第六章 第一層攻略

第51話

 料理の説明を詳しくしたところで、うまく翻訳されていないのだろう。

 いまひとつ、ミミルの顔が冴えない。


「これ、なに?」

「これは、ツノウサギ肉のディアヴォラ。こっちはペンネ・ゴルゴンゾーラ」


 ゴルゴンゾーラは世界三大ブルーチーズの一つとされている。残りの二つはフランスのロックフォール、イギリスのスティルトンだ。

 それをバター、クリーム、白ワインで溶いたところにパルミジャーノ・レッジャーノを削って溶かして作る。この青カビの風味が、ディアヴォラのニンニクと香草の風味に飽きた頃にリセットしてくれる。

 こんなことを説明したくてウズウズしているのだが、伝わらないのが残念だ。


 ツノウサギの肉を箸で突き刺し、ミミルは小さな口でかぷりと齧り付く。

 すると、パッと目を瞠り、一瞬動きが止まる。

 ハムスターもたまに食べている最中に突然止まって動かなくなるときがあるが、その姿に重ねてしまい、笑いを堪えるのに苦労した。

 ミミルの口は、半分ほどで満タンだ。両頬を膨らませながら肉を食べている姿は、もう小動物にしか見えない。


 可愛らしい


 その一言に尽きる。

 次はペンネの方を食べるらしい。三本ほど箸に突き刺して、また口へ運ぶ。

 独特の香りに少し躊躇いながらも、口の中にいれて食べ始めた。

 二回、三回と噛み、またミミルは動きを止まる。

 そのまま俺の方に目を向けると、『うまい』と念話を送ってきた。


 気に入ってもらえたようで幸いだ。


 せっかくの料理だから酒も飲みたいところだったのだが、今日はやめておこう。

 ミミルもまたダンジョンに潜るのだろうし、俺もついていきたい。

 ダンジョンに入るようになってから、身体が軽い。一万歩どころではなく、普通に二〇キロは歩くせいか、身体も少し締まってきた気がする。とても健康になった気分だ。


   ◇◆◇


 食事を終えると、やはりツノウサギのディアヴォラは残った。

 半身でも四〇センチはあるんだから、二人では食べ切れる量ではない。

 ミミルはケーキをここで食べるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 いまはポッコリと盛り上がったお腹を幸せそうにさすっている。


「このあと、ダンジョンに行くなら連れてってくれ」

『ん、いい』


 ミミルは快諾すると、空間庫から革と金属で作られた鞘がついた二本の短剣を取り出した。

 金属は装飾目的ではなく、あくまでも刃が当たるところが破れないよう、革の部分を補強するために使われているようだ。

 ハンドルの部分には丁寧に革が巻かれているが、色が違うところを見ると、恐らく鞘とは違う革を使っているのだろう。


『これ、つかう。いつも、おれい』

「いいのか?」


 食べすぎて動くのも苦しそうなミミルから、その短剣を受け取った。見た目は重そうなのだが、手に持ってみるとそうでもない。

 それにしても、なぜ短剣なんだろう。


「どうして短剣なんだ?」

『しょーへい、たんけん、ぎのう、ある』


 そういえば、カードに魔力を流し込んだとき、〝短剣Ⅰ〟と表示されていた気がする。

 ミミルもカードの内容を見ていたから、それで短剣を作ったんだな。

 欧州修行のときに鹿などの獲物の止めに使ったりしていたからだろうか?


 ただ、短剣といっても結構な長さだ。刃渡りは四〇センチほどあり、ハンドルも含めると五〇センチを超える。実際に使うとなると、忍者が苦無くないを持つときのように逆手に持つ感じになりそうだ。


 短剣を鞘から抜いてみる。

 赤銅色をしたブレードには、クロムメッキと見紛うほど磨き上げられた銀白色の刃がついている。素材は何を使っているのだろう。

 ブレードはヒルドから半分くらいの場所まで太くなり、そこから刃先に向けて美しいカーブを描いて先端に至る。先端から峰の半分くらいまでにはスウェッジがついている。

 明らかに切る、刺すに特化したものだ。

 これだけの刃渡りがあれば、一瞬でオカクラゲやスライムの核を突くことができるし、ソウゲンオオカミやツノウサギくらいなら余裕で喉笛を切ることができるだろう。


「ありがとう。早速使いたくなってきたよ」


 ミミルにそう話した自分に違和感を感じた。


 ダンジョンに潜りたくて仕方がない自分。

 新しい武器を試したくて仕方がない自分。


 いままでの人生にはなかったものがこみ上げている。


 ふとミミルに視線を向けると、ニコニコと嬉しそうにこちらを見上げている。

 もしかすると、俺がニヤニヤと口元を緩ませて喜んでいるのかも知れないな。


 鞘についたフックにベルトを通し、左右に短剣を吊り下げてみる。

 少しは細くなったとはいえ、不規則な生活をしてきた俺の腹はまだポコリと膨らんでいるので、どう考えても格好いい感じではない。あとせめて一〇キロくらいは絞らないといけないだろう。

 そういえば、体重計がない。引っ越し荷物から出しておかないといけないだろう。あとは、玄関までいかないと姿見がないことかな。見た目はお年頃なミミルもいることだし、買ったほうが良さそうだ。


 スマホで通販サイトを開き、殺風景な部屋にも似合いそうな姿見を選んで注文すると、引越荷物の整理を始めることにした。


───────────── あとがき ─────────────


 短剣づくりは「ミミル視点第48話」で出てきます。

 ブレードが赤銅色なのは……公開までお待ち下さい。

 現在は本編を進めるため、ミミル視点の追加掲載は控えさせていただいています。

 ご容赦ください。


 火水金土日の週5回更新です。

 毎週、月曜日と木曜日がお休みです。


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