第72話

 あれから第二層の日が沈むまで魔法の訓練を行った。

 俺の魔力も無限ではないので何度も休憩を挟んでいる。俺が小用で立つときは草原地帯まで下りて済ませているが、ミミルはわざわざ地上のトイレに戻って済ませているようだ。もちろん彼女はその目的を言わずに転移石を触って移動していくのだが、時間経過的にある程度一定の間隔があるので間違いないと思う。地上の出入口近くにトイレがあって正解だった。

 訓練の内容は相変わらず「てのひらに石を出す」という初歩的な訓練だ。なかなかむらなく出すことができないでいる。


『いし、やめる。みず、だす』

「――ん? ああ、水でやってみるか」


 俺もずっと石ばかり出そうとしてきて飽きてるしな……。


 右手を差し出し、掌を上に向けてそこに水が湧き出すようにイメージすると、魔力を流し込む。

 すると、滲み出すように水が出てきて、あっというまに掌に溜まり、溢れ出す。


「水はいいんだよなぁ……」


 その言葉と同時に右手に水が湧き出すのがとまる。

 その様子を見て、ミミルがまたおとがいに人さし指を当てて何かを考える仕草を始めた。


『はなす、とまる? みず、だす、はなす、とめない』

「あ、ああ……やってみるか」


 水を出し続けながら話をしてみろってことだろう。

 そういえば、最初に水で試したときも声を出したらすぐに水が止まったからな。

 魔力を流し続けながら話をする……意外と難しそうだ。


 まずは右手を差し出し、掌に水が湧き出してくるイメージを作って魔力を集めて掌に押し出す。

 右の掌に水が湧き出す。

 掌から湧き出すというよりも、掌にできた膜のようなものから出てくるような感じだ。実際に掌そのものは濡れたりしない。

 その様子を観察していると、話を始める前に止まってしまった。生成された水が掌を濡らし、指の間から零れていく。

 どうやら少しでも意識をらせると魔力の供給が中断されてしまうようだ。


 濡れた手を力強く振って、表面に残った水を払う。


「難しいな……」


 小さく溜息を吐いて、独りごちる。


 少しでも意識を逸らせると魔力の供給が止まり、集中していても心臓の鼓動や呼吸によって僅かに上下する身体のせいでどうしてもむらができてしまう。

 この訓練も一時間以上続いているので、ひとつの壁にぶつかっている状況と言えるだろう。これを打ち砕かなければ前には進めないと思うと気ははやるばかりだ。


『みず、ひねる、でる。ひねる、おしだす』


 数歩下がったところで俺の訓練を眺めていたミミルからまた声が掛かる。


 ――水がひねると出る


 助詞をこちらで足さないといけないが、名詞と動詞の組み合わせで念話が届くので、そういう意味だろう。「捻ると出る」ということはミミルは蛇口のことを言っているのだろうか。そして、あとの言葉は……。


「蛇口を捻るように魔力を出せということかい?」

『――ん。まりょく、まわす、だす、ちがい』


 確かに蛇口を捻るように放出するというのと、身体の中を循環させるいうのでは魔力の扱いが違う。特に放出するときの感覚は魔力の塊を「打ち出す」のとは違い、本当に「押し出す」に近い。

 ミミルも最初は「押し出す」と言っていたので間違いない。だがいまは蛇口を捻るような感じだと言っている。

 蛇口を捻るということは一定量を出し続け、止めるというアクションがなければ流れ続けるというイメージに繋がる。また、捻る量で出力量も変わると考えると理屈的には納得できる。

 しかし、魔力の出力に蛇口をイメージするとなると、実体化させようとしている魔法のイメージにも干渉しそうな気がする。


「ううむ……」


 魔力で創造した水で濡れた小石が散らばる地面に視線を落とし、呻き声を上げて考えてみるが、なかなか正しい答えへとつながらない。

 もう少しミミルとの会話がスムーズにできれば有効なヒントが得られるのかも知れないが、いまそれを望むのは無理というもの。

 とにかく試してみるのが一番いい。


 再び右手を差し出し、掌を上に向けて水が湧き出すイメージをつくる。

 必要なのは、体内から押し出すことができるだけの安定した魔力の圧力。

 おのずと身体を巡る魔力の速度が上がる。水を流すための圧力が水圧、血液を循環させるための圧力が血圧なんだから、魔力の場合はとでも呼べばいいだろうか――そのが高まるのを感じる。


 ――いける


 根拠もないが、そう確信すると右のてのひらに魔力の出口を作る――。


 掌に薄い膜のようなものが形成され、そこから水が湧き出してくる。

 心臓の鼓動や呼吸に伴う身体の上下動にも影響されていない――一定ペースでの湧水。意識をミミルに向けたところで、その湧水は止まらない。


「で、できたか?」

『――ん。まりょく、ながれ、いい』


 俺の問いかけに対し、そこでずっと見守っていたミミルが褒めてくれた。

 長時間の訓練をしたこともあって、集中力も限界に近い。

 意識して右手の湧水を止めるべく魔力の出口を塞ぐと、急に目の前が暗くなった――。

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