第116話 嫌がらせ
美香に残業を命じると、美香は黙ったまま事務所に行き、デスクについて作業を始めていた。
本当は急ぎなんかじゃないし、納期の余裕だってある。
けど、本当のことを言わないことに、ただただ苛立ち、嫌がらせのつもりでやらせているだけ。
『俺って最低の経営者だな』
そう思いながら事務所に行くと、ケイスケが休憩室に呼び出してきた。
ケイスケは「美香ちゃん、昼飯食ってないよね? なんか買ってこようか?」と気を使い、ユウゴと二人でコンビニに向かっていた。
自分のデスクに戻り、少し作業をしていると、二人はコンビニから戻ってくるなり、美香にサンドイッチを手渡していたんだけど…
美香は当たり前のようにサンドイッチの蓋を開け、その横にコーヒーを並べて置いた後、サンドイッチの手前におしぼりを畳んで置いた。
サンドイッチを一口食べると、すぐにおしぼりを指を摘まむように拭いた後、口をもごもごさせながらキーボードを操作している。
あまりにも手慣れた一連の動きに、『もしかして白鳳の時、毎日こんな風に飯食ってたのかな?』と思うほどだった。
しばらく作業をしていると、美香は「終わりました。 ちょっと電話してきます」と言った後、すぐに休憩室へ駆け込んだ。
『電話?』と思うと、またしてもイラっとしてしまい、次のファイルを準備していた。
休憩室から戻った美香に「次、これな」と言うと、美香はため息をついた後に作業を始めた。
ユウゴとケイスケが帰った後も、美香は黙々と作業を続け、その横顔をずっと眺めていた。
黙々と作業を続ける美香の髪に手を伸ばすと、美香は「あの… 急ぎの案件なんですよね?」と聞いてきた。
「いや、嫌がらせの案件。 何してるか言わないからお仕置き」
「用事があるんですけど…」
「どんな?」と聞くと、美香は黙り込み、作業を続けるばかり。
しばらく美香の髪に触れていると、美香は大きく息を吐き「終わりました」と告げてきた。
動画をチェックした後、「OK」と声をかけると、美香はすぐに立ち上がる。
「飯行かない?」と切り出すと、美香は申し訳なさそうに切り出してきた。
「すいません。 これから迎えが来るので」
「誰?」
「カオリさんです」
「カオリってあのカオリさん?」
「そうです」
『かおりさんか… やっぱり白鳳絡みなんだろうな』
そう思いながら少し考え、「仲良すぎないか? この前も会ってたろ?」と聞くと、美香は「ダメですか?」と聞いてきた。
「ダメではないけど、もし、あの人と揉め事があったら、契約もなくなることになるから、控えたほうが良いんじゃないか?」
はっきりとそう言い切ると、美香はさみしそうな表情をしたまま俯き、黙り込んでしまう。
『余計なこと言った… そんな顔させたい訳じゃないのに…』
そう思いながら美香を抱き寄せ「そんな顔するな」と、耳元で囁いた。
美香の頬に手を当て、唇を近づけようとすると、美香のポケットから携帯が鳴り始め、ため息をつきながら手を離した。
美香は電話に出てすぐ「カオリさん、すいません。 まだ会社です」と言った後、俺に携帯を差し出してくる。
「え? 俺?」
「はい。 カオリさんが替わってって」
美香にそう言われ、恐る恐る電話を耳に当てた後「お電話替わりました」と言いかけた直後、鼓膜が破れそうなほどの大声が響き渡った。
「いつまで仕事させとんじゃボケがあああ!!! さっさと帰せろや!!! 成金のボンボンだか何だか知らねぇけどなぁ! こんな時間まで仕事させてんじゃねえぞこのドアホ!!! 嫌がらせのつもりかこのカスがぁぁぁぁぁ!!!」
「すぐに帰します! 本当に申し訳ありません!」と平謝りすることしかできず、電話を切った後、美香に携帯を差し出した。
「あの人怖すぎない?」
「めっちゃ怖いですよ? カオリさんに喧嘩売ろうなんて思わないし、あんな調子だから、揉め事があるとこっちが折れるしかないんです」
「あ… そうなんだ… 急いで帰ったほうが良いと思うんだけど、送っていこうか?」
美香は笑顔で「いえ、大丈夫です。 かおりさん、車で来てくれてるんで」と言いながら休憩室に行き、急いで着替えた後、事務所を飛び出していた。
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