第109話 無言

ユウゴの兄貴に手を掴まれ、強引に美香の胸を触ってしまった直後、美香は休憩室に駆け込んでしまい、慌ててそれを追いかけた。


「美香、ちょっと待てって。 あれは不可抗力だからな?」と言っても、美香は聞き入れず、更衣室のカーテンを閉めてしまう。


慌ててカーテンを開け「ちょっと待てって! 強引に手を持ってかれただけだろ?」と切り出すと、美香は「セクハラとか最低」とだけ。


「なんでだよ! この前触ったときはそんなに怒んなかったろ!?」


大声で怒鳴りつけるように言うと、背後から「この前触ったって…」「破廉恥だわ…」「いやらしい…」と、コソコソ言い合うユウゴとケイスケ、そしてユウゴの兄貴の声が聞こえてきた。


美香は黙ったまま真っ赤な顔をし、ものすごい勢いでカーテンを閉めてしまった。


「だああ! 待ってって! 不可抗力なんだよ! 意味わかるだろ!?」と怒鳴りつけるように言うと、ユウゴの兄貴が俺の横に並び、カーテンの向こうにいる美香に向かって声を上げた。


「ごめんな。 65のC」


「数字で言うなください!!」


美香の怒鳴り声が響くと同時に、ユウゴの兄貴は声を押し殺しながら笑い始める。


「余計なこと言ってんじゃねぇよ!」と、囁くように怒鳴りつけると、ユウゴの兄貴は無言で手を合わせてきた。


カーテンの向こうから出てきた美香に「ちょっと待てって」と言っても、美香は足を止めず、腕をつかんでも振り払われる始末。


事務所を後にする綺麗な髪を追いかけ、眺める事しか出来ず「ふざけんなよもぉ…」と呟くように言うだけだった。


3人に向かい「お前らにも責任あるからな」と言うと、3人は「責任転換よ奥さん」「やぁねぇ。 余計な一言言ったのは自分じゃないの」「どこまで触ったのかしらねぇ」と、ふざけた口調で言い合う始末。


どうしたら良いのかもわからず、かと言って、作業が残っているから追いかける事も出来ず、自分のデスクについていた。


すべての作業を終えた後、美香に電話をしても出ないし、【さっきはごめん】とメールをしても、何の反応もない。


2階に上がり、窓の外を見てみると、マンションの一室が真っ暗になっていた。


『寝てる? どうすりゃいいんだよ…』


解決策が見つからないまま、翌日を迎えたんだけど、美香は俺と話そうとはせず、ピリピリとした空気を醸し出すだけ。


話すのは最低限の挨拶と、仕事上の質問だけで、後はすべて【承知しました】の言葉で済まされてしまう始末。


しかも、ワントーン低く、感情の籠っていない言葉で返されてしまうため、恐怖すら覚えてしまうほどだった。


『美香って怒るとこんななるの? 口聞かないって、地味にダメージが来るわぁ…』


そう思いながら午前中の作業をし、「美香、昼休憩行って」と伝えると、美香は低いトーンで「承知しました」と言った後、普通のトーンで「あゆちゃん、お昼行ける?」と聞き始め、あゆみと二人で昼休憩に行っていた。


声のトーンの差にがっかりしつつも、作業を続けていると、ユウゴが「マジ切れだな」と言い、ケイスケが「大地の止めが効いたな」と…


「どうすりゃいいのこれ?」と聞くと、ケイスケは「落ち着くまで待ったほうがいいんじゃないの? 下手に刺激したら、余計にキレるよ?」と言い、作業を始めていた。


『いつ落ち着くんだよ…』と思いながらも、作業を続ける事しかできず、ため息ばかりが零れ落ちていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る