第106話 嘘
浩平が懲戒解雇になり、逃げるように去ったあと、兄貴にお礼を言うと、兄貴はいきなり俺に向かって「マンション貸してくれるか」と切り出してきた。
「え? なんで?」と聞くと、兄貴は意味有り気に「帰れないから」とだけ。
『え? 弁護士挟んで話し合いしてたけど、別居してんじゃねーの?』と思いつつも、ふと美香のことを思い出した。
美香は住所変更届を出していないせいで、実家に住んでることになってるし、『俺のマンションに美香がいる』って事実だけでかなりヤバイ。
「マンション… 無理なんだよね… 彼女来ててさ…」
「彼女? お前に?」
「そそ。 前に話したじゃん。 全員が全員無理ってわけじゃねぇって。 あの頃からさ…」
「そうか… まぁいい。 マンション行くんだろ? 2階借りる」
兄貴はそう言うと、俺から鍵を受け取り、応接室を後にしていた。
ユウゴとケイスケも、休憩室に泊まることを諦めたように事務所を後にし、ケイスケはユウゴの家に泊まることに。
やっと浩平を切れた事にホッとしつつも、3人でコンビニに寄った後、美香の待つマンションに向かっていた。
家のドアを開けると、美香は洗面所で濡れた髪を乾かしている最中で、美香は俺の顔を見るなり「おかえりなさい」と、優しく微笑んでくれた。
小さな幸せをかみしめつつも「悪いんだけど、今日泊めてくれる? 兄貴がうちに泊まってるんだ」と切り出すと、美香は「仕方ないですね」と苦笑いを浮かべていた。
リビングにあるソファに座り、買ってきた酒を飲みながら美香の事を待っていた。
しばらくすると、リビングに来た美香は水を持って俺の隣に。
「浩平、懲戒にしてきた」と言うと、美香は納得するような声を上げた後に切り出してきた。
「ずっと思ってたんですけど、社長って優しすぎますよね?」
「俺が?」
「はい。 普通の会社だったら、社用車の私的利用が発覚した時点で、問答無用で懲戒解雇ですよ? 例え役職であってもね」
「役職? 浩平はバイトだぞ?」
「ええ!? そうだったんですか!? 真由子ちゃんから常務取締役って聞きましたよ?」
「あいつ嘘ばっかりだな。 ホント、呆れるわ。 常務はケイスケだよ」
ため息をつきながら事実を告げると、美香はクスクスと笑い始め「社長も嘘ついてますよね?」と切り出してきた。
「嘘? どんな?」
「あゆちゃんに聞きましたよ? 社長は高校の時、バスケ部のマネージャーに3年間片思いしてて、告白する前に卒業したって。 その相手って、明日香の事ですよね?」
「なんでそうなる?」
思わず間髪入れずに聞いてしまったんだけど、美香は「実家に行ったときに、卒業アルバム見たんです。 そしたら、明日香と社長が同じクラスだったので、そうかなって思ったんです」と、はっきり言いきっていた。
「待て待て。 バスケ部のマネージャーは二人いたよな? 一人は山越だけど、もう一人はだれか知ってる?」
「確か… 私?」
「そそ。 3年間片思いしてて、告白する前に卒業したって事は、違うクラスで、たいして話せなかったって可能性もあるだろ?」
「仲が良くて切り出せないってパターンもありますよね?」
キョトーンとしている美香を前に、『こいつはアホなのか?』と思い、はっきりと言い出すことが出来ずにいた。
すると美香は思い出したように「あ、でも、潔癖だから女の子に触れないって言ってたような… あと何て言ってたんだっけ…」とブツブツ言い始める。
「なぁ、俺さ、何度もやり直せるかって聞いてたけど、それはどう捉える?」と聞くと、美香は急に頭を抱えうずくまってしまった。
『思い出しそうになってる?』
慌てて美香を抱え「もう思い出すな」と何度も連呼し続けていると、美香は真っ青な顔をして「すいません…」と謝るばかり。
「薬は? 飲んだ?」と聞くと、美香は苦しそうに「いえ… 鞄に…」と言うだけ。
慌てて鞄を手渡すと、美香は少し固まった後に薬を飲み始めた。
「もう寝たほうがいいぞ?」と言うと、美香は申し訳なさそうに「すいません… お先に失礼します」と言い、ふらつきながら寝室に向かっていた。
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