04.静かな飛行機
学生たちが盛り上がる中、水奈だけが大人しく、そしてきょとんとした表情をしていた。
周りを呆然と見つめる水奈の視界には、自分と同じくまったくと言っていいほどに動じていない学生がひとりいた。水奈と同じく最後尾に座っている、赤髪の男子だった。
「ここまで特権が与えられるとは思わなかったよ! なあ水奈!」
レオが嬉しそうに水奈の肩を叩く。
「えっ、何がすごいの?」
「お前、まじか。考えてみろよ。考古学者の何が大変かって、手続きなんだよ。例えばだ、folarの管理化に置かれている遺跡に入ろうとするだろ。そのためには事前に申請が必要なんだよ。いつ訪問するのか、そこで何をするのか、今までの実績はどうだとか。で、許可が下りるまで1ヶ月間以上なんてザラなんだぜ。事後報告もあるしな。成果を見せろと。許可下りるのは遅いくせに、事後報告は一週間以内と来たもんだ。やってらんないだろう。研究時間より手続きの時間のほうが長いんじゃね?と思うわけ。とにかくだ。研究を進めようと思ったら、まず手続き手続き手続きの山。時間が足りないったらありゃしない」
「なるほど。研究に専念できるというわけね」
「そのとおり。しかも機密情報までだ。自分だけじゃ情報収集には限界がある。研究の成果と出来栄えとスピードが格段にアップするわけさ」
うんうんと頷く水奈。
「理解したのに、全然嬉しそうにしないのな」
と、何だか納得のいかないレオ。
「静かに。最後に、これからのことを説明する」
ここで、レッドウッド学長が皆をなだめた。
「事前に通知したとおり、入学に伴う選抜試験を本日より行う。当試験の成績によりこの大学内でのランキングが決定される。先ほど話したとおり、考古学者にもランキングが存在する。生徒たちである君たちにもこのランキング性の世界に早く慣れてもらう必要がある。したがって、大学内で順位を付けることにしているのだ」
学長の言葉はさらに続く。
「この試験が終わるまで、授業は無いし、この大学にも帰ってこれない。三人一組のチームになり、現在調査中の現場に向かってもらう。そこにいる考古学者一人に君たちの指導をお願いしているので、その者の指示に従い調査のサポートをすること。そして、必ず生きて帰ってくること。その二点が試験の内容、評価対象であり目標となる。これで説明は終わりだ。あとは現地で詳しい説明を受けろ。質問のある者は?」
質問などおそらく数え切れないほどある。しかし、学長への質問となると、少々度胸が必要だろうということは皆が感じていた。彼らの目を右往左往している中、手が挙がった。
「机にマイクが付いている。それを使え」
先ほどの赤髪の男の子だった。
「イリアン・ハープスです。選抜試験についていくつか質問させてください」
声量が一定で、落ち着き払った声だった。
「まず試験の終了は誰がどういった基準で判断するんですか?」
「それは現場の指導者だ。指導者が試験終了を告げるまでずっと調査活動を行ってもらうつもりだ。ただし、その調査が完了するまで、とは当然限らない。早まることも当然あるだろう」
「そりゃそうだ。調査は年単位なんて当たり前だからな。試験でそこまで拘束はしないだろう。となると」
レオがある疑問を抱き、水奈も同じことを考えていた。
すると、二人の疑問をイリアンがすかさず発言した。
「終了の基準がいち人の判断となると差が生まれますよね。当たり外れがある。そこに対処はしているんですか?」
「指導者たちから大学側へ定期報告を貰うことになっている。問題があればこちらも介入するので心配はいらない」
「定期報告が虚偽の場合は?」
間髪入れない率直な質問に回答者でもない水奈はたじろいでしまう。自分だったらあんな風に発言はできないだろうと。
そして、あらためてストレートな物言いの人は苦手だと実感する。学長に対しての強気な発言に冷や冷やもする。どうやら周りも同じように感じているようで、会場の空気は強張っていた。
「そんなことをしたらどうなるか、本人が一番分かるはずだ。ちなみに、現場で起こった事象に関してはすぐに対処できないことは伝えておく。我々の助けを期待するな。考古学者になりたいならば、それくらい何とかしてみせろ、というのが本音だ。以上だ」
当然だと言わんばかりの顔で、学長は平然と答える。
これ以上質問をできる人間は、きっとこの会場にはいないだろう。さすがのイリアンも先ほどの質問を最後に黙り込む。
「そろそろ覚悟は決まったか? 決まってなくても構わんが、これだけは言っておく。生きて必ず帰ってこい。試験なぞで死ぬなよ」
飛行場へ向かうバスの中で、学長の最後の言葉が勝手に頭の中で繰り返される。覚悟というワードを一番聞きたくなかった水奈にはひどく痛々しい入学式となったようだ。
大学生活ってこんな惨めなものだっただろうか。もっと華やかで楽しげなキャンパスライフを期待していたのに。日本の大学に入っていれば、こんな目には合わなかったのだろうなと悲しくなってくる。
「水奈、見てみろよ。飛行場が見えてきたぞ。すごいよな。大学内にこんな施設があるなんてさ」
今はレオの明るさが頼もしく感じられた。
窓の外には何台ものビジネスジェットと呼ばれる小型飛行機が並んでいた。滑走路も複数存在するみたいで飛行場の端っこは遥か彼方。見るものすべてに驚かされる光景ばかりだった。
バスから降ろされると、飛行機の大群がそこにはあった。
大学のスタッフたちが学生たちを集合させると、早速説明が始まる。
「この試験は三人一チームとなり調査へ赴いてもらうこととなっています。今から三人ずつ名前を呼んでいきます。それがチームのメンバーとなります。名前を呼ばれた方は前に出てきてください」
水奈は胸を撫で下ろした。
メンバー制は正直ありがい。ひとりで調査に行くのは不安だったのだ。しかし、イリアンと同じチームになってしまったらどうしようと今度は不安になってきてしまう。
「レオと同じチームになれるといいな」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。同室になったんだし、可能性は高いだろ。だが、三人だからな。あと一人は誰なんだろうな」
そんな憶測をしている中、
「レオナルド・タッチブライン」
二人は目を合わせた。
「続いて、水奈 火向井」
立て続けに呼ばれ、二人は思わず握手し、前に進み出る。
「最後に……」
人をかき分けるのに精一杯で三人目のメンバーの名前がよく聞き取れなかった。
学生の集団から抜け出すと、同時に別の方向から人が出てきた。
女の子だった。
茶髪のロングヘアをなびかせながら、真ん中分けした前髪から覗くおでこの下には、綺麗に通った鼻筋と大きな瞳が備わっていた。
三人が並んで整列すると、300mほど離れた所に見える飛行機に乗るよう指示を受ける。その間水奈は、俺たちラッキーだなとニヤリとしながら肩を小突いてくる厄介者を無視した。
三人はスタッフに連れられ、飛行機に乗り込んだ。
「シートベルトを付けて。案外早く飛び立ちますからね」
機長と思わしき人物から言われるがままシートベルトを装着する。向かい合わせの席だった。
「はじめまして、俺はレオナルド・タッチブライン。そして」
「自分は水奈。火向井 水奈です」
「アンナ・テイラーウェイよ。よろしく。私はアメリカ人なんだけれど、あなたたちは?」
「俺もアメリカだ。出身はカリフォルニア州さ。水奈は日本人だ」
「へー、アメリカ人が二人いるってことは、メンバーを国籍で選んでいるわけではなさそうね」
「たしかにメンバーの選定は気になるね」
「そんなもん決まってるさ」
当然だろと、レオが豪語したので他の二人は彼の言葉を待った。
溜めに溜めてから、
「ビジュアル重視メンバーさ!」
歯を見せつけながら笑うのだった。
「「…………」」
飛行機は、彼の素敵なセリフを置いたまま、静かに飛び立った。
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