第十九章 魔法訓練
第181話
ミミルは俺の〈お手柔らかに〉という言葉が気に食わないのか、不機嫌そうな顔を作って最後のひと口に齧りつく。
料理を作った者としてはそんな顔をして食べてほしくないんだが……。
〈第三層以降は危険度が跳ね上がるということだ。だから、今夜は魔法の特訓をする。いいな?〉
〈うん、まあ……いいぞ〉
〈どうした、歯切れが悪いな〉
片付けをきちんと済ませてからとなると一時間くらいは掛かる――などと俺は考えながら返事をしただけだ。
別のことを考えて返事するとどうしても歯切れは悪くなる。
〈いや、なんでもないよ〉
〈そうか〉
食事を終え、三十分ほど掛けて食器と調理器具を洗う。
夕食の量は少なくないと思うのだが、ミミルは空間収納から菓子パンを取り出して齧りながら図鑑を読んでいた。
買い与えた図鑑に掲載されている内容は非常に多岐に渡る。
ミミルはそのどの辺りを読んでいるのか見せてくれないのが残念だ。
食器類を拭き上げると、ミミルにお願いしてまた空間収納へと仕舞ってもらった。
〈片付けも終わったようだし、魔法の特訓だな〉
〈そうだな。でもその前に……〉
〈なっ、なんだ!?〉
立ち上がってミミルに近づくと、彼女の口元についているカスタードクリームを指先で拭ってやる。
〈ぐむぅ……な、何を〉
ミミルは聞いたことがないタイプの声を上げる。
俺の指先についたカスタードクリームを見て何をされたのか気がついているようだが、何やら赤い顔をしている。
〈さて……どうすればいい?〉
指先を見てカスタードクリームを舐め取ると、改めてミミルの方へと目を向ける。
だが、今度は耳まで真っ赤に染め、ミミルは俯いたままブツブツと何か言っている。
しまった……いまのは完全に子ども扱いしてしまった。
〈あ、いや……その、なんだ。ミミルが美味しそうに食べていたものだからつい、な?〉
〈つい、ついなんだ?〉
下から見上げたミミルから向けられたいままでに無いくらい冷たく、刺すような視線が誤魔化そうとしていた俺の
〈ごめん……〉
〈おまえは、いま何をしたか理解しているのか?〉
〈いや、無意識のうちに子ども扱いするようなことをしてしまった……〉
無意識とはいえ、やはり自分よりも年上のミミルにしていい行動ではなかったと思う。
自分の非を認め、日本人らしく頭を下げて謝罪の言葉を述べる。
〈本当にごめんなさい……〉
ミミルの足元しか見えない状態が暫く続き、静寂が辺りを支配する。
十秒、いや二十秒は頭を下げていただろうか……小さな吐息が聞こえ、呆れたような口調でミミルが話しだす。
〈いや、私も取り乱してしまった。チキュウとエルムヘイムでは文化が違うのだから、些細な仕草でも意味合いが変わることもある……ということだろう。それに私にも責がないわけでもないしな――〉
ミミルの様子だと、俺の思っていたような意味とは違う感じでミミルは受け取っていたということだろうか。
そういえば地球のハンドサインを教える時に国によって解釈が違うという話をした。ミミルも俺の言葉で地球では意味合いが違うことを理解してくれたのだろう。
〈いや、どちらにしても無意識に子ども扱いしていたのは確かだからな……今後気をつけるよ〉
〈そうしてもらえるとありがたい〉
〈ところで、いまのはどういう意味があるんだ?〉
〈そ、それは……〉
エルムヘイムに繋がるダンジョンはもう無いので新たに出会うエルムヘイム人はいないだろう。
だが、エルムヘイムでは違う意味で用いられる行為だというなら、なぜそういう意味に使われているかを知っておくのは悪くないはずだ。
ミミルは恥ずかしそうに俯き、また耳を赤く染めてボソボソと呟いた。
〈次は……食べて……という……〉
〈すまん、よく聞こえない〉
途切れ途切れにしか聞こえないが、まだ食べたりなかったのかと心配になってくる。
〈エルムヘイムではフリッグの祭というのがある。その日に女が口元に甘い蜜をつけるというのは、私のことが好きかと相手に訊ねる意味を持っている。そして、男がその蜜を指で拭って舐めるというのは、肯定を意味する……〉
つまり、「私を食べちゃいたい?」「ああ、食べてしまいたいよ」みたいなやり取りってことなんだろうか。
典型的なバカップルの行動だと思うが、ミミルのように女性が強い世界なら「私を食べる勇気、覚悟があなたにあるというの?」って感じか。
まあ、フリッグの祭の日限定というなら、地球でいうバレンタインデーみたいなものなのだろう。
〈そもそも私が口元に具がついているのに気が付かなかったのが悪いとも言えるからな……〉
〈エルムヘイムの女性は食事するのも大変だな……〉
地球でも食後に口元に何かついていたりすると恥ずかしい思いをするというのに、それに加えて「私をたべたい?」的な意味があるとなるとかなり気を遣うだろうな。
〈これからは口元についていたら、それを教えてくれればいい〉
〈ああ、承知した〉
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