第59話 変化

ユウゴとケイスケの3人で飲みに行った翌日。


休みであるにも関わらず、朝から内装工事の音がうるさくて敵わない。


マンションに逃げ出そうとすると、兄貴から連絡が来て、親会社に呼ばれてしまった。


『休みなのに会社? あ、家に居たくないのか…』


そう思いながら社長室に着くと同時に、兄貴に言われたのが「休み明けから、内勤の女性従業員は制服着用にしてくれ。 それと新しい事務所に応接室を作ったから、来客があるときは全員スーツ着用しろ」と言い、女性用の制服を2着渡された。


「サイズ違ったらどうする?」


「今はそれしかないから、とりあえずそれを着させてくれ。 もし、サイズが違っていたら、新しく発注する。 それと、しばらくは事務所のほうに専念してもらって構わない」


「あ、使ってないホワイトボードってない? あと、営業日報も書かせるようにしたいんだけど、コピーさせてくれる?」


「わかった。 ホワイトボードは発注してくれていい。 営業日報は後でpdfをおくる」


「サンキュ」


「いや、こっちこそ悪かったな」


兄貴はそういった後、パソコンに向かって作業をはじめ、俺はそのまま社長室を後にした。


『悪かったなか。 珍しいこともあるもんだな』と思いながら、マンションに向かっていた。



連休明け、美香の制服を持ち、新しくなった1階に降りると、珍しくユウゴが一人でデスクについていた。


「美香ってまだ来てない?」


そう言いながら美香のデスクに着くと、ユウゴは「荷物置きに行ったよ」とだけ言っていた。


美香が休憩室から姿を現すと同時に、制服を手渡し「今日から内勤の女性従業員は制服だって」と伝える。


すると美香は不貞腐れたような表情をしながら「えー… やだぁ…」と、小声で言ってきた。


『え? やだ? 承知しましたじゃない?』


美香の言葉に思わず驚いていると、ユウゴも同じことを思ったようで、驚いた表情をしていた。


美香はユウゴの表情に気が付き「なんですか?」と聞き、ユウゴが切り出した。


「え? あ、いやさ、いつも丁寧な感じだったじゃん? 『申し訳ありません』とか、『お恥ずかしい』とか『お代官様』とか」


「最後のは言ってません!」


「え? そうだっけ? おっかしいなぁ… この前言ってたような気がするんだけどなぁ…」


美香はユウゴの言葉をまともに聞かないまま、制服を手に取り、休憩室へ戻っていた。


「今の聞いたか?」とユウゴに聞くと、ユウゴは「聞いた。 慣れてきたってことかな? ちょっとからかってみるか」と悪い顔をし始めた。


少し不安になりながらも「ほどほどにな?」というと、ユウゴは「任せろ」とだけ言い、パソコンに向かい始めた。


少しすると、美香は制服を手に持って休憩室から現れ「サイズが大きすぎます」と言いながら、俺に制服を渡してくる。


すかさずユウゴが「ああ、チビだもんなぁ。 160ないでしょ?」と切り出すと、美香は露骨にムッとした表情をしていた。


「今、それしかないから着て。 発注しとく」と言うと、美香はまた不貞腐れた表情をしながら、休憩室のほうへ。


「表情が砕けたな」と小さくつぶやくように言うと、ユウゴは「まだまだだろ。 俺の記憶だと、結構頑固で、もっとハキハキしてたはず」と言い、悪い顔をしていた。


「やりすぎるなよ?」とだけ言い、自分のデスクに着いた後、資料をまとめていると、美香は明らかにでかすぎる制服を身に纏い、自分のデスクについていた。


ユウゴはそれを見るなり「お姉ちゃんのお古着てきたん?」と聞き、美香は無言のままヘッドフォンをつけ始めた。


ユウゴの「え? シカト? シカトなの?」という言葉に耳も傾けず、美香は動画配信サイトで海外バンドのPVを見始める。


『これって確か、カナダのバンドじゃなかったっけ?』


そう思いながらモニターを眺めていると、ユウゴが「え? これ誰? ねぇねぇ、この髭の汚いおっさんたち誰?」と言い始めた。


美香はしびれを切らせたように「うっさいなぁ! 誰でもいいでしょ!!」とユウゴに怒鳴りつけていた。


が、ユウゴは「その調子その調子」と、ニカっと笑った後、「大体いつも堅苦しすぎんだよ。 こんな小さい会社で『左様でございます』なんて言ってんじゃねぇっつーの! お前は武者か! 聞いてる方が頭痛くなるわ! 作業が速いのはありがたいよ? けど固すぎんだよ!!」と説教開始。


『やりすぎじゃね?』と思ったけど、美香は外部の声が聞こえないよう、ヘッドフォンを手で耳に押さえつけ、PVに集中しはじめたせいか、反論することもなく、始業時間ギリギリまで、ユウゴは説教という名の独り言を続けていた。

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