記憶の糸 ~another story~
のの
第1話 悪い夢
『大ちゃんもまだ小さいんでしょ?』
『小学校3年生だって。 お気の毒にねぇ…』
『でも、光ちゃんが居れば安心ね』
『光ちゃんは大ちゃんと違ってしっかりしてるものね』
『同じ兄弟なのに、あんなにも正反対の性格をしてるなんてねぇ…』
『良い所を光ちゃんが全部持って行っちゃったのよ…』
『大ちゃんは出涸らしだもんね』
『出涸らし』の言葉に目が覚め、大きく息を吐いた。
母親の突然の死から5年が経っても、幾度となくあの時の夢を見る。
実の母親の葬儀の後、親父の経営する社員たちが、陰でコソコソ話す言葉を思い出し、大きくため息をついた後、夢の続きに起きたことを思い出していた。
物陰に隠れ、遠くでコソコソと投げかけられる辛辣な言葉たちに、言葉を発することも、逃げ出すこともできないままでいると、1人の女性が肩に手を乗せてきた。
ふと顔を上げると、親父の会社で経理を任されている上原さんの姿が視界に飛び込んだ。
上原さんは何も言わず、コソコソと話している人たちの元に行き「用が済んだらさっさと帰りなさい」と突き放すような目で言った後、俺の前にしゃがみ込む。
「大ちゃん、何も気にしないでいいのよ? 大丈夫。 おばちゃんがそばにいるからね。 困ったことがあったら何でも言ってね」
黙ったまま頷くと、上原さんはにっこりと微笑みながら、頭を撫でてきた。
『出涸らし… か…』
再度、大きくため息をついた後、ベッドから体を起こし、時計を見ると5:30を少し過ぎたところ。
『変な汗かいた…』
仕方なくシャワーを浴びるため、1階に降りて行くと、テーブルの上には何もなく、ただただガラーンとしているだけだった。
親父は仕事ばかりでほとんど帰ってこないし、兄貴は下宿先から大学に行っているせいで、家にいるのはほとんど一人。
掃除や夕食の準備は、学校に行っている間にヘルパーが来ているから、ほとんどやることはないし、時々、上原さんがおすそ分けを持ってきているから、何不自由なく暮らせている状態。
この事を知っている周囲は羨ましがるけど、正直、そこまで良いものには感じなかったし、ほとんど幼馴染のユウゴの家に入り浸っていたから、家には寝に帰るくらいだった。
静まり返った家の中で、シャワーを浴びた後、キッチンに行き、冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には、昨日コンビニで買ってきたサンドイッチとコーヒー牛乳があるだけで、他には何もなかった。
自分で買ってきた朝食を手にし、食べながら自分の部屋へ閉じこもった。
すると、早朝であるにもかかわらず、携帯が震え、メールを受信している。
食べながらそれを開くと、そこには【今日はバレンタインだ! 今年こそ彼女作るぞ!! ユウゴ】と書いてある。
『知るか…』
そう思いながら携帯を放り投げ、サンドイッチをコーヒー牛乳で流し込んだ。
朝食を食べ終えた後、ベッドの上で漫画を読みながらゴロゴロし、時計を見ると7:40を過ぎたところ。
「やべ」
急いで制服に身を包み、慌てて玄関を飛び出した。
「うぃ~っす」
玄関の鍵を閉めていると、通りかかったユウゴとケイスケが声をかけてくる。
「おう」
短い返事をした後、2人と一緒に学校に向かって歩き始めた。
しばらく話しながら歩いていると、背後から自転車のベルの音が聞こえ、歩きながら振り返ると、小さなピンク色の自転車に乗ったユウゴの兄貴が声をかけてきた。
190近い身長にも拘らず、子ども用の、しかもピンクの自転車をガニ股で漕ぐ姿は、滑稽にも程がある。
ユウゴの兄貴はそれを気にせず、ユウゴに話しかけていた。
「ユウゴ、弁当忘れてる~」
「え? 俺給食あるよ? 兄貴のじゃね?」
「俺今日バイトサボるよ?」
「行けよ!」
「えー。 めんどくせぇなぁ…」
ユウゴの兄貴はブツブツ言いながらゆっくりと自転車を漕ぎ、駅の方へ向かっていた。
「弁当届けてくれるってめっちゃ優しいよな」
ケイスケが言うと、ユウゴはため息をつきながら切り出した。
「暇なんだろ? あのチャリだってあゆみのだし」
「あゆみ? ああ、育児放棄されてたって従妹の女?」
「そそ。 なんも喋んねぇし、文句すら言わねぇから、玄関から近い場所にあったチャリを乗り回してんだよ。 ま、兄貴が助けたおかげでうちにいるんだけどな」
ユウゴはため息をつきながら歩き、3人で学校に向かっていた。
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