25.二人の邪魔はさせない

 水奈たちが教会内で言い争いをしていた頃。


 教会のふもとには、一人の男がいた。傾く太陽によって、その身はオレンジ色に染まっていた。教会を見上げ、男はこめかみに手を当てる。苛立っている時の彼の癖だ。

「うーん。とっても邪魔です、ね」


 それは、博物館で館長と話をしていた、あのスーツを着た神経質そうな男だった。

 彼は少しでも気になったことがあると、追求して対処しなければ気が済まないたちなのだ。だから今もここでこうしてイライラを募らせていた。


 頼りないので私が排除しますか、ね。教会の人間さえどうにかしてしまえば、人目にはつかないでしょう。


 男は目を細めると、何かを決意したように歩き始める。


 すると、何者かが坂道の入口で立っていた。まるで男の進路を妨害するかのように。


「どちら様でしょうか? あなたも、邪魔する気ですか?」

相手を見極めようと、男は一旦立ち止まる。入口付近は影になっていて、相手の顔がよく見えない。

 

「あなたもということは、僕の他にもいるってことですよね?」


 男はそれを聞くと、静かに身構えた。

 暗がりから聞こえてきたのは、優しく力強く包み込むような安心感のある声。けれどもその中に、トゲのようなものを感じたからだ。


「教会はそろそろ閉まる時間みたいですよ。ここで引き返しませんか?」


 またも優しい声が響く。

 声の主人は、一歩前へと進み、男に対し圧迫感を醸し出してきた。しかし、そのおかげで男は、その者の顔を見ることができた。


 端正な顔立ち。健康的な身体。包容力のある雰囲気。そして、金髪に、青い目。


「あなた、どこかで……」

男は、立ち塞がるその者に見覚えがあった。


「僕は、ジョセフ・ゴールド。最先端考古学研究第三機関大学の二年生です」

と、爽やかな笑顔を見せる。


 男はそれを聞くと、ぱあっと明るくなった。

「あー、なるほど! 君があの二年生の主席であるジョセフ君ですか! 噂はかねがね聞いてますよ。お兄さんと揃って優秀らしいですね」


「知ってくれていて光栄です。そういうあなたは、folarの関係者ですよね」

「分かります?」

「ええ。そのfのバッジが輝いてますよ」


 男は、胸のバッジに軽く触れ、満足そうな笑みを浮かべる。そして、ジョセフに手を差し出した。


「ならお話が早い。今、folarにとって邪魔者がこの町にいるんですよ。万が一、この町のアーティファクトが奪われでもしたら大変です。なので。どうでしょう。私に協力していただけませんか?」


「いいえ、結構です」

ジョセフは、すぐに首を横に振り、はっきりと男の誘いと握手を拒絶したのだ。


「はい?」

男は耳を疑った。握手を求めた手を震わせながら引っ込めると、そのままこめかみへと伸ばした。


「あの子たちの頑張りを、僕たち先輩が邪魔しちゃいけませんよ」

「どこで知り合って感化されたんでしょうかね。なぜ、そこまで肩入れするんですか」

「あの二人には光るものを感じたんです。応援したいんです。偶然の出会いではなかったとね」


「はあ? それだけの理由でですか? 我が組織にアーティファクトがまた一つ増えるんですよ。folarの大学で学んでいる君にとっても良い話じゃないですか。研究データが増え、学生は恩恵を受けられる。博物館で展示すれば、folarの利益が増え、それは大学の研究資金にも回される。もっと大きな視点で見ましょうよー、ねえ?」


 ジョセフは、男の言葉を聞き、鳥肌が立った。

 

 男は、両手を広げ、まるで大勢の前でスピーチしているかのように、高らかに宣言する。

「世界中のアーティファクトは、我々のものなんですから!」


 これは怒りなどではない。


 人は、人の数だけ考えを持っている。同じ考えの人などいない。だからこそ、議論が生まれ、争いが生まれ、さらにその向こう側には、発展や進歩が待っているはずだ。


 けれどもこれは違う。合う合わないの問題など、とうに超えている。相手のことが理解できないし、そしてしたくもない。これが人であるということを認識したくないのだ。


 だからこれは、嫌悪感だ。


 ジョセフは、残念なものを見るような目で、目の前の何かを見つめる。そこに、いつもの輝く瞳は消え失せていた。


「そんな目で、私を見るんじゃあない!」

男は、両方のこめかみを押さえながら叫ぶ。


「自分たちの利益のためだからと言って、誰かを犠牲にするのはおかしい」

ジョセフは、思わず拳を握る。


「おかしくなど断じてない! 価値が分かる者が手にし、そして役立たせる! 価値を理解できない者たちがそれを適当に扱うなど、それこそ許せないんですよ! だから、あいつらをここで、私が、消してやる!」


 ジョセフの目が真っ赤に燃える。

「二人の邪魔は、絶対にさせない!」


 辺り一面が、オレンジから赤へと染まる。


 幸いなことに、教会が閉じられる時刻が迫っていたため、周辺に人はいなかった。


 TOPを持つ者同士の戦いは、とても危険なものだからだ。

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