第78話
ミミルの指先で魔法が発動しようとしているのが見える。
魔力でできた薄い膜が指先に発生するのだ。
目には見えないが、魔力から生成された静電気が集まっているであろう指先がゆっくりと鉄の塊へと近づいていく。
帯電しているのは膜の先だけ。ミミルの身体はその魔力の膜で保護されているはずだ。だが、俺が試した放電でミミルはその瞬間的な痛みを知っている。知っているからこそ、小さな恐怖心のようなものがそこに芽生える。
ミミルは
そして僅か数メートルを五分掛けて近づいたのだが、魔法は発動せず、指先が鉄の塊に触れてしまった。
「むぅ……」
ミミルは小さく
発動しなかったことが悔しいのだろう。
ミミルにとって俺は弟子のようなものだというのに、俺の方が先に魔法で電気を起こすことに成功しているのだ。師匠としての
『なに、わるい?』
「なんだろうな……イメージができていないとか?」
『それ、おもう。てほん、おねがい、いい?』
ミミルに静電気を当ててパチッという小さな音がしたとき、よく見ていれば雷光のようなものも発生しているが見えたはずだ。
だがあの時のミミルは俺が魔法で電気を作るなど考えておらず、
今度は目を離さずに見てもらわねばなるまい。
「ああ、わかった。お手本になるかはわからないが……やってみようか。目を離すなよ」
ミミルにそう返事をすると、早速指先に静電気を集めるイメージを作る。いや、より大きな稲妻が発生する方がいいだろう。
普通の静電気であれば稲妻が出てもほんの数センチ、しかも規模が小さい。それに瞬きをしている間に放電が終わってしまう。
ならば、雷と同じ原理とは言わないが、明確に電極をイメージして作り上げることにしてみよう。
確か、雷は上空の雲の下側にマイナスの電場、地上にプラスの電場ができるはずだ。距離に応じて空気の電気抵抗値は増えるが、充分溜めれば落雷現象に近いものが作れるだろう。
俺の身体に帯電した静電気から、指先に
このイメージの作り方次第で出現場所を変えれば、雷のような落雷魔法は作れるような気がする。
さて、俺の指先から鉄の塊までの距離は約一メートル。
更に近くで放電されるよう近づくのもいいが、どうせならここから放電ができるように頑張りたい。この実験を見てミミルは電気を使った魔法での攻撃方法を身につけるためのイメージを作るのだから。
俺は次に左手を突き出して鉄の塊に正の電場を作り上げると、両手に魔力を徐々に注入していく。なかなか難しい……。
そして、ジワジワと魔力を注入し続けると、突然それは起こった。
指先から放電が開始されると、鉄の塊からも放電が始まり、空中でつながる。直後に雷のような閃光が走り、数万度にもなる熱が空気を一気に膨張させると、落雷に似た轟音が部屋全体に響き渡る。
鉄の塊までの間にある空気の限界抵抗値を超える電荷が溜まったのだ。
無事手本を見せられた俺はミミルに向けてドヤ顔を作り話し掛ける。
「指先に負の電場、鉄の塊側に正の電場を想像して魔力を流し込んでいくと、成功したぞ」
「むぅ……」
手本として見せる放電現象を見せ、そのコツのようなものをミミルに教えたのだが、正と負の関係も先ほど教えたばかりなのですぐには想像するのが難しいのかも知れない。
「試してみたらどうだい?」
『――ん』
ミミルはまた恐ず恐ずと鉄の塊へと足を向ける。
前に進むミミルのブーツが地面を擦り、ザリザリと小さな音を立てた瞬間、部屋の中に閃光が
自分が作り出した僅か千分の一秒の閃光と、それに続く轟音に驚いたミミルは目を丸くして固まっている。
ミミルの魔力量のせいなのか、小さな雷といってもいいんじゃないかと思うほどの放電現象だった。
まだ動こうとしないミミルの指先から鉄の塊まではまだ二メートルは離れていたのだから、空気の抵抗値を考えると軽く三百万ボルトは超えている。
鉄の塊を出すように言って実に正解だった。
俺がミミルでテストしたように、ミミルが俺に向けて放電していたら今頃は黒焦げになっていたことだろう――正直、
一方、ミミルは小さく震えだすと鉄の塊に向けていた手を下ろし、満面の笑みで振り返る。
〈できたっ!〉
「おうっ」
〈できたできたっ!〉
嬉しそうに声をあげながら俺に向かって走ってくると、そのまま抱きついてきた。
小さくて軽い身体が正面からぶつかってきても対してダメージはないが、やはりこんな美少女――実年齢は別として――に抱きつかれるというのは悪い気がしない。
いや、そこじゃない。
ミミル、普通に喋ってないか?
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