第73話 拒絶
大高から電話のあった日以降、毎晩のように大高は電話をかけてきていた。
電話をかけてきても、取り留めのない話を永遠と続け、『雪絵のメールみたいだな』と思っていた。
大高から電話があるたびに、美香のことが恋しくなり、声が聞きたくなっていたんだけど、美香は塞ぎ込んでしまい、話しかけるのは必要最低限のことばかり。
『話聞かなきゃ』と思いつつも、何をどうきっかけにして聞けばいいかわからず、ため息ばかりが零れ落ちていた。
そんなある日のこと。
朝一で来訪があるため、準備をしていると、ネクタイを手に持ったスーツ姿のユウゴが出社してきた。
ユウゴと打ち合わせの事を話した後、資料室で資料をまとめていると、美香が出社してきた。
けど、挨拶をするだけで、何の話もできないまま、始業時間を迎えていた。
少しすると、事務所のインターホンが鳴り、大高が対応していた。
「社長、お客様がいらっしゃいました」の声を合図に、ユウゴと二人で立ち上がると、美香は急に立ち上がり「ヒデさん!? 監督も!?」と声を上げる。
『ヒデさん? 監督? もしかして例のアニメの関係者か?』
そう思いながらも応接室に入ると、だんだん苛立ちが込み上げてきた。
一人は中年太りで背の小さいおっさんだったんだけど、もう一人はスラっとしたスタイルに、整った顔立ちをしていて、いかにも『モテる大人の男性』という雰囲気を醸し出していた。
「松田と申します」
そう言いながら差し出された名刺を見ると、【松田英寿】と書いてあった。
『ヒデさんってこの人?』
名刺交換をした後、二人をソファに座らせると、松田さんが「以前、アニメのオープニング制作で、園田美香さんとご一緒させていただいたのですが、お話はお伺いされていますでしょうか?」と、切り出してきた。
「いえ、詳細はまだ聞いていません」
「そうですか… 実はこの度、アニメの2期制作が決定されまして、そのメンバーに是非、園田さんを招き入れたいと思っているんです。 もちろん、通常業務に差し支えないよう、最大限配慮をさせていただきたいと思っております」
ヒデの話を聞き、かなりイラっとしつつも、ユウゴに「美香、呼んでくれるか?」と切り出す。
ユウゴはすぐに美香を呼び、美香はユウゴの隣に腰かけた。
美香の姿を見るなり、中年太りをした監督が「噂で聞いたけど、元気そうでよかったよ」と優しい笑顔で言い、美香も笑顔で「ご心配おかけしちゃったみたいですね。 すいません」と答える。
咳払いをした後、「で、うちの園田の力を貸して欲しいということですね」と、すぐに切り出した。
「そうです。 なるべくご迷惑をおかけしないよう、最大限配慮させていただきます」
「御覧の通り、うちは小さな会社です。 この中で一人でも欠けてしまうと、作業が滞り、経営が成り立たなくなってしまいます」
「ですから、正式にオファーさせていただきますので、どうかご検討してはいただけませんか?」
「経験が物を言う業界ですので、園田のためにはなると思うのですが、弊社は現状でも多忙を極めております。 正式にオファーされても、ご期待に沿うことは出来かねます」
その後も言葉の攻防戦を繰り返したが、一歩も引かなかったせいか、二人はため息をつき、時計を見ていた。
「そろそろ次がありますので、日を改めてまたお邪魔させていただきます」と監督が切り出し、立ち上がろうとすると同時に「何度、お見えになられても、回答に変わりありません」と、はっきり言いきった。
すると二人はため息をつき、お辞儀をした後で応接室を後に。
ヒデはうつむいている美香に近づき、腰に手を当て、耳元で何かを囁き始めた。
『何気安く触ってんだコラ』
かなりイラっとしつつも、ヒデは「また電話するね」と言った後、事務所を後にし、イライラしたまますぐにデスクへ戻り、作業を始めていた。
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