貴は外出中で話し合うことができなかった。

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