第169話
一気に沸騰し、立ち上る白い湯気の多くはアルコール。
そこに簡易コンロから出る炎が燃え移り、鍋から一メートルほどの炎が立ち上る。
〈おおぅ……確かに危なかったな〉
〈大丈夫か?〉
二歩ほど離れていれば熱を感じる程度だ。それで
鍋の炎は少しずつ小さくなってくるが、ミミルは興奮してそれどころではない。
〈なぜ火が着いたのだ?〉
〈それは、この酒を入れたからだよ〉
半分ほど残ったチリ産ワインを手に持ってミミルに見せる。
エチケットに描かれた首の長い毛むくじゃらな草食動物のシルエットが可愛らしい。
〈これはドルゥアの実で作った酒だ。酒精はそんなに強くはないが、一気に沸騰させたから、蒸発した酒精に火が着いた感じだな〉
〈ドルゥアの酒か……美味いのか?〉
〈このドルゥア酒は美味いと思うぞ。ニホンではドルゥアのことをブドウというんだが……出来上がった酒はワインと言うんだ〉
〈ほぅ……〉
〈使用するブドウの種類によって赤い色をした赤ワイン、少し黄色味を帯びた白ワインができる。ロゼワインというのもあるが、赤ワインと同じブドウを絞った汁で作るのが基本だな……〉
ミミルは興味深そうに俺の持っていたワインボトルを手にとって眺めている。
ドルゥアというのはエルムヘイム語で
でも、そういうことはミミルに直接訊けばいい。
〈エルムヘイムのドルゥアはどんな感じの実なんだ?〉
〈このダンジョンなら第四層の森で採れる。自分の目で確かめるんだな〉
〈へぇ、第四層か……〉
これまでずっと草原ばかりだったというのもあり、第四層は森があると聞いただけで興味が湧いてくる。
いやもう第四層がどんなところなのか気になって仕様がない。
火が消えた鍋に先に炒めておいたソフリットを入れ、取り出してあったニンニクを戻すと、トマトと塩、水、ローリエを入れて煮込む。
〈少しだけ話しておくと、ドルゥアは地面に這うように枝が伸びた木なんだが、上に向かって伸びるように花が咲く。そこに実ができる感じだ〉
〈それは是非見てみたいところだな〉
似ていると例える植物が地球上には無いような気がするが、地面に這うように枝が伸びるということは蔓性の植物なんだろう。花と実の付き方だけが地球の葡萄とは違って逆ということだ。
いや、蔓性の植物だから棚を作れば似たように成長するのかも知れないが、ダンジョン内の植物ということは何かあれば襲ってくるような攻撃的な面もあるに違いない。蔓が伸びてムチのような攻撃をしてくるかも知れないし、触手のような……いや、これ以上は考えないようにしよう。
〈ところで、そのドルゥア煮込みを食べながら、このドルゥア酒を飲むと合うのではないか?〉
〈まぁ、そうだろうな。飲みたいのか?〉
ダンジョン内には魔物がたくさんいて危険だから……などという理由で今まで酒を飲むことを避けてきたが、第一層、第二層では完全にテリトリーが設定されていて、その中間地点では魔物がいないことがわかってきた。
食事を美味しく、楽しくしてくれるのが酒というものだ。
残っている分くらいなら飲んでも差し支えは無いと思う。精々コップに二杯分くらいしかないからな。
〈旨い料理に合う酒があるなら、試してみたいというのが普通だろう?〉
〈そうだな〉
鍋にワインを入れたときに立ち上った酒精にあてられたのか、ミミルも少し飲みたい気分になったのだろう。
それは、俺に対して今まで以上に気を許してくれるようになったということなんだろうか。
それとも何かの意図があってのことなのか……。
鍋が沸騰してきたので、焚き火台の上に移動する。
簡易コンロはガスコンロのようにツマミを捻れば火力を変えられるようなものでないから仕方がない。
ただ、ここまで来れば蓋をしてじっくりと時間を掛けて煮込むだけだ。
温度は高くなっても水の沸点程度だし、ルーヨの肉はそんなに臭みがないので大丈夫だろう。
さて、次はニジナマスの料理だ。
湖で育った天然のニジマスだと一メートルを超えることもあるらしいが、日本の市場で見かける一般的なニジマスの大きさは四十センチくらいだ。その程度の大きさなら塩焼きにしたり、皮ごと鱗を
鱗も大きくて硬いから食べ
次に肛門の部分まで腹を切り裂いて内臓を取り出す。
魔素で作り上げられた身体は、魔素を取り込んで生きているとミミルは言うが、だとしたら内臓があるのも不思議なものだ。
とはいえ、魚介類の内臓がないと
それはそれで残念なので、こうして内臓があることは喜ぶべきなんだろうな。
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